なぜ人は「CoCo壱番屋」に物申したくなるのか…SNSが荒れる「庶民には手が届きません」批判のウラに“かつての熱心なユーザー”の存在
CoCo壱番屋の親会社であるハウス食品グループ本社が、同チェーンの売却を検討しているという。ハウス食品側は「非公開化を含むあらゆる選択肢を検討している」としており、売却が決定したわけではない。それに、売却というと、「業績が悪化した不採算事業を切り離す」と思われがちだが、CoCo壱の2026年2月期の売上高は655億円で前期比7・4%増。過去最高水準である。【谷頭和希/都市ジャーナリスト・チェーンストア研究家】(前後編の前編)
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【写真を見る】カレーファンをめぐって“ココイチ”と競い合う“ライバル”といえば…いずれも看板を見るとお腹が鳴りそうな店ばかり
営業利益こそ減少してはいるものの、「持っていられない」ほどひどい財務状況だとはいえない。しかし、この件に対するネット上の反応を見ていると、そうした現実とは違う水準で盛り上がっているようだ。例えば、こんな書き込みがある。

「CoCo壱は高すぎる」「庶民には手が届きません」「だから客離れが起きたんだ」「とうとう売却されるのか……」などなど。
最近のCoCo壱が高すぎる → 庶民に手が届かなくなった → 客離れが起きた → 業績悪化で売却、というロジックがまことしやかに囁かれているのである。
なるほど、確かにこのロジックはわかりやすい。実際、CoCo壱は2024年8月に値段の改定を行い、最もシンプルなメニューであるポークカレーは東京都・神奈川県・大阪府で591円から646円へと55円の値上げ。その他の地域では570円から646円へと76円の値上げになっている。
この値上げだけでなく、CoCo壱は2019年から短期スパンで断続的に値上げを行っている。その影響もあってなのか、客数が前年割れになる月も多く見られるようになってきた。これだけ見れば、「CoCo壱売却までのロジック」はいかにも正当である。
加熱する「CoCo壱番屋」世論
ところが、すでに最初に指摘したように、こんな状況下でもCoCo壱の業績は悪くなかったし、むしろ売り上げは最高値を示している。それなのに、ネット世論ではなぜか「CoCo壱高くなった」ということで大盛り上がりなのである。
筆者も、この世論の根強さを強く感じている。というのも、ここ数年で何度かCoCo壱の値上げや客離れについての記事を書いているが、その反応がすごいのだ。
書いた記事がYahooニュースで配信されれば、コメントはゆうに1000を超える。すごいときだと、2000、最大で5000件ほど付いたこともある。やや記憶が曖昧だが、同じ日に配信されていた政治ネタと同じぐらいの件数が付いていた。しかも、そのコメントのほとんどが「いかにCoCo壱が高くなったのか」を力説するものなのである。それぐらい人々は「CoCo壱」の値上げについて一家言あり、それを嘆いている。
もっとも、「値上げネタ」とそれに伴う「客離れネタ」はネット記事が大好物のネタである。あらゆるチェーンで「値上げ」がないかを目の皿のようにして見張っているのがネット編集者である。とはいえ、他のチェーンストアの値上げ記事も確かに読まれるのだが、コメント5000件とは聞いたことがない。
「むかし」から見えてくるもの
ここまで来ると、必然的にこんな疑問が出てくる。「なぜ、人々はここまでCoCo壱に物申したくなるのか?」ということだ。
おそらくそれは、単に「値段」だけの問題ではない。カレー以外の他の飲食チェーンでも旺盛に値上げが行われていて、CoCo壱だけが異常な値上げをしているわけではない。つまり、「値段」ということではない、CoCo壱だけの要因があるはずなのである。
こういうときは、「いま」のCoCo壱だけを考えていても答えは見えてこない。遠回りのようだが、あえて「むかし」に遡ってみると見えてくるものがある。
ということで、少し昔のCoCo壱を見てみよう。
その創業は1978年。第1号店が開かれたのは名古屋市の繁華街ではなく、市郊外の西枇杷島町(現・清須市)という場所に誕生した。創業者が「田んぼに囲まれた超三流立地」と振り返っている通り、飲食店としては恵まれた立地ではなかった。しかし、逆にその立地でも店を成り立たせるために、家賃の安さを前提にしながら、店の運営を徹底的に標準化した。
カレーはセントラルキッチンでつくり、店舗では短時間で提供できる。メニューも、基本のカレーにトッピング、ライス量、辛さを組み合わせる方式を生み出し、種類が多く見えても調理工程は複雑になりすぎない。人件費を抑えやすく、客単価も「利用しやすい価格」に設定できた。
CoCo壱番屋と「郊外」の関係
こうした店舗運営によって、CoCo壱にはフランチャイズ希望者が多く集まることになり、店舗網は郊外を中心に大きく広がっていく。1988年には国内100店舗を達成、1992年にはフランチャイズの業界誌である「Franchise age」で「売上高45カ月連続2ケタ成長を続ける国内最大のカレー専門店チェーン」と紹介されるほどである。
いわば、1980年代に郊外を中心に全国へ広がったのがCoCo壱だったといえよう。そのとき、CoCo壱の熱心なユーザーになったのは誰だったか。
ここまでの歴史を見てもわかる通り、CoCo壱番屋は郊外を中心に発達してきており、1970年代以降に郊外に住むようになった、いわゆる「ニューファミリー」を標準とする郊外社会のなかで発達してきたと考えられる。
特にCoCo壱が生まれた名古屋は、日本の三大都市圏のなかでも、とりわけ「郊外」と相性のいい都市だった。
東京や大阪に比べて自動車への依存度が高く、広い道路が張り巡らされ、その周囲に住宅地や工場、ロードサイド店舗が広がっていった。後に日本全国を覆うことになる「車で郊外のチェーン店へ行く」という生活様式が、名古屋では早い段階から成立しやすかったのである。
CoCo壱番屋の“原点”を辿っていくと、現れたのは1980年代の日本を覆い尽くした“一億総中流”のユートピアだった──。
後編【「ココイチ高すぎる!」に込められた格差社会への怒り…CoCo壱番屋は“一億総中流”と“消費社会”のシンボルから様変わりしてしまった】では、都市ジャーナリストである谷頭氏の「郊外」と「ロードサイド」に生まれた“一億総中流ユートピア”という鋭い論考をさらに詳しくお伝えする。
谷頭和希(たにがしら・かずき)
都市ジャーナリスト・チェーンストア研究家。1997年生まれ。早稲田大学文化構想学部卒業、早稲田大学教育学術院国語教育専攻修士課程修了。「ゲンロン 佐々木敦 批評再生塾 第三期」に参加し宇川直宏賞を受賞。「東洋経済オンラインアワード2024」でMVPを受賞。著作に『ドンキにはなぜペンギンがいるのか』(集英社新書)、『ブックオフから考える 「なんとなく」から生まれた文化のインフラ』(青弓社)、『ニセコ化するニッポン』(KADOKAWA)がある。テレビ・動画出演は『ABEMA Prime』『めざまし8』など。
デイリー新潮編集部
