YouTubeチャンネル「阿波野チャンネル」が、「与田剛“覚醒”の瞬間。中日ドラ1単独指名までの舞台裏。」と題した動画を公開した。ゲストの与田剛が、前回の亜細亜大学編に続き社会人野球(NTT東京)時代を振り返り、度重なるケガに苦しんだ状態から、いかにして中日ドラゴンズのドラフト1位指名を受けるまでに成長したのか、阿波野秀幸とともにその“覚醒”の舞台裏を語っている。

大学時代に右手の血行障害を手術し、卒業後の就職口が全くなかったという与田。声をかけられた軟式野球の企業との面接時、まともに回復していない右手の傷跡を見た担当者から「この傷は何のために負ったんだ」と問われ、自ら入社を辞退したという過酷な過去を明かした。野球を諦めかけていた与田だったが、幸運にもNTT東京(現:NTT東日本)に入社が決まる。母親には「2年間でレギュラーになれなかったら野球部は辞める」と告げ、背水の陣で挑んだ。

入社後もすぐには結果が出なかったが、2年目に転機が訪れた。当時の監督のアドバイスで投球フォームのバランスを見直し、オーバースローから少し腕を下げたスリークォーター気味の位置を探り始めた。キャッチボール中、大学時代に隣で投げていた阿波野が発していた「ピチッ」というボールの糸を切るような音が、自身の指先から鳴ったことに気づく。「球が違った」と語る通り、この感覚を掴んでからブルペンでも圧巻の球を投げるようになり、与田は劇的な進化を遂げた。

その後、投球術に磨きをかけて日本代表にも選出された。同級生である古田敦也に球を受けてもらい、「キャッチングひとつで野球ってこんな変わるのか」と大きな衝撃を受けたエピソードも披露した。

当時のドラフト会議では野茂英雄に8球団が競合する中、与田は中日から見事1位単独指名を受けた。自身でも「ドラ1なんかで上がると思ってなかった」と驚きを隠せなかったそうだが、度重なる挫折と苦難を乗り越え、自らの手で道を切り開いた与田の不屈の精神がひしひしと伝わる対談となっている。

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