樹木希林も「がんになって良かった」と語った…多くの医師が「がんで死にたい」と答える「納得の理由」
前立腺がんの治療が1時間で終わる時代
さかのぼること約10年、'15年に行われた本誌のインタビューで、女優の樹木希林さんはこう語っていた。
「がんになって本当によかったと思っているんです。自分の体と向き合うようになりましたから」
'04年に乳がんと診断された樹木さんは、翌年に手術で右の乳房を全摘出。しかし'13年には脊髄や腸など全身に転移していることを明かし、'18年に亡くなるまで己を蝕む病と付き合い続けた。
樹木さんのインタビューから10年が経過し、当時と比べてがん治療は大きな進歩を遂げた。'15年には人口10万人あたり121・3人だった死亡率も、'24年には106・4人にまで下がっている。
かつてがんと言えば「不治の病」の代表格だった。診断されるとうつ状態になる患者が多く、中には絶望のあまり自ら命を絶つケースすら見られたため、本人に病名を告げないまま、ひっそりと治療を進めることも珍しくなかったという。
「今でもがんと診断されたらショックかもしれませんが、かつてのように落ち込む必要はありません。治療法が進歩し、以前よりずっと『治りやすい病気』になりましたから。
たとえば男性でもっとも多い前立腺がんの場合、初期ならば5回通院して放射線治療を受けるだけで済みます。しかも一回あたりの時間は10分程度なので、合計しても1時間以内に収まります」(東京大学元特任教授の放射線科医で、自身もがんサバイバーである中川恵一氏)
心臓発作より断然いい
この10年ほどで格段に進化を遂げたのは、放射線治療だけではない。外科手術ではダヴィンチなどロボットの導入が進み、肺がんなら胸腔鏡、胃がんや大腸がんなら腹腔鏡を使った、体への負担が少ない手術がもはや「当たり前」になった。
抗がん剤では、よりパワフルで副作用が少ない薬が開発されたのはもちろん、がん細胞が持つ特定の遺伝子たんぱく質だけを狙い撃ちし、増殖を防ぐ「分子標的薬」が次々と登場。オプジーボをはじめ、患者自身の免疫を利用してがん細胞を叩く新たな治療法も、保険適用が進んでいる。
もはやがんが「死に至る病」ではなくなりつつある昨今、医師の中にも、「死ぬならがんがいい」と考える人が少なくない。中川氏もその一人だ。
「現状では、がんを告知されてから2~3ヵ月ですぐに亡くなる、ということはまずありません。仮に全身に転移していても、相応の時間が残されていて、自分の人生を締めくくる準備はできる。そう考えると私は、心臓発作などで突然死するよりもがんがいいですね」
実は激痛で苦しむ「ピンピンコロリ」
「理想的な人生の締めくくり」を尋ねられたら、おそらく多くの人が、突発的に亡くなる「ピンピンコロリ」を挙げるのではないだろうか。しかし知られていないだけで、ピンピンコロリにも「デメリット」がある。医師で作家の久坂部羊氏が解説する。
「ピンピンコロリといっても、実際には『一瞬』で死ぬことはできません。心筋梗塞やくも膜下出血が起こると、死ぬまでの5~10分程度、筆舌に尽くしがたい痛みを経験することになるのです。人生を振り返る時間も余裕もなく、いきなり苦痛の大きな死に直面するとなると、強い恐怖ややりきれなさを感じるはずです。
一方で『老衰で死にたい』という人も少なくないですが、そこに至るまでには、つらい数年間を過ごさなければなりません。ものを食べればむせるし、呼吸するたびに息苦しい。おまけに寝たきりになれば床ずれができるうえ、家族に下の世話をお願いしなければならないかもしれない。いくら最期が穏やかとはいえ、人生最後の相応の期間、ままならない生活を強いられては元も子もないでしょう」
その点、がんは亡くなる直前まで自分の意志で動けるし、食事や排泄も自力で問題なくできることが多い。脳梗塞や認知症のように脳がダメージを受けるわけではないので、思考や会話もはっきりしている。瞬間的に強い痛みを味わうこともなければ、亡くなる直前まで不自由な暮らしを続けることもない。
なにより、死を迎える前に時間的な余裕ができることも、医師たちが「がんで死にたい」と話す理由の一つだ。ホームオン・クリニックつくば院長で、これまで3000人以上の患者の最期に立ち会ってきた看取りの医師・平野国美氏も、「死ぬならばがんがいい」として、こう話す。
「がんが進むと人生の終わりが『予告』され、残されたおおよその時間がわかります。つまり人生の終着点がはっきりと見えて、友達に会っておく、疎遠だった家族と仲直りするなど、やり残したことをやる動機が生まれるわけです。
残される家族の側にとっても、あらかじめいつごろ別れが訪れるかわかっていれば、少しずつ準備ができるので、心理的な余裕が生まれるでしょう。『ありがとう』にせよ『ごめんなさい』にせよ、生きているうちに大切なことを伝えられなかったという後悔は、その後の人生で折に触れて思い出すものですから」
【後編を読む】緩和ケアは治療の初期段階から受けていい…医師が明かす「がんの痛み」と向き合うための新常識
「週刊現代」2026年9月14日号より

