生前に渡した現金は「贈与」か「預かり金」か?妹が語った〈たった一言〉も、審判所が「生前贈与」と判断した税務ルールとは【税理士が事例解説】
被相続人が生前、妹の自宅に持ち込んでいた現金をめぐって、税務署と妹の主張が真っ向から対立しました。カギを握ったのは、妹が調査官に語ったとされるたった一言。実際の裁決事例をもとに、「生前贈与」と「死因贈与」の判断基準をみていきましょう。
相続財産で判断が難しい「生前に渡された現金」の扱い
親が生きているうちに、まとまったお金を子どもや親族に渡しておく--そうした話は珍しくありません。
しかし、身内での現金のやり取りについては、「もらったお金なのか」「預かっているだけなのか」という肝心な部分が、記憶と口約束の中にしか残らず、あいまいになっていることがほとんどです。
普段はそれで何の問題も起きませんが、相続が発生した瞬間に、この「あいまいさ」が問題となることがあります。
事件の概要:現金は「生前贈与」か、それとも「死因贈与」か
Aさんには配偶者も子もおらず、相続人となったのは妹のBさんと、先に亡くなった弟の子でした。
Aさんは自筆の遺言書で預貯金や不動産の分け方をあらかじめ指定していましたが、その遺言書に現金についての記載はありませんでした。
Aさんは生前、Bさんの自宅に複数回にわたって現金を持ち込んでいました。その現金はBさんの自宅で保管され、その後一部が費消されていましたが、貸し借りや贈与を示す契約書のようなものは作成されていませんでした。
この相続についての税務調査の際、税務署は、Bさんが保管していた現金の一部について、Aさんが亡くなったことによって初めて効力が生じる「死因贈与」に当たると判断しました。死因贈与とされた財産は相続財産として課税対象となるため、Bさんの相続税は増加することとなりましたが、Bさんはこの処分を不服として、国税不服審判所で争うこととなりました。
争点:「相続放棄した配偶者」の特例上の扱い
本件の争点は下記のとおりです。
Bさんが受け取った現金は、贈与税の対象となる「生前贈与」なのか、相続税の対象となる「死因贈与」なのか
民法上、贈与は当事者双方の合意によって成立し、効力を生じます。生前贈与であれば、渡した瞬間に受け取った側のものになります。
これに対して死因贈与は、贈与者が亡くなることによって効力が生じるという特殊な形の贈与です。「渡してはおくけれど、実際にあなたのものになるのは、私が死んだときですよ」という約束だと考えると分かりやすいでしょう。
「死因贈与」を主張する税務署、「そんな発言はしていない」とするBさん
◆税務署の主張
税務署は、調査の際のBさんの証言記録を重視しました。
その記録には、Aさんから現金を受け取る際に「自分が亡くなったときに残っている分を、他の相続人と分けてほしい」という趣旨のことを聞いたとBさんが述べたと記されており、税務署はこの一言を根拠に「死因贈与」であると主張しました。
加えて、Bさんはその現金をAさんから預かっていたに過ぎないとも主張しました。
◆納税者(Bさん)の主張
これに対しBさんは、まず、そのような発言をした事実はないと主張しました。
そして、仮に税務署の主張するような発言があったとしても、それは「死んだら渡す」という意味ではなかったはずだとも述べました。
実際、相続が始まる前の段階で、Bさんは他の相続人にその現金の一部を渡そうとしていました。もし本当に「死んだときに残っていた分を分ける」という約束だったのなら、Aさんが生きている間に分けようとするのは筋が通らない、というわけです。
審判所は、現金を「生前に贈与されたもの」と判断
審判所は、言った言わないの水掛け論には立ち入らず、「仮にその発言があったとしても、その発言の中身自体が死因贈与の根拠になり得るのか」という角度から検討を加えました。
決め手になったのは「亡くなったときに残っていた分を分けてほしい」という言い回しです。「残っていた分」ということは、それまでの間にBさんらがお金を使い、金額が減ることをAさんが認めていたことになります。これは「Aさんが亡くなったときに初めて贈与の効力が生じる」という死因贈与の考え方とは、うまく整合しません。
審判所は、この言葉そのものが税務署の主張と整合しないと判断。その発言だけをもって死因贈与の事実を示すことはできないとし、渡された現金は生前に贈与されたものと認めるのが相当だと結論づけました。
発言の一部だけでなく、その論理と整合性まで見極める
この事例では、税務署の主張の根拠は調査の過程で記録された発言でした。
しかし審判所は、その言葉が持つ論理そのものを丁寧に読み解き、発言だけでは死因贈与を裏づけるには足りないと判断しました。
税務調査では、納税者の発言が重要な証拠として扱われることがあります。しかし、発言の一部だけを切り取れば、実際の法律関係とは違った見え方をすることもあります。
今回の裁決は、調査時の発言について、その言葉の意味や他の事実との整合性まで含めて検討することの重要性を示した事例といえそうです。こういった問題が起きることのないよう、まとまった額のお金を渡すような場合には、簡単な書面にしておくことも一つの備えといえるでしょう。
高橋 創
税理士
