YouTubeチャンネル「ゆっくり遺産の探検隊」が、「【元々日本一の大都市だったのに】今やガチで廃墟だらけ…人口10万人から半分以下に激減した街の現在がやばすぎた【ゆっくり解説】」を公開した。動画では、かつて炭鉱で栄えた福岡県田川市の後藤寺地区を歩き、商店街が衰退した背景と、活気を取り戻そうとする現在の新たな動きについて解説している。

動画は、田川後藤寺駅からスタートする。駅構内には木造トラスの跨線橋や「炭坑節発祥乃地」の看板が残り、昭和の空気を色濃く残している。一方で、赤字を理由に平成筑豊鉄道の路線の廃止とバス転換が決定するなど、交通網の縮小が進んでいる厳しい現状を伝えた。

駅から続く「銀天街」に足を踏み入れると、巨大な赤提灯や昭和レトロな壁面広告が残るものの、多くの店舗のシャッターが下りている。かつて九州最大手のスーパー「寿屋」があった場所や、644席もの映画館を併設していた「後藤寺バスセンター」跡なども巡り、往時の賑わいと現在の静けさのギャップを浮き彫りにした。また、銀天街を抜けた先にある西田川高校が、井上陽水やIKKOの母校であるという意外な事実も紹介される。

商店街が衰退した理由として、動画は「炭鉱の閉山」「人口の流出」「郊外化と大型店の撤退」の3つを提示する。国の動力を支えた炭鉱が1960年代に姿を消し、人口が最盛期の10万人から4万3000人へと激減。さらに、車社会の浸透に伴い、客足が数キロ離れた郊外の大型商業施設へと流れてしまった歴史的な経緯を分かりやすく紐解いた。

衰退の歴史を辿る一方で、明るい兆しにも触れている。地元の高校生たちが自ら企画・運営する「ごとうじ祭」を開催し、商店街に活気を取り戻そうとしている様子を紹介。動画は「炭鉱の記憶を抱えたまま、役割を変えて生き続けている」と語り、かつての賑わいを現代に蘇らせようとする若い世代の動きが、この街の希望となっていると結論づけた。

チャンネル情報

このチャンネルでは、かつて栄えた街や商業施設、バブル遺産などの「今のリアル」を紹介しています。 歴史や今後の展望について、視聴者のみなさんとワイワイ議論して楽しめたら嬉しいです。 🏢案内人  🔴タヌキちゃん(左側) 🟡魔理沙(右側)