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長年勤め上げた会社を定年退職し、念願のセカンドライフを迎えたはずが、高額な退職金の使い道や、退職後の家族との接し方を誤り、家庭内で孤立してしまう--ある元会社員の事例から、定年後の家庭における居場所づくりについて考えます。

定年退職のご褒美として高級輸入車を購入した64歳元会社員の誤算

都内の製造メーカーで営業職として40年間勤務した大谷和雄さん(64歳・仮名)は、再雇用期間を含めた勤務を終え、完全リタイアを迎えました。

定年時に支給された退職金は2,500万円ほど。大谷さんはそのうちの約800万円を使用し、若い頃からの夢だったドイツ製の高級輸入車を新車で購入しました。長年の勤労に対する自分へのご褒美という理由からです。

現役時代の大谷さんは、平日は早朝から深夜まで働き、休日も接待ゴルフなど、仕事に全力投球。趣味らしい趣味もなかったといいます。

「ずっと我慢していました。人生で一度だけでいいので、憧れの車を持ちたかった」

退職後は、近場をドライブしたり、車を磨いたり。そんな充実した生活が続きました。

しかし、退職から数カ月が経過すると状況が変化します。毎日のように自宅のリビングでテレビを見て過ごす大谷さんの存在が、家庭内に気まずい空気を生み出しました。

家事を進める妻の恵子さんや、在宅勤務を行う長女の綾乃さん(26歳・仮名)にとって、日中ずっと居間に座っている大谷さんの姿はストレスとなっていきます。「そこに座っていられると掃除機がかけられない」「テレビの音が大きくて仕事に集中できない」といった不満が直接ぶつけられるようになりました。綾乃さんから「邪魔だから自分の部屋に行って」と言われる場面も増えています。

総務省『社会生活基本調査(2021年)』によると、60歳~64歳の男性の1日あたりの家事関連時間は平均1時間22分となっています。これに対し、同年代の女性の家事関連時間は平均3時間48分となっており、大きな開きが存在します。

長年家事を負担してきた妻の生活動線に、突然自宅へ留まるようになった夫が配慮しない場合、家庭内で孤立するケースも。

大谷さんには自室がありましたが、風通しの悪い空間で、居心地の良さを感じることができません。家族からの指摘を受けるたび肩身の狭さを感じた大谷さんは、自宅の駐車場に停めてある愛車の運転席へ避難するようになりました。

車内しか居場所のない現実と定年前に必要な家族関係の再構築

車内であればエアコンを効かせ、誰にも干渉されずに過ごすことができました。大谷さんは運転席のシートを倒し、スマートフォンの動画やニュースを眺める時間が増えていきます。「自分の家でありながら居場所が車の中しかない」という事実に、虚しさを覚えるようになったと大谷さんは振り返ります。

さらに、購入した高級輸入車の維持費が新たな問題を引き起こしました。高額な車検費用や任意保険料、毎月のハイオクガソリン代などが家計を圧迫します。

また、車の購入に際し、何も言わなかったわけではありませんが、十分な話し合いがあったわけではありません。そのことが恵子さんの不満を募らせていました。

「2,500万円の退職金があるからといって、勝手に高額な買い物をされたら老後の生活設計がおかしくなる」

「そんな車を買うくらいなら今後の医療費やリフォーム費用に残してほしかった」

金融経済教育推進機構『家計の金融行動に関する世論調査[二人以上世帯調査]』(2025年)によると、老後の生活に対して「心配である」と回答した二人以上世帯は全体の約8割(78.2%)。その不安の具体的な理由(複数回答)としては、「十分な金融資産がないから」(61.9%)が最も多く、次いで「年金や保険が十分ではないから」(42.4%)や「物価上昇等により費用が増えていくとみているから」(33.5%)といった項目が上位を占めています。

退職金という一括の収入を得た際に、将来の生活費の試算を行わずに高額な趣味の支出へ充てる--配偶者の不安を増大させることになっても仕方がないでしょう。

大谷さんは、愛車の車内に閉じこもる生活を続けるなかで、現役時代に「外で働いているから」と家庭を省みず、退職後も相談なしに大きな買い物をした姿勢を深く反省したといいます。

そして車の維持費は自らの小遣い枠の中で調整し、無駄な長距離ドライブを控えるようになりました。同時に、日々のゴミ出しや風呂掃除など、自分ができる家事を自主的に担当し始めています。恵子さんとも今後の生活費や老後の暮らしについて、話し合う機会を意図的に増やしたのだとか。

自慢の愛車に逃げ込むのではなく、家族と向き合い会話を重ねることが、結果として家庭内に新たな居場所を作り出す一歩となったようです。