中国・北京の南西約100キロにある農村地帯に、整然とした道路や真新しい住宅、オフィスが広がっている。習近平国家主席が「千年の大計」と位置づけた新都市・雄安新区だ。2017年の着工から投じられた資金は1兆元(約23兆7000億円)を超える。ところが、今も大通りに人影はまばらで、国有企業の中には、本社だけを形式上移し、重要人物の多くを北京に残す企業もある。巨額の投資にもかかわらず、なぜ人は雄安に住みたがらないのか。海外メディアの報道から、その実態を読み解く--。
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中国の習近平共産党総書記は2026年3月23日午前、河北省雄安新区を視察した。写真は座談会で演説する習近平氏 - 写真=新華社/中国通信社/時事通信フォト

■国有企業さえ移転を渋る「きれいな廃墟」

中国有数のターミナル駅である、雄安駅。その面積は、サッカー場66面分に及ぶ。

北京の南西約100キロに位置する同駅は、2020年に開業した。広大な空き地に混じってビル街が育ちつつある新生エリアに、ホワイトを基調にした楕円形のユニークな駅舎デザインが目を惹く。

中国の習近平国家主席の号令のもと、2017年に着工した新都市・雄安新区の玄関口として新設された。雄安新区は、首都に集中しすぎた政府機関や企業、大学を受け入れるため、何もない土地に一から設計された街である。

駅から中心部へと進めば、すでに立派な住宅街やビル街がみられる。ウォール・ストリート・ジャーナルの記者が2024年に現地を訪れると、住宅やオフィスビル、高級ホテルなどが完成していた。明るいトーンの歩道に、芝や街路樹のグリーンが映える。

雑多で過密な北京や深圳に対し、ゆとりあるモダンな設計の都市を目指したのだろう。北京の「非首都機能」の受け皿となる雄安新区は、計画では水域と緑地の占める割合を市域の7割に保つとされている。

香港英字紙のサウスチャイナ・モーニングポストは、オフィスビルや住宅、公共交通、学校、商店、レストランといった都市のハードウエアの多くはすでに整っていると伝えた。政治機能の他にも、開発第1期の容東地区には、金融街とテックパークが計画されている。

だが、新しい立派な車線を備えた新区内の大通りには、時折車こそ通れど、人影がほとんどない。ブルームバーグは習氏が旗を振る「国家的重点事業」「千年の大計」だと伝えるが、少なくとも現状は国有企業でさえ移転を渋る「きれいな廃墟」の様相だ。

■駅構内に響くのは清掃員と警備員の足音だけ

雄安の都市設計の基本理念は、暮らしのすべてを街区の中で完結させること。

米国際政治誌のフォーリン・ポリシーによれば、診療所も保育施設も介護施設も、ほとんどの住居から徒歩5分でアクセスできるよう配置される。目指すのは「健全な精神と高潔な人格、芸術的素養を備えた新雄安人」の育成である。

しかし、着工から9年が経つ今も、雄安に人は集まっていない。1日に10万人以上をさばけるという雄安駅の構内に響くのは、清掃員と警備員のかすかな足音だけだ。ウォール・ストリート・ジャーナルは、「中国の未来を示すために建設された」とした上で、現状は「ゴーストシティ」だと述べている。

実際、ブルームバーグの記者が2024年に訪れた際にも、胸の高さまで雑草が伸び、建設途中で放置された建物が広がっていた。サウスチャイナ・モーニングポストは、容東地区では路面の商業スペースの大半が入居企業を待つ空きのままだと伝えている。

住宅も似た状況にある。あるマンションでは全住戸が入居可能な状態にあり、約3分の2が売約済みだが、販売担当者によれば買い手の多くは将来の移住に備える北京の住民だ。

就職を機に2024年に移り住んだという24歳の男性は、サウスチャイナ・モーニングポストの取材に、「実際のところ、まだ人は来ていない」と語った。自身も、週末の多くは北京で過ごしているという。男性は、今後数年で政府が北京から人々を強制的に移住させる可能性があるとも語った。

■境界線を引き直して演出した人口増

不思議なことに、公式の統計では人口が増えている。

中国国営通信社の新華社は今年3月、こんな数字を並べた。5300棟を超える建物が並び、141万人が暮らし、669社のハイテク企業が拠点を構える。投資額は、2025年末までの累計で1兆元(約23兆7000億円)を超えた。

ウォール・ストリート・ジャーナルによれば、当局は7年間で12万人が新しい住宅に入居したとしている。だが、その多くは外部から移り住んだ新住民ではなく、街を造るために取り壊された村から移された地元住民だ。

数字だけを追えば、何もなかった土地に都市がひとつ生まれたように見える。ところが、雄安新区と現在呼ばれる土地には、もともと100万人を超える人々が暮らしていた。

一帯にはもともと小さな農村が点在していたが、そこで暮らしていた人々がそのまま、「新都市の住民」に計上されている。2020年の国勢調査によれば、新区の常住人口は120万5440人。新華社が今年示した141万人と同じ常住人口の基準で比べれば、この5年あまりで増えたのは20万人ほどにとどまる。

■「ほぼ全員が失敗だと考えている」

人が集まらないのには理由がある。雄安新区には、人が根を下ろす土壌がないのだ。

すべてを自宅周辺の街区で済ませる構想も虚しく、実際には高速道路も鉄道の接続も乏しいと米独立系ニュースメディアのセマフォは指摘する。

例えば、先に挙げた雄安駅。出で立ちこそ壮大だが、その所在地は新区内とはいえ、中心部から実に20キロも離れている。

雄安駅西正面(写真=N509FZ/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

大学や病院も移転に慎重だ。ブルームバーグによれば、北京の4つの大学は2022年に移転計画を打ち出したが、分校の設置に縮小した。

同じ空気は学生の間にさえ漂う。ブルームバーグは中国地質大学の1年生の言葉を紹介している。「北京に来るために受験を頑張ったんです。雄安に行くためではありません」。

雄安新区を研究するアメリカの都市計画学者アンドリュー・ストコルズ氏の見方はより厳しい。同氏はセマフォに対し、「中国で話す相手のほぼ全員が、雄安は失敗だと考えている」と語る。ただし、習氏の肝煎り事業である以上、そうした本音が公に語られることはない。

■重要人物は北京に残して形だけ本社移転

人々が移転に二の足を踏む中、半ば命じられるがままに移転を進めた企業がある。

習氏の号令が最も効くはずの相手は、党と政府が直接統制する国有企業だ。果たして号令の下、移転は少しずつ進み始めた。

化学・エネルギー大手の中化控股と電力大手の中国華能集団がそれぞれ約1000人規模で本社を移し、通信大手の中国電信は最終的に約6000人規模の拠点を構えると、サウスチャイナ・モーニングポストは伝えている。

中国中化集団の雄安本社ビル(写真=N509FZ/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

しかし、セマフォによれば、なかには本社を形式上移しただけで、実質的な勤務地をほとんど動かしていない企業もある。

都市計画学者のストコルズ氏はセマフォに対し、「本社を形式上は移した企業があっても、重要人物の多くは北京に残るか、行っても週末には戻ってくる」と指摘する。

それでも当局はあくまで強気だ。ブルームバーグによれば、移転が歓迎されるのは情報技術、バイオ医薬品、新エネルギー関連の企業で、当局が「伝統産業」と呼ぶ在来型の産業は排除の対象とされている。

「入りたい企業は多いが、我々は選別する」と、雄安新区の初代党委員会書記は2017年にサウスチャイナ・モーニングポスト紙に語っている。

■北京郊外への配属は「キャリアの死」

企業さえ移転を渋るのはなぜか。

中国では中央の求心力が非常に強い。フォーリン・ポリシーは、普段は豪華な宿泊施設に慣れた地方の幹部たちが、党指導部の拠点である中南海を訪れる際には4人の相部屋さえいとわないと伝える。

中枢との物理的な距離が権力の大きさに直結する中国において、指導部と直接顔を合わせる機会は何ものにも代えがたいからだ。

したがって、北京の中心部から100キロ離れた雄安新区への移転など、幹部にとってはまるで割に合わない。フォーリン・ポリシーは、イギリスをはじめ他国でも政府機能の分散は難航してきたと指摘する。公務員の間で、首都外への配属を「キャリアの死」と捉える見方が強いためだという。

北京の国有建設会社で働く30代前半の建築士は、「移れば人脈をゼロから作り直すことになり、教育や医療の面でも長い間、北京には及ばないでしょう」とサウスチャイナ・モーニングポスト紙に語る。

都市計画が専門のキャンベラ・ビジネス・スクールのリチャード・フー教授はよりはっきりと、「雄安から北京への移住は上向きの移動だが、北京から雄安への移住は下向きの移動だ」と評した。

仮に政府機関の一部を物理的に移すことはできても、権力にまつわる概念を変えることははるかに難しい。

■車がないのに渋滞防止に力をいれる

人の集まらない政治都市で、都市を動かす仕組みだけが周到に整えられている。

渋滞が起きる前に、中央の管制ハブが交通をデジタルで監視し、北京や重慶のような渋滞の発生を防ぐ。ブルームバーグは、雄安新区の綿密な渋滞対策をそう紹介した。

ほか、電力ケーブルなど主要なインフラの多くは、維持管理をしやすくし街路をすっきり保つため、地下の大規模なトンネルに収められている。近未来的な都市設計だ。

もっとも、その管制システムがさばくはずの車は、整然と延びる街路をほとんど走っていない。深圳のような無秩序な都市の拡大を許さない設計は、他都市を悩ませてきた問題の回避を狙ったものだ。だが、都市を都市らしくしている雑多な要素まで排除してしまった。

中国政府の計画を研究する学者のコベル・メイスケンズ氏はブルームバーグに対し、「計画されたスマートシティは未来の場所とされている」が、大都市を魅力的にしている雑然とした街の営みがなければ「誰も住みたがらない」と指摘する。

住宅にも縛りがかかる。投機を防ぐため当局が価格を厳しく統制し、完成前の物件を売り出す「青田売り」が禁じられている。数百万人の出稼ぎ労働者と起業家が押し寄せ、無秩序に膨れ上がりながら賑わいを見せた深圳とは、まるで反対の発想だ。

■「家を返せ」と当局に抗議した住民

人口のほとんど伸びない、雄安新区。真新しい街区がどこまでも広がるその光景は、地元の人々の暮らしを犠牲に成り立っている。

雄安一帯は水の集まる低地で、たびたび浸水に見舞われてきた。ブルームバーグによれば、1963年の大洪水を機に恒久的な建築物の建設が禁じられた。

建物の建たない土地だったからこそ、新都市の建設地に選ばれた。CNNによれば、街は200年に一度の規模の洪水にも耐えられるインフラを備え、路面が水を吸収する「スポンジシティ」機能も導入されているという。

ただし、その安全は、街の外の土地が水を引き受けることで保たれる。2023年夏、140年ぶりの豪雨がまず北京西部の山間部を直撃すると、当局は北京と雄安の「絶対的な安全」を最優先した。

豪雨に備えた7月20日、水利部の李国英部長は「洪水を(雄安の)外縁部にとどめ、新設された堤防にかかる洪水対策の圧力を軽減する」よう、分水計画の策定を指示している。

そして7月30日、あふれた水を意図的に流し込む「遊水地」に指定されていた区域への放流に踏み切った。そこには数十万人が暮らしていた。

河北省涿州市では、街路や住宅が水深数メートルの濁流に沈んだとCNNは伝えた。覇州市では、住民が市政府の前に赤い横断幕を掲げた。「家を返せ。洪水は放流によるもので、豪雨による被害ではない」

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河北省トップの倪岳峰党委員会書記は、同省を北京の「堀」と呼んだ。この発言は反発を招き、検閲当局は後に中国のインターネット上からこの発言を削除した。

■成功した深圳にあって、雄安にないもの

9年かけてなお人が住みたがらない新都市に、未来はあるのか。

中国のゴーストシティには、後から人が住み着いた例もある。内モンゴル自治区オルドス市の康巴什(かんばし)区だ。

約30万人が暮らせる想定で造られたが、入居率はかつて1割に届かなかった。米ニュース週刊誌のニューズウィークは、いまでは同区に12万人を超える人々が暮らしていると2025年に報じている。

ただし、時間が経てば都市として動き出すわけではない。人が集まるかどうかを決めるのは雇用だ。同誌が引用する専門家も、「繁栄には雇用が不可欠だ」と指摘する。

深圳が「成功例」と呼ばれるまでには10年以上かかった。その成長は、西側から流れ込んだ資本によって加速した。

馬草壟からの深圳の眺め(写真=ystsoi/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons)

ウォール・ストリート・ジャーナルは、いまの中国では西側との断絶、景気の減速、人口の減少が同時に起きていると分析する。深圳に成長をもたらした条件が、雄安には欠けている。

それでも、トップからの掛け声は変わらない。ブルームバーグが伝えたように、習氏は今年3月の視察で、北京の「非首都機能」の移転を加速させ、国有企業、大学、病院の事業を着実に移すとともに、金融機関や研究機関の移転を支援するよう改めて指示した。その上で、「雄安建設の決定は完全に正しい」とも断言した。

号令に応えるかのように、今もオフィスや住宅が次々と建設されている。受け皿ばかりが広がるが、好んで移ろうとする企業や住人はほとんどいない。

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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)