(※写真はイメージです/PIXTA)

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働き方を見直し、十分な資産を築いた段階で早期退職する「FIRE」。会社員生活から解放され、自分の時間を自由に使えることに魅力を感じる人もいるでしょう。しかし、仕事がなくなることで変わるのは収入だけではありません。毎日の予定や人との付き合いまで一度に失われ、想像していた自由との違いに戸惑うこともあります。

「もう会社には縛られない」39歳で7,000万円を築いた息子

「俺、会社辞めることにした」

誠さん(仮名・68歳)が、39歳の一人息子・亮介さんからそう聞かされたのは、前年の秋でした。

亮介さんは都内のIT企業で働く会社員。独身で、賃貸マンションに一人で暮らしています。

20代後半から投資を始め、30代に入ってからは収入が増えても生活水準を大きく上げず、給与のかなりの部分を投資信託などに回してきました。

退職を決めた時点で、預貯金と金融商品を合わせた総資産は約7,000万円。そのうち約1,000万円は当面の生活費として預貯金で確保し、残りを分散して運用していました。

「年間200万円ちょっとで暮らしてるから、これならもう働かなくてもいいと思う」

誠さんは驚きました。

「39歳だぞ。あと何十年あると思ってるんだ」

しかし亮介さんは、自分なりに生活費や税金、社会保険料を計算していました。

金融庁も、資産形成では収入と支出を把握したうえでライフプランを考えることが重要であり、投資には元本割れの可能性があるため、長期・積立・分散投資などによってリスクと付き合う必要があるとしています。

会社を辞めれば社会保険の扱いも変わります。日本年金機構によると、日本国内に住む20歳以上60歳未満の人が会社を退職し、厚生年金に加入しなくなった場合、原則として国民年金第1号被保険者への切り替えが必要です。

亮介さんもそうした負担を織り込んだうえで、「もう自由に生きるよ」と会社を退職しました。

最初の数ヵ月は楽しそうでした。

平日の昼間に映画を見たり、混雑を避けて旅行したり、朝も目覚まし時計をかけずに起きたり。誠さんが電話すると、「会社員のころには戻れない」と話していました。

ところが半年後、誠さんが息子の部屋を訪ねたとき、その印象は変わりました。

「毎日、何してるんだ?」半年後に父が感じた違和感

訪ねたのは平日の午後でした。部屋に入ると、亮介さんは部屋着のままパソコンの前に座っていました。

「今日は何してたんだ?」

「別に。午前中に起きて、相場見て、動画見てた」

「昨日は?」

「同じような感じかな」

誠さんが気になったのは、部屋が散らかっていたことでも、息子がお金に困っていたことでもありません。むしろ資産は大きく減っておらず、生活費も本人が決めた範囲に収まっていました。

それなのに、以前より表情に張りがなく見えたのです。

会社員だったころの亮介さんは、忙しいと文句を言いながらも、同僚との話や新しい仕事についてよく話していました。それが今は、「今週何をしたのか」と聞いても、すぐには答えが出てきません。

「お前、自由になりたかったんだろ?」

誠さんが聞くと、亮介さんは少し考えてから答えました。

「自由なんだけどさ。毎日休みだと、今日やらなくても明日でいいってなるんだよね」

総務省『日本の統計2025』によると、35~59歳の単身世帯の1ヵ月の消費支出は平均19万4,438円でした。年間にすれば約233万円です。もちろん実際の支出は住居形態や生活水準によって大きく異なりますが、長期間仕事をしない生活では、日々の支出だけでなく数十年単位の生活設計が必要になります。

ただ、誠さんがその日気になったのは資産計画ではありませんでした。

「金の計算はしてたみたいだけど、会社辞めたあと毎日何するかは考えてなかったんじゃないか」

そう言うと、亮介さんは否定しませんでした。

仕事を辞めた当初は旅行や趣味を楽しんでいましたが、それも数ヵ月すると日常になりました。平日に会える友人は少なく、以前の同僚とも自然に連絡を取る機会が減っていました。

その後亮介さんは、以前の仕事で付き合いのあった知人から声をかけられ、週に1、2日だけ業務を手伝うようになりました。報酬以上に、「火曜日までにこれを終わらせる」という予定ができたことが意外に大きかったといいます。

最近では運動する曜日も決め、興味のあった講座にも通い始めました。

FIREに必要な資産額に、一律の正解はありません。生活費や運用方法、家族構成、将来必要になるお金によって大きく変わり、投資を続ける以上は市場変動のリスクも残ります。

同時に、早期退職の準備は資産額だけで完結するものでもないでしょう。仕事によって得ていた予定、人との接点、役割を手放したあと、その時間を何に使うのか。亮介さんにとってFIRE後の半年は、「働かなくても暮らせるか」と同じくらい、「働かない毎日をどう暮らすか」を考える時間になりました。