タイヤのグリップはハガキ一枚分の面積の摩擦力! 理論派レーシングドライバーが語るクルマの性能を引き出す「摩擦円」理論

クルマの性能を引き出すグリップ特性の理解
言い古された表現だが、どんなに高性能なクルマも、地面に接しているのはハガキ1枚分ほどのタイヤ接地面だけだ。エンジン性能も、シャシー性能もタイヤなしでは性能を発揮できない。それだけに”中谷塾”でもつねにタイヤの重要性を説いている。
タイヤの役割は①クルマの車重を支えること、②駆動力や制動力を伝えこと、③走る方向を定めることだ。とくに②と③においては「グリップ力」が重要であることがわかる。タイヤがグリップしなければ、走ることも曲がることも止まることもできない。氷上をサマータイヤで走るようなものだ。

そこでタイヤのグリップについて、より深く検証してみる。タイヤのグリップ特性を知ることで、より安全にクルマとしての性能を引き出すドライビングが可能になるからである。
グリップ力の基本は路面とタイヤの摩擦係数
タイヤのグリップとはタイヤトレッドの接地面と地面の間で生じる摩擦力だ。摩擦力はその力をFとするとF=μmg(クーロンの法則)という公式で表される。μはタイヤと路面間の摩擦係数であり、mgはタイヤにかかる荷重。同じタイヤでもμが小さければグリップは小さく、荷重が大きくなるとグリップ力は大きくなると考えることができる。

タイヤがグリップ力を発揮するのは①粘着力、②凝集力(ゴムが引きちぎれまいとする抵抗力)、③ヒステリシスの3つ組み合わせであり、タイヤの接地面形状や面荷重、変形度合いなどで変化する。
たとえば幅が広いタイヤの接地面積は広く、単位面積あたりの荷重が小さくなるので、より柔らかい粘着性の高いコンパウンドゴムを使用できる。逆に幅が狭いタイヤであれば面荷重が大きくなり、硬いゴムが必要になるが、硬いゴムは変形が少なくヒステリシスが小さいので大きなグリップ力が引き出せない。それは抵抗が小さいことになり、転がり抵抗の小さな燃費のいいタイヤとすることができる。
このようにタイヤの基礎的なグリップ特性を知ることで、より目的に適したタイヤ選びと、ドライビング方法を知ることができるのだ。
摩擦円理論でグリップ力を振り分ける
タイヤのグリップ特性を理解するうえでよく用いられているのが「摩擦円」理論だ。グリップの大きさを円で表し、「円内の前後、左右で使い分けることでタイヤグリップを上手に引き出しましょう」と解説されていることが多い。

たとえば円の上方向に矢印を記し、制動力として表すと、矢印が円のフチまで伸びていたら左右に矢印を引けない。これは制動力に100%のグリップ力を使うとコーナリングフォースは右にも左にも引き出せないことを示している。もし減速時に旋回するならば、ブレーキペダルをやや戻し、制動力を80%や70%まで落として、その分、コーナリングフォースとして引き出せるようにするというわけだ。

円のフチがグリップの限界であり、それを超えるグリップ力は提示されていない。グリップ限界を超えたドライビングは不可能と見て取れる。これで大方の理解はできるだろうが、じつはそれだけでは十分とは言えない。
前後左右に摩擦円は1台に4つある
摩擦円を理解するには、まず物理学的な視点で検証する必要があるだろう。そもそも摩擦力とはタイヤと地面の間に発生するだけではない。ふたつの擦れ合う物体があれば、そこには摩擦力が発生し、クーロンの方程式が成り立つ。そしてそれは四角でも丸くても関係なく発生する。

金属製の四角い箱を地面に置いて横から力を加えて動かすときに摩擦力より大きな力を加えればその物体は動く。そのときの力を計測し、グリップ力として数値化すれば、その物体の重さで割って路面間のμを知ることがでる。力を加える方向に決まりはなく、全方位に動かし得る。それが摩擦円として考える基本といえる。
これをクルマに当てはめて考えると、タイヤの接地面は前後左右の4カ所あり、摩擦円は4つあることになる。前後左右のタイヤそれぞれにかかる荷重は同じではなく、停止状態では4輪それぞれに異なる大きさの摩擦円があると考えられるのだ。
BMW車の多くは前後の重量配分が50:50、スバルの4WD車はシンメトリーレイアウトで左右の重量配分が50:50と言われる。両方が組み合わされば4輪の摩擦円の大きさはすべて均等となるはずだが、しかし、これは停止状態か定速走行状態に限った話だ。

摩擦円は円周方向以外に大きさも変化する
タイヤがグリップするためには加速や減速、操舵などで路面間に滑りが生じる必要があり、そうした動的なダイナミック領域では荷重はつねに変化している。同じ路面μで走っていても、加速・減速、旋回などのGで荷重移動が起こればmgが変化するためグリップ力=Fはつねに変化していることになる。
これはつまり、摩擦円は一定の大きさではなく、前後、左右のタイヤ面でつねにアメーバのごとく大小に変化していることを意味している。そのためドライバーはタイヤにかかる荷重変化をつねに意識し、必要なタイヤに必要な荷重がかかるようなドライビングを心がけることが重要になる。すなわち、”グリップさせたいタイヤの摩擦円を大きくする”ことが、速くて安全な運転に役立つということだ。

車体中心で考えれば、重心にかかるG変化は4つのタイヤの摩擦円から引き出されるグリップ力の合力であり、重心を中心とした摩擦円があると仮定する考え方もあるが、より正しく車両姿勢を制御するためには、やはり4輪それぞれの摩擦円を正しく感じ取ることが重要なのだ。
ただし、タイヤのグリップ力は温度や路面状態、あるいは空気内圧などでもμは変化する。そのたびに摩擦円も変化するので、さも決まった大きさの摩擦円が存在するかのような認識は正確さを欠くということだ。
講師 中谷明彦
武蔵工業大学工学部機械工学科卒(塑性工学専攻)。レース/ジャーナリスト活動と併行して、新車やタイヤの開発にもかかわり、4WD車や電子制御による車両運動性能の解析を得意分野とする。1989年より日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員に就任。1997年よりドライビング理論研究会「中谷塾」を開設し、佐藤琢磨らを輩出している。
※本記事は雑誌「CARトップ2025年3月号」の記事を再構成して掲載しています











