「コンドームさえ外せばすぐ妊娠できると…」40代半ばまで“勘違い”をしていた日本人女性(52)が、49歳で卵子提供を受けるまでの葛藤
〈《49歳で出産》「顔も良かったし賢いし…」39歳で精子バンクを断念した日本人女性(52)が、弁護士の男友達に頼み込んだ“衝撃の打診”〉から続く
49歳のときに卵子提供を受け、ニューヨークで出産したこりんごさん(52)。現在はYouTubeやブログで自身の不妊治療や高齢育児について発信をするなど、活動の幅を広げている。
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そんな彼女に、44歳から人工授精と体外受精にチャレンジする中、卵子提供に踏み切った経緯などについて聞いた。

こりんごさんと夫と息子
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男性産婦人科医から「はぁ? まだ産みたいの?」と
--40歳から現在のパートナーと交際をはじめたものの、妊娠が叶わないまま44歳になったとのことですが、その後のアクションは?
こりんごさん(以下、こりんご) 44歳になったら、今度は「45歳の壁」みたいなのを感じて。ニューヨークの産婦人科医に相談に行ったら、「大丈夫、今すぐやろう!」と、すごく前向きだったんですね。
これはすごく日本とは対照的で。
--ひょっとして日本でも産婦人科にかかっていたことがあったのですか。
こりんご グリーンカードを取得したのを機に、精子提供を受けてシングルマザーになろうとしていたあたりに。年齢でいうと39歳の時に、一度日本に帰国したんですね。で、婦人科健診に行ったら、診察に当たった男性産婦人科医から「はぁ? まだ産みたいの?」と言われちゃって。「あ、日本だと私はおかしいことを言ってると思われるんだ」とがっかりしましたね。
うちの親も「ああ、ニューヨークで壊れちゃったのね」みたいな反応だったし、その年齢で日本で子どもを持つのは無理なんだなと悟りました。
どの国であっても、男性にももっと不妊について勉強してほしい
--44歳で再び妊娠に向けて本腰を入れ始めたそうですが、パートナーの反応はいかがでした?
こりんご 42歳のときに「子どもが欲しい」と言ったら断られていたので、44歳になってまたNOを突きつけられたら、彼とはもうお別れして精子バンクから提供してもらうつもりでしたが、このとき、イエスをもらえたんですね。
「自分の経済力だけでは子どもを養えない」っていう答えは2年前と同じでしたけど、さすがに4年付き合って、ここでノーと言ったら自分は捨てられると察知したみたいでした。
まあいろんな点で進んでいるニューヨークでも、男性側の不妊の知識は足りてないんですよ。
--パートナーの知識不足を実感する場面は何かありましたか。
こりんご いざ不妊治療をはじめたら精子の検査も進んでやってくれたし、彼はすごく協力的ではあったんですけど、どうしたって私の卵の数は減っているし、なかなか妊娠しないっていう現実を見て、ようやく理解したみたいで。
2年前に一度自分が断ったことに関しても、「あのとき僕がOKしてたらすぐ妊娠できたかもしれないのに」と、謝られました。でも、「ほんとに自分なんかが家庭を築いていけるのか?」と不安になる気持ちは私もわかるので。
だからこそ、男性にももっと不妊について勉強してほしいなと。
コンドームさえ外せばすぐに妊娠出来ると信じていた
--その後の不妊治療はどんな風に進みましたか?
こりんご 自分の人生を狂わせたくなかったので、これまでの人生でコンドームなしの性交渉をしたことがなかったんです。というか、ニューヨークの男性の多くは常にゴムをするんですよ。
相手を妊娠させてしまったら大変だし、性病を伝染しあうのも嫌だから。だから彼とも4年間付き合ってましたけど、「コンドームなしでしたい」なんて言われたことは1回もなくて。
自分の性欲を満たすためだけに、避妊せずにやりたがって、女性を妊娠させても責任取りません、なんて無責任な男性たちよりは、はるかに責任ある行動だとは思います。
今思えば、40代は卵子の老化が進んでいて自然妊娠の確率も低いのだから、避妊なしでやっておけばよかったです。
無知というのは本当に怖いです。不妊の知識がないからこそ、コンドームさえ外せばすぐに妊娠出来ると信じていたんですから。もちろんできるはずもなく、そのまま1年が経ってしまいました。
自分の卵子を使って体外受精にチャレンジ
--こりんごさんは45歳に。
こりんご そうです。どこの不妊治療クリニックのドクターからもコンサルテーションの段階で、「本当に子どもがほしいんだったら今すぐ卵子提供を考えなさい」と言われていました。
だけど私はそのときまだマインドが日本人的というか、「血は水よりも濃い」じゃないですけど、「私は私のDNAが残したくて不妊治療をするんだから、卵子提供なんてありえません!」と、ピシャっと断っていたんです。
--となると、不妊治療でのチョイスは人工授精か体外受精ですか。
こりんご そうなんですけど、私の保険だと体外受精はカバーされてなくて、人工授精しかできなかったんですね。さらに自分の知識不足もあいまって、45になって人工授精から始めちゃったんです。
ただ人工授精って、クオリティのいい精子を選んで、妊娠の可能性の高い日(排卵日直前)に注入してもらえるってだけで、そこまで自然妊娠と大差ないわけですね。で、やっぱり人工授精でも妊娠できず。
性交渉もダメ、人工授精もダメという中で卵子の老化を肌で感じ、そこからは体外受精にシフトしました。
--45歳からご自身の卵子を使って体外受精にチャレンジしたと。
こりんご 幸か不幸か、卵が3、4個取れちゃったんですね。完全に取れなかったら諦めもつくんですけど、微妙に毎回卵が取れちゃうもんだから、48歳になる誕生日前まで16回採卵にチャレンジして、大金を注ぎ込むことになりました。
「ミラクルが起きるかも」期待で使い果たした貯金
--体外受精で使った総額はいかほど。
こりんご 600万円くらいですかね。年齢的にあまり効果がないと言われて、排卵誘発剤(卵を育てる薬)をほとんど使わなかったので、これでも抑えられた方だと思いますが、日本にいたときに貯めていた貯金をほとんど吐き出しちゃって。
--卵子が取れているとやめ時も難しいというか。
こりんご 一応、48歳の誕生日までと線引きはしていたし、「45歳で自己卵を使って妊娠することは奇跡みたいな確率だから」とドクターにも言われてたけど、どこかで「自分だけは特別で、そのミラクルが起きるかも」と謎の期待を抱いていたんですよね。
当時はフルムーンとニュームーンのときにパワーウィッシュとかをしてて。「赤ちゃんを授かりました! ありがとうございます!」「来月、妊娠することを意図してます!」とかって、本気で書いてましたから。でも、引き寄せメソッドをやっても宇宙に祈っても赤ちゃんは来ないわけですよ。
そうして48歳の誕生日が近づくにつれて、なぜか卵子提供のドナーさんのリストをチェックしたり、費用とかも調べだしている自分がいて。
遺伝子を残したいんじゃなくて「自分の子宮を使いたかった」
--自分のDNAを残すことにこだわらなくなっていった?
こりんご ずっと自分の遺伝子を残したいと言ってたんですけど、本当は自分の遺伝子を残したいんじゃなくて、自分の子宮を使いたかったんじゃないか、と思い出したんですね。
--さきほど「一度は自分の子宮に子どもを宿してみたい」みたいなことを話されていましたよね。
こりんご 27歳で初めてニューヨークに来たときに「あ、ここに住まなきゃ」ってひらめいたのと同じ感じで、昔から、ものすごく子供好きってわけでもなかったのに子供を欲しいと思っていたのは「この子宮を使って赤ちゃんを宿す経験をしないまま死んでいいのか」と思っていたからで、今思えば、たぶんそのことを思い出して、それでパッと決断できたんだと思うんですよ
そこからは「卵子提供でいきます!」と、一気にシフトして。奇跡を待つのはリスクが大きすぎるし、ミラクルを待っている時間もない。宇宙に祈っている場合じゃなかったんです。
知識不足で40代半ばからの不妊治療に時間も大金もはたいてしまって、周りからは「そんな確率の低いものに時間も大金もはたくなんて」とか、「結局、卵子提供を受けるんだったら、最初からそうすればよかったのに」と言われることもあるんですけれど、その無駄と思われる自己卵での体外受精をしなかったら、もしかしたら自己卵で妊娠してたかもしれないのにって後悔が残るでしょう?
だから、一見無駄だと思われる自己卵での不妊治療も、後悔なくやり切ったから次の卵子提供に進めたんだと思います。全てのことは無駄なんかじゃなくて、あれがなかったら卵子提供に即シフトできなかったなとも思ってます。
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(平田 裕介)
