【島沢 優子】不登校で「24時間ゲーム漬け」の小6息子、母が「学校に行かせること」をあきらめて待った結果
書籍『不登校から人生を拓く--4000組の親子に寄り添った相談員・池添素の「信じ抜く力」』(講談社)は、著者でジャーナリストの島沢優子さんが、相談員の池添素さんと不登校を経験した親子への取材を通じて、葛藤や、その先にある変化を丁寧に描いている。
本書からの抜粋を紹介している前編【小6の夏休み明けから行き渋り…不登校の息子が「明日こそ学校に行く」と親を喜ばす深層心理】では、小学6年生の夏休み明けから学校に行けなくなったリョウトくんと、そのお母さん・イクコさん(いずれも仮名)のエピソードを紹介。不登校当初は「学校に行かせようとしていた」と語るイクコさん。池添さんに相談して、息子リョウトくんに対して“もう好きなようにすればええわ”と腹を決める。その結果、昼夜逆転どころか、24時間ゲーム漬けになったリョウトくんだが、ある日「学校に行く」ことを示唆する言葉を言い始める。後編では、学校に行かせることを「あきらめた」イクコさんの変化について。その変化が息子リョウトくんに与えた影響とは。
親が変われば子どもも変わる
「2月になったら、おれ学校行こうかな」
出た、リップサービス。イクコさんは「そうか」と言って終わらせた。とはいえ「朝起きるんやったら、ゲームは何時にやめればいいかな」など、本人が自分の気づきをポツポツ言葉にすることがどんどん増えていった。それとともに、表情も変わってきた。
不登校になったばかりのころは青白い顔で昼ごろに起きてきた。イクコさん曰く「ずっと何かと戦っているような険しい表情ばかり」だった。リビングに寄り付かず、自分の部屋に閉じこもって、家族と食事することもなかったのが、少しずつ両親とコミュニケーションをとるようになった。表情が変わってくると、イクコさんのなかに「待っててよかった」という達成感がわいてくる。待つことで改善されたことを実感すると、その成功体験の一つひとつが自信として積みあがった。
期待はしていなかったのに、卒業式の前に一日だけ自分から学校に行った。卒業式は出た。中学に入る前に、イクコさんの誕生日ケーキを作ってくれた。料理を作ることに興味を覚えたようだった。どうやらゲームの合間に観ていたYouTubeで料理の動画を観たようだ。魚をさばいたり、高速で玉ねぎのみじん切りをしたり、美味しそうなおかずを作ったりする動画を観る姿を見かけることが増えた。
中学でも変わらず不登校は続いたが、自宅で料理を楽しむようになった。そのうちパンを焼くまでになった。遊びで片栗粉などで作る粘液状のスライムをこねたことがきっかけだったようだ。リョウトくんは「スライムの色が変わっていくところがいいんだけど、こねる作業も面白い」と楽しそうだった。パン作りも、YouTubeの料理動画を参考にした。お昼のパスタ、夕ごはんのおかずも作ってくれるようになった。
「YouTubeの動画でな、美味しそうなのが出てきたから、これ今度作ってみようと思うねん。材料買って来て」
ああ、ええなあ。そう言ってイクコさんは頼まれた材料を買ってきた。そんな暇があったら勉強すればいいのにとか、学校に行けばいいのにといった言葉が浮かぶこともなかった。池添さんに言われた「子どもがやりたいことを認める」が、ごく自然に実践できるようになっていたのだ。学校には行けないけれど、目の前の子どもは良くなっている--イクコさんは親として自信を深めた。
「高校生になりたい」息子の意思
中学3年の2学期になり、さすがに進路を考えなくてはいけない時期になった。イクコさんは意を決してリョウトくんに問いかけた。
「中学を卒業したらあなたはフリーターになるの? それとも、高校生になるの? どうするか、自分で決めて欲しい」
フリーターは労働を伴うため本来は「ニート」が該当する言葉だったが、つい身近なフリーターという表現をしてしまった。返ってきた言葉は「高校生になりたいかな」だった。そこからイクコさんが高校探しをし、調理の勉強ができる高校を見つけてきた。リョウトくんも気に入り、試験を受け合格した。現在高校1年生。授業に行けたり、行けなかったりではあるものの、不登校にはなっていない。
「本人なりに頑張っていると思います。一番最初に、池添先生がおっしゃった『本人が動くのを待ちましょう。ひたすら待ちましょう』という言葉を信じてよかった」
そう話すイクコさん、最初の相談から1週間後に「先生、学校に行かないんですけど」と池添さんに電話をしたそうだ。そこで「お母さん、そんな1週間くらいで行けるようにはならないよ~」と明るい声で言われた。あの時1週間しか待てなかったのに、3年間も待つことができた。中学に上がってからは、イクコさんのほうから年に1回ほど「学校には行けてないけど、子どもは元気です」と電話で報告する程度になった。そのたびに池添さんは「良かったね。またお話聞かせてね」と言ってくれた。
「その『またお話聞かせてね』っていう一言が、私にとってはすごい救いでした。私がする話は何でもない日常のあれこれなんですけど、いつでも話を聞かせてねって池添先生に言ってもらえると、こうやって子どもを見守ることは間違いじゃないって言ってもらえたような感じがして自信が持てました」
親の「あきらめ」がもたらすもの
中学3年間のうち、学校に行けたのは2回くらいだ。それでも、イクコさんは自分の子育ては「もう大丈夫」と思っている。何があっても待ち続けようと思っている。その一方で不安な自分がいることもわかっている。だからこそ、いつどんな時でも扉を開いて待ってくれている池添さんと広場の存在は心強い。
「子どもを信じることが、こんなにも難しいことだとは思わなかった。自分たちとしては愛情持って育てているつもりなのですが、先回りしすぎていました。特にコロナ禍の中で、私自身も結構焦っていました。学校に行かないからって朝起きないのは良くないとか、学校に行かないなら運動しなきゃ、散歩しようとか。かなり頑張りすぎでした。子どもが不登校になって、あきらめる力がついたと感じます」
親の「あきらめる力」は、子どもにどのような影響を与えるのだろうか。池添さんに尋ねると「だって、期待されなかったら楽ちんじゃん?」と微笑んだ。いつも何かを背負わされたり、こうなりなさいと迫られるのは実はしんどい。これに対し「期待されない子どもは見捨てられたと思うのではないか?」との意見もある。
「期待されない弊害ね。そう思ったことは私もあるけれど、子どもの毎日を親は見てあげていればいいんよ。例えば、毎日ごはん作って、洗濯してあげて、お風呂沸かしてあげて、普通の会話をしてたらええわけや。それで十分」と池添さん。親子の関係性を深めるために、もっと話しかけないとだめ、あなたに期待してる、大事に思ってると言わなければだめなどと強迫観念に縛られる必要はないという。
「親の無関心とか、愛情不足はかわいそうみたいな発想ね。そんなこと気にしなくていいの。だって、無関心にはなれへんよ。今日ごはん何食べる? とか、どこか行こうか? とか親子の日常があるわけやから。学校に行くとか、ゲームをやめるとか、子どもに期待することをあきらめて、ごはん食べて元気でいてくれたらそれでええやんって親が思えたら、その途端子どもはエネルギーをチャージできるんです」
「私は親支援しかしていない。子ども支援は何もしていない。お母さんやお父さんの話を聞いてるだけなんよ」
その親支援が、そのまま子どもを支えることになるのだ。
