コメ価格を下げるためでも農家救済でもない…鈴木農水相が「JAが9割超落札した備蓄米」を1年半で買い戻す理由

■なぜ「備蓄米の買戻し」を急ぐのか
鈴木憲和農水相は9月1日の記者会見(9月1日の記者会見)で、2025年に放出した政府備蓄米21万トンの買い戻し手続きを9月中に始めると表明した。価格は見積もり合わせを行い、随意契約で決めるとしている。
市場から隔離して米価を維持するためである。物価対策に逆行するとして難色を示していた官邸も、「米価が暴落して農家経営に重大な影響を与える」という鈴木憲和農水大臣やJA農協、さらには自民党農林族議員の圧力に抗しえなかった。
米価浮揚対策としてだけではなく、買い戻し方法にも大きな問題がある。
まず、昨年集荷業者(ほとんどがJA農協。過去3回の落札率はいずれも9割超)に放出したコメの平均落札価格は2万2477円、これに対して現在の25年産米の価格は3万5451円(令和7年産米 出回り~7月までの平均額)。この価格で買い戻すとなると、売却価格との差額は筆者試算で約450億円になる。
実際の買い戻し価格は見積もり合わせで決まるため、現時点でこの負担が確定したわけではないが、買い戻し費用を負担するのは納税者で、高値での買い戻しによって利益を受けるのは主にJA農協である。買戻しの期限は「5年以内」と猶予が設けられていたのだから、せめて落札価格の水準に下がるまで待つべきだったのではないか。
政府は、備蓄米の放出によって在庫が約32万トンまで減少したため、標準とする約100万トンへ計画的に戻す必要があると説明する。しかし、足元では民間在庫が回復し、2026年産の生産量も増える見通しだ。価格が高い時期に21万トンを急いで買い戻す必要はない。
また、国の会計法では競争入札が原則である。これによって、国が財産を売るときは最も高く、買うときは最も安く、入札した業者が落札できる。一方、今回の買い戻しは一般競争入札ではなく、買い戻し特約付きで備蓄米を落札した事業者から見積もりを取り、価格を決める随意契約で行われる。今回の契約相手は、これまでの落札実績からみてJA農協だ。
つまり、本格的に新米の集荷が始まる前に、JA農協が積み上げた在庫を政府が肩代わりするのだ。筆者には、買い戻し特約を利用した農水省とJA農協の出来レースとしか思えない。
■既視感のある出来事
コメの在庫が積み上がっているとして、JA農協は収穫時に農家に仮払いする26年産米の概算金(玄米60kg)を前年より3~4割引き下げた。これで農家が離農するとコメが食べられなくなるとも報道されている。
これは私にとってはデジャブである。2007年過剰を予想し概算金を1万2000円から7000円に一気に引き下げたJA農協は、政府に34万トンを備蓄米として買い入れさせ、米価の底上げを行った。さらに、約1600億円だった減反補助金を補正予算で500億円上積みさせ、翌年の減反を10万ha強化して、110万haとした。米価維持のために備蓄米の買い入れを使うのは、古くからの常套手段だ。JA農協による概算金の引下げ、政府による備蓄米買い入れは、今回と全く同じパターンだ。

ところで、概算金が前年より4割安くなることで、コメ農家の経営が廃業せざるをえないほど悪化するのだろうか。これが、この問題の核心である。本来、これを立証しなければならないのは納税者の負担で備蓄米の買い入れを実行しようとする農水省とJA農協だ。しかし、だれも問題視しようとしないため、かれらは立証責任を免れている。これが否定されれば、今回の政府の買い入れは全く根拠のない政策となる。
■コメ高騰で拡大した価格差
そもそも概算金を“暴落”させたのは、JA農協である。
JA農協は信用・共済事業で利益を上げているし、コメ事業自体でもこの2年間大きなマージンを手にしてきた。組合員農家のための組織が、どうして組合員を苦しめるような行為をするのだろうか。
シンプルなファクツを示す。
概算金は、JAなどの集荷業者がコメの販売前に生産者へ支払う仮払金である。販売代金の確定後、販売手数料や運送・保管・検査費などを差し引き、追加払いを含む最終精算が行われる。米価や概算金は産地や品種によってまちまちである。
以下は、農水省が公表情報を基に作成した各段階の流通価格のイメージである。2025年産の概算金2万8200円は、77事業者から報告された金額の単純平均である。

相対取引価格は23年産1万5300円、24年産2万4800円、25年産3万6900円。概算金は23年1万2700円、24年1万9100円、25年2万8200円。両者の差額(図表1)は、23年2600円、24年5700円、25年8700円へと拡大している。私は、この差額の拡大によってJA農協が収益を増やしている部分はあるとみる。
■概算金が4割減でも23年産より高水準
これまで報道されている26年産の各県の概算金は、1万7000円から2万円のレンジのものが多い。高騰した25年産比で3~4割の減少となった。
26年産の相対取引価格が2万3000円(概算金1万8000円)に“暴落”しても、23年産の1万5000円より5割以上高い。
依然として今(26)年産の米価はバブルなのだ。
日本のマスコミは4割の価格低下だけに目を奪われて、農家の経営は悪化すると報道している。しかし、私に取材を申し込んだ海外の有力紙の記者は、4割下がっても高い水準なので、農家経営は依然良好ではないかと質問してきた。情けないことに、海外の記者の方が本質を理解している。私は日本の記者のレベルの低さを詫びるばかりだった。
精米5キログラムのコメの値段は3000円をやや下回ることになろう。3年前まで2000円を切っていたことを覚えている消費者は少なくなっている。3000円でも4000円の時から比べると安くなったと評価してくれるのかもしれない。
■生産コストは上がっているのか
では、コストはどうだろうか? 米価が高くてもコストが上がれば、収益は改善するかどうかわからない。
次の図表2は、全算入生産費(24年産)について、農家平均、0.5ヘクタール未満、15ヘクタール以上の農家の費用内訳である。円の大きさはコストの大きさを表している。0.5ヘクタール未満のコストは高く、単位面積当たりの労働時間が多い(労働生産性が低い)ため労働費の割合が多くなっている。
全算入生産費とは、実際に肥料などの生産資材に支払った金額(物財費)に農水省が農家の労働時間に農村地域の労賃を乗じて計算した労働費(これは農家にとっては所得の一部)などを加えたものである。大まかに言うと、農協マージンを引いた後の米価(概算金)から物財費を引いたものが60キログラム当たりの純利益であり、これに販売量(単収×作付け面積-農家自家消費量)を乗じると所得になる。

肥料・農薬や石油代が高騰しているといわれるが、これらは農家が生産資材に払った物財費(コスト)の3割、全算入生産費の2割である。仮に5割上昇しても生産費の増加は10~15%ほどである。
■肥料価格は24年以降横ばい
次の図表3のとおり、肥料価格は21年から23年まで上昇したのち24年に下がり以降横ばいである。コメの全算入生産費(玄米60キログラム)は、2018年産の1万5352円から21年産1万4758円に低下したのち、22年産1万5273円、23年産1万5948円、24年産1万5814円となっている。
最も低い18年と最も高い23年を比較すると、この間肥料価格が2倍になっているが、全体の生産費の上昇は8%にとどまっている。肥料価格の動向から、26年産についても、24年産の生産費から大きな変動はないと考えられる。
なお、肥料、原油、穀物などの価格が上がると、そのまま下がってこないという印象を受けたり、そのような主張がなされたりすることが多いが、経験則からすれば、上がったまま戻ってこないことはない。

■生産コストが同水準の2018年度で検証
次の図表4は、米価が1万5688円で、コスト(60キロあたり1万5352円)も24年と同水準だった2018年のコメ農家の経営状況である。ベンチマークとして示しておきたい。

この時でも、コストが高い1ヘクタール以下の農家は赤字であるが、コメ供給のかなりを占める30ヘクタール以上規模の農家は1600万円くらいの所得をあげていた。今年産よりも大幅に低い1万6000円の米価でも、農家が廃業してコメが食べられなくなるなどの議論は、当時農業界でさえも行わなかった。なお、図中の生産費は、所得に当たる労働費を含む全参入生産費ではなく、物財である。
■大規模農家は高い所得を確保
今(26)年産米の米価(概算金)は24年産米を若干下回るだけで、コストも大きな変化はないと思われるので、農家の収益状況はほぼ24年産米と同じと考えられる。
次の図表5は24年産米の規模階層別のコストと所得である。ここでも規模が大きくなるにつれてコストが低下し、所得が増加することがわかる。零細農家と大規模農家のコスト格差は歴然としている。


ちなみに、零細農家はもう何十年も赤字だ。それでも米価が高いので町で買うよりも自分で作る方が安上がりだということで農業を続けてきた。彼らに取材すれば米価が下がると経営が苦しくなると言うに違いない。しかし、零細な農家の所得は、サラリーマン収入や年金である。
食料システム法の下で公表されたコメのコスト指標、玄米60キログラムあたり2万535円は、1~3ヘクタール規模の農家のコストを基に算定したものだ。この図から、この算定がコストを高く見せるための恣意的なものであることがうかがえる。
24年産米は米価が上昇したので、所得も増加した。1ヘクタール以下の階層は赤字のままだが、0.5ヘクタール未満層の赤字は23産米の36万円から15万円へ、0.5~1ヘクタール層の赤字は46万から7万円へ、赤字幅は縮小した。1~3ヘクタール層は22万円の赤字から43万円の黒字に転換した。大きな階層の所得は、15~20ヘクタール層1300万円、20~30ヘクタール層1400万円、30~50ヘクタール層2700万円、50ha以上3200万円となった。
■多額の血税を使って、いまやるべきことなのか
要するに、24年産と26年産は経営状況が変わっていない。当時、農業経営が危機的状況を迎えなかったことを考えると、いま備蓄米を買い入れて、米価浮揚、経営改善の対策を講じる必要はない。
なお、25年産は米価がさらに上昇したので、所得もさらに増加した。2024年と同じ単収・物財費を前提に、2025年産の概算金2万8200円を当てはめると、50ヘクタール規模で約1億円になる。私の知り合いの農家は、25年は節税に節税を重ねても納税額は1000万円を超えたと言っていた。農機具を扱っている私の高校時代の友人は、「コメ農家に大変なバブルが起きている」と40年ぶりに連絡してきた。
いまなぜ、多額の国家予算をつぎ込んで、政府備蓄米を買い戻さなければならないのか。政府の説明をうのみにせず、需給と農家経営のデータから検証する必要がある。
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山下 一仁(やました・かずひと)
武蔵野大学国際総合研究所研究主幹
1955年岡山県生まれ。77年東京大学法学部卒業後、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、同局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員、2010年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹、2026年5月より現職。著書に『バターが買えない不都合な真実』(幻冬舎新書)、『農協の大罪』(宝島社新書)、『農業ビッグバンの経済学』『国民のための「食と農」の授業』(ともに日本経済新聞出版社)、『日本が飢える! 世界食料危機の真実』(幻冬舎新書)、『食料安全保障の研究 襲い来る食料途絶にどう備える』(日本経済新聞出版)など多数。近刊に『コメ高騰の深層 JA農協の圧力に屈した減反の大罪』(宝島社新書)がある。
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(武蔵野大学国際総合研究所研究主幹 山下 一仁)
