34年前もシャンパングラス事件が…取材したレポーターが感じたデヴィ夫人の変わらない「怒りの矛先」
日テレの報道には失望
“デヴィ夫人”ことデヴィ・スカルノ被告(86)の裁判報道を見て、私は34年前の光景を思い出さずにはいられなかった--。
元スタッフの女性2人に対する暴行罪に問われているデヴィ夫人の第2回公判が9月8日に東京地裁で開かれた。検察側は罰金20万円を求刑。
起訴状によれば、’25年2月に都内の飲食店で元秘書の女性におしぼりやシャンパングラスを投げつけ、同年10月には動物病院で元マネージャーの女性に暴行を加えたとされている。
弁護側は暴行罪そのものについて争わない姿勢を示す一方、デヴィ夫人本人は法廷で、
「シャンパングラスは投げておりません」
「殴る蹴るは一切しておりません」
などと起訴内容の一部を否定した。判決は10月6日に言い渡される予定だ。
現時点では裁判は結論が出ていない。しかし、私にはどうしても引っかかるものがあった。公判後のデヴィ夫人の反応だ。
〈日テレの報道には失望〉
と不満を表明。自分はシャンパングラスを投げておらず、殴る蹴るもしていないと主張したうえで、被害を訴える側の発言を中心に伝えるのは、
〈公平でなく、偏見〉
だという趣旨の批判を展開した。
日本テレビといえば、デヴィ夫人が長年出演してきた『世界の果てまでイッテQ!』をはじめ、『踊る! さんま御殿!!』『ぐるぐるナインティナイン』など数多くの番組で関係を築いてきたテレビ局である。だからこそ、夫人にしてみれば「なぜ私の側の言い分をきちんと伝えないのか」という思いなのだろう。
被害者は37針縫うケガ
デヴィ夫人の反論を見ながら、私は34年前の彼女の言動を鮮明に思い出していた。あのときも自分に向けられた“怒り”や“批判”に対して、激しく反論していたからだ。
1992年、アメリカ・コロラド州アスペン。高級リゾートホテル『アスペンクラブロッジ』で開かれた国際的なパーティーで事件は起きた。
世界各国から約200人が招かれ、アメリカの富豪や著名人が顔をそろえる華やかな夜だった。その席上で、デヴィ夫人はかつて親しかったビクトリア・M・オスメイナ夫人と口論になり、シャンパングラスで相手の顔面を傷つけたとして逮捕された。
被害女性は顔に37針を縫う重傷。デヴィ夫人は有罪判決を受け、禁固60日、罰金750ドルを科され、拘置所に収監された。
当時、フジテレビ系ワイドショーのレポーターだった私は現地入りし、拘置所にいるデヴィ夫人を4日間にわたって取材した。
拘置所で私の前に現れた彼女は、想像していた「囚人」の姿とはまるで違っていた。トレーナーにスパッツという軽装。暖房の効いた施設内で、直前までエアロバイクを漕いでいたという。
そして、拘置所について笑いながら、
「カントリークラブみたいなものじゃないかしら」
と話した。
私は率直に聞いた。
「相手の女性は顔を37針も縫っていますよ」
と。するとデヴィ夫人は即座に反論した。
「私は東洋の女性です。女性の顔を傷つけるようなことはしません」
さらに、
「グラスは、彼女が私の手をつかんだ拍子に当たっただけ」
「有罪判決には、今でも納得していません」
そう強い口調で語ったのである。
34年前、すでに裁判で有罪判決を受けた後でさえ、彼女は「納得していない」と私に訴えていた。
そして’26年。再び法廷で「シャンパングラス」という言葉が登場した。
ただし今回は、あくまで検察側が「投げつけた」と主張している行為について、デヴィ夫人は明確に否定している。したがって、1992年の確定した事件と、現在裁判中の事件を同列に扱うことはできない。
有罪判決には納得していません
それでも私は、二つの出来事に共通するものを感じてしまう。それはシャンパングラスではなく、
「自分は悪意をもってそんなことをしていない」
「自分の側の事情が正しく理解されていない」
という、怒りの“処理の仕方”である。
1992年の拘置所での取材で夫人に感じたのは、被害者への謝罪以上に、自分が置かれた状況への強烈な憤りだった。
今回の裁判でデヴィ夫人は自らの性格について「瞬間湯沸かし器」のような部分があるという趣旨の説明をしている。私は、この言葉に妙に納得した。
34年前のアスペンでの事件も、今回起訴された2件の暴行事件も、報道されている経緯を見る限り、その背景にあるのは人間関係の中で一気に感情が高ぶる瞬間だ。
怒ること自体は誰にでもある。問題は、その怒りをどのように処理するかである。
デヴィ夫人は華麗な経歴を持ち、80歳を超えてもテレビの第一線で活躍してきた。『イッテQ!』では過酷なロケにも果敢に挑戦し、その姿に勇気づけられた視聴者も少なくないだろう。それだけに残念なのである。
1992年の取材最終日。デヴィ夫人は道路を横断中、車と接触して救急搬送された。約10年後、羽田空港で偶然再会した私は、
「あのときのケガ、大丈夫でしたか?」
と声をかけた。すると彼女は笑いながら、
「あら? そんなこと、ありましたかしら~」
と答えた。
そのとき私は、彼女にとって過去とは、驚くほど速く過ぎ去っていくものなのかもしれないと思った。
34年前のアスペンと2026年の東京。二つの場所を結ぶのは、単なるシャンパングラスではない。
私には、「自分は正しく理解されていない」というデヴィ夫人の強烈な自己認識のように思えてならない。アスペンの拘置所で私に語った、
「有罪判決には、今でも納得していません」
あの言葉が、私はどうしても頭から離れない。
今度こそ「納得できない」で終わるのではなく、自らの怒りと向き合うことができるのか。私はそこを見届けたい。
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