アーセナル戦で精度の高いキックを何本も通したGK鈴木彩艶(C)共同通信社

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 威風堂々とした存在感を放っていたのは、自軍のゴール前だけではなかった。新天地となる英プレミアリーグの強豪アストン・ヴィラでのデビュー戦を終えた直後。日本代表の守護神、鈴木彩艶がフラッシュインタビューに応じた。

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 ホームに昨季王者アーセナルを迎えた8月31日(日本時間9月1日)の第2節。イングランド代表FWブカヨ・サカに決められた先制点を取り返せないまま0-1で敗れたアストン・ヴィラは開幕2連敗を喫した。

 女性インタビュアーは、まず王者相手の90分間を終えた心境を尋ねた。

「何よりもこの結果には本当にがっかりしています。残念な結果でした」

 落ち着き払った口調で第一声を発した彩艶に、実は通訳はついていない。流暢な英語を駆使しながら、試合内容を問う質問にも次のように答えている。

「この試合ですべてのディフェンダーが体を張って守り、枠内シュートは確か2本しかなかったと思います。しかし、1失点してしまいました。自分にもまだ何かができたはずだと思っていますし、もっと上達したいと思っています」

 さらに昨季までの守護神、アルゼンチン代表のエミリアーノ・マルティネス(現チェルシー)の後を継ぐプレッシャーはないか、という質問にも動じない。

「彼の後にこのクラブでプレーするのは、そう簡単ではありません。それでも僕の強みは自信をもって、チームを助けるプレーにあると思っています」

 ガーナ人の父親と日本人の母親との間に米ニュージャージー州ニューアークで生まれた彩艶は、幼少期からさいたま市浦和区で育った。そして小学生年代のジュニアから心技体を磨いてきた浦和レッズから、2023年8月に旅立っている。

 ベルギーのシントトロイデンへ期限付き移籍する直前。言葉の壁に対する不安を問われた当時20歳の彩艶は、胸を張ってこんな言葉を残している。

「こういうときのために、2年ほど前から英語をしっかりと勉強してきました。最初はほとんど話せませんでしたが、いまは試合中でも自信をもって話せます」

 浦和で実力を養ってきた彩艶は、いつしか「プレミアリーグで活躍する最初の日本人ゴールキーパーになって、世界一を目指します」という夢を抱いた。

 3年前の夏にも憧れのプレミアリーグへ移籍するチャンスがあった。しかし、名門マンチェスター・ユナイテッドから届いた完全移籍のオファーに、彩艶はあえて断りを入れた。その上でシントトロイデンを選んだ理由をこう語っていた。

年齢に不釣り合いなほど自身を客観視する思考回路

「マンチェスター・ユナイテッドで試合に出られるレベルにあるのかどうかを考えたときに、日本で試合に出られていない自分ではなかなか難しいと思いました。ただ、現時点で行けなくても、数年後には必ず行きたいと考えているので、着実にステップアップしていくために今回の移籍を決断しました」

 彩艶は「何も考えなければもちろんマンチェスター・ユナイテッドに行きたいと思いました」ともつけ加えている。自身のプロキャリアを左右しかねない二者択一の選択を前にして、日本のことわざにある「急がば回れ」を実践した。

 年齢に不釣り合いなほど自身を客観視する思考回路。そこへ英語の習得という入念な事前の準備、さらにもともと秘めていた潜在能力の開花が融合された結果がシントトロイデンへの完全移籍、そしてセリエAのパルマ加入につながる。

 パルマ時代にも必死にイタリア語を学んでいる。そして数々のビッグセーブを演じて森保ジャパンのゴールマウスに君臨した北中米W杯をへて、24歳になった直後に憧憬の思いを抱き続けたプレミアリーグへの移籍を成就させた。

 アーセナル戦では武器である反応の速さを披露し、至近距離でのシュートストップにつなげた。しかし、何よりも衝撃を与えたのはワンステップで一気に敵陣深くまで飛ばすキック力。インタビュアーから最後にそれを問われた。

「あれは僕の強みですし、監督も僕のキックを期待してくれています。今日はゴールにつながりませんでしたが、次こそは自分の足でチャンスを創設したい」

 丁寧で紳士的な取材対応はファンの心も射止めた。もっとも今回のステップアップも、プレミアリーグ初の日本人キーパー誕生もすべてが通過点。世界一の選手を目指して、彩艶は自らが切り開いた道を地に足をつけてしっかりと歩んでいく。