渡船場から”売春島”への直線距離は約500メートル(写真:著者提供)

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 1995年、旅行のつもりで訪れた渡鹿野島で、17歳の少女が200万円で売られた。売春を強いられた彼女は、やがて監視の目をかいくぐって海に飛び込み、対岸へと泳ぎ渡った──。"売春島"に伝わる、この脱走劇は本当にあったのか。

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 ノンフィクションライター・高木瑞穂さん(Xアカウント:@takagimizuho2)の著書『売春島 「最後の桃源郷」渡鹿野島ルポ』(彩図社)より、一部抜粋して紹介する。【全3回の3回目】

「絶対にいない」

 それにしても、この"売春島"、ある女が語った"泳いで逃げた女"など本当にいたのだろうか。

 その脱走劇の一部始終は、死と隣りあわせを覚悟して海に飛び込むなど浮世離れしたものだった。まるで、細部までつくり込まれたフィクション映画のワンシーンのように。

 男は、伝聞だと前置きしたうえで、「昔はいた」というが、彼の実体験から1990年代初頭以降は「絶対にいない」と断言した。女の脱走劇は1995年。男が置屋商売をしていた時期と重なり、男の証言を信じれば女の証言が間違っていたことになる。

 あるいは、女はブローカーX氏(女性を島に売っていた人物)が言っていた"未遂の女"と同一人物で、泳いで逃げたことは事実だが、その昔に泳いで逃げた女の話と併せて創作したのかもしれない。

 しかし、「監視の目を盗んで渡し船に乗って逃げたコはいたでしょう」と続けた。バンス(前借金)があれば、たとえ親代わりとして面倒を見てくれていても、売春に明け暮れなければならない壮絶な日々、逃げ出したくなる気持ちも理解できるという。

 前出のブローカーが言うように、バンスがあれば監視は厳しい。無ければ1人で島外で余暇を楽しむことができるが、それがあるコには必ずチーママ(置屋のママを補佐する女性)が同行したという。

船頭まで組み込まれた連絡網

 ブローカーX氏は、後に否定したにせよ、温水を使えなくする"水シャワー"など、逃げようとした女性に体罰を加える監視態勢が敷かれていたことを語っていた。女は、そんなアメとムチに起因した"絶望感"に耐えきれず決死のダイブを敢行したのだ。

 男はもちろん"水シャワー"についても「それはないと思います」と否定し、「渡し船の船頭には見張ってもらっていましたよ。『あのコ、1人で船に乗ったら教えてな』とか、『1人では乗せやんどいて』という具合に」とあくまで緩やかな管理だったと証言した。

「船頭しかり島民しかり、ほとんどの女を把握していますからね。『あれ○○のコや』『コレ○○のコや』と。みんな最初は渡し船で来るわけで、『このコ、今度からウチで働くから頼みます』という挨拶をしますから。

 それに、小さな島だから『あれどこのコや?』と聞けば、誰かが知っています。かつ、そうした情報もすぐに広まります。だから女のコが1人で乗れば、『そういえばバンスあるって言っていたな』と振り返り、すぐに置屋に知らせる連絡網はありました」

絶望感を抱かせる"行商システム"

 むろん、売春し続けるうえで絶望感を抱かせる管理体制がなかったわけではない。

 それは、"泳いで逃げた女"も証言していた"行商システム"だ。

 男によれば、ブランド物のバッグについては知らないが、高額な着物を買わせる仕組みは確かにあったという。

 客入りが良い『○○○○(某大型ホテル)』の宴会に出るには当時、着物着用が義務づけられていた。稼ぐためには買うしかない。裸一貫で稼ぎに来た女たちなら当然、借金での購入になる。できるだけ長く働かせたい置屋にとっては好都合だったのである。

 売春により蝕まれていくココロとカラダ。増幅していく売り飛ばした男たちへの憎しみ。たとえ緩やかな管理だったとしても、ママたちのアメだけでは抑えきれなかったのだろう。

 こうして"売春島"は、女のカラダを駆使させて隆盛を極めたようである。"泳いで逃げた女"が伝説として語り継がれるように、脱走を試みる女がいたとしても、さほどの違和感はない。泳いで逃げた……それが嘘か誠かは別として───。

 "売春島"と呼ばれた渡鹿野島の全体像は、本記事で取り上げた高木瑞穂さんの著書『売春島 「最後の桃源郷」渡鹿野島ルポ』(彩図社)に詳しい。

(了。初回から読む)