自治体の職員らが置かれている状況と「本音」とは?(buritora/PIXTA)※写真はイメージ

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これまで、大学の特別講義や民間のセミナーなど、さまざまな場所で生活保護に関する講演をする機会がありました。

生活保護制度が守る「生存権」の意味と価値、現代の貧困を生む構造的な問題、現場で起きている課題など、話すたび、深く頷く方々が目につき、時には怒りや共感に満ちた熱い反応が返ってきました。

しかし先日、ある自治体の大半の民生委員が集う大規模な会合に招かれ、講演台に立った時の空気は、これまで体験してきたものとは大きく異なっていたのです。

参加者の多くは、地域福祉の最前線で日々、地元住民の相談に乗り、行政とのつなぎ役を果たしている民生委員の皆様、自治体の福祉や生活保護課に関わる行政関係者の方々でした。

参加者の眼差しは真剣そのもの。多くの人はメモを取っていました。その中で、いつものように語り進めていった時、ふと奇妙な感覚に囚われました。「おかしいな、いつもならここで会場が沸くはずなのに…」

静けさの正体に気づかされたのは、講演が終わった後のことでした。(行政書士・三木ひとみ)

「生活保護課の重鎮」が語った自治体の重い財政負担

講演の後、参加者の一人が、私に声を掛けました。生活保護課で長年にわたり重責を担っていたサカキさん(仮名)。現場を知り尽くした「重鎮」と呼ぶにふさわしい方です。

「あなたの言っていることは、よくわかります。理想としてはその通りです。ただ、現状の制度では、国の負担が半分、自治体の負担が半分。自治体にとっては、これが本当に重い負担になっているんです。

もし、国に全額負担してもらえるなら、自治体だってはるかに支援がしやすくなります」

この言葉を耳にした瞬間、講演中の静寂の理由が分かった気がしました。長年、生活保護の最前線で行政責任を負ってきた者でなければ吐露できない、苦悩と実感が込められていました。

民間の支援者や法律家が「生活保護は国民の権利であり、行政は無条件に速やかにこれを保護すべきだ」と正論を述べるとき、行政の現場で実際に窓口に立ち、予算と向き合う方々は、その正論を否定できないからこそ、ただ押し黙るしかなかったのです。

沈黙の背後には、「助けたいが、これ以上自治体の財政と人員では支えきれない」という、まさに「血の通った」悲鳴に近い思いがあったのかもしれません。

生活保護の財源「国と自治体の負担割合」は? 法の建前と実態

現行制度上、生活保護の費用の負担割合は、生活保護法で明確に定められています。

まず、市町村や都道府県が保護費を支弁(立て替え払い)することとされています(同法70条・71条)。その上で、国は「市町村及び都道府県が支弁した保護費、保護施設事務費及び委託事務費の4分の3」を負担すると定められているのです(75条1項1号)。

つまり、法律上は「国が75%(4分の3)、地方自治体が25%(4分の1)」を負担する仕組みになっています。

それにもかかわらず、なぜ長年現場を担ってきた重鎮であるサカキさんは、「負担が半分ずつ」という表現で自治体の負担感を強調したのでしょうか。

筆者は実情を知るため、今年7月6日、大阪市福祉局に電話し、国と自治体の生活保護行政の負担割合について質問しました。

すると、応対した職員のオガワさん(仮名)はどういうことかすぐピンときたようで、詳しい説明をしてくれました。

生活保護受給者へ支給する扶助費を国が4分の3負担しても、扶助費以外の生活保護業務の遂行にあたる自治体の持ち出し負担が実質半分に達しているという実情があるというのです。

たとえば、大阪では生活保護適正化のために雇用している職員の人件費が発生しています。国が主催する研修への職員の参加費用、事務用品の経費など、多岐にわたるコストがかかっています。これらは国の「4分の3負担」の枠外です。

また、生活保護と密接に関連する「生活困窮者自立支援事業」においては、国の補助割合は3分の1や2分の1にとどまる事業が多くを占めるといいます。実地監査をする職員の経費についても、国の補助は2分の1で残るは自治体負担であるなど、福祉行政全体でみればやはり自治体の財政負担は重いとのことです。

そのような説明を受けて、改めて生活保護法の条文を確認すると、70条(市町村の支弁)では、保護費や施設事務費以外にも、「この法律の施行に伴い必要なその人件費」(8号)、「この法律の施行に伴い必要なその事務費(行政事務費)」(9号)を市町村が支弁すると規定しています。法75条の「国が4分の3を負担する」という規定の対象には、これらの費目が含まれていないということです。

加えて、社会の高齢化と単身世帯の急増、そして長期化する経済低迷に伴い、生活保護費の給付総額そのものが巨額化しています。とりわけ、生活保護費の半分以上を占める「医療扶助」の増大は著しく、法定割合としては保護費の4分の1の負担であっても、その絶対額が膨張している上、人件費や事務費の全額負担も加われば、自治体の予算規模において無視できない重荷となります。

自治体の財政負担が大きいことは、窓口での水際作戦や、申請に対する消極的な対応という、福祉行政の最前線に影響を及ぼしていることが推察されます。

すなわち、首長や財政担当部署からすれば、予算の膨張を抑えるために「生活保護費の増大を抑制したい」という力が働きます。この財政的なプレッシャーが、福祉事務所の幹部から現場のケースワーカーや窓口担当者へと伝播していくという構造が垣間見えます。

そうなれば、現場の職員たちは「目の前の生活困窮者を救うこと」という福祉本来の使命と、「自治体の予算を守り、生活保護の適用をできる限り厳格化・抑制すること」という行政組織内の要請との間で、板挟みに遭うことになると考えられます。

自治体の財政負担が現場の苦悩の原因に?

とはいえ、いくら自治体の財政が苦しいからといって、適法な申請を窓口で追い返すこと(いわゆる水際作戦)は、当然許されるものではありません。

多くの市民や法律家が批判する「窓口対応の冷たさ」や「申請の事実上の拒否」は、明確な法令違反・判例違反です。しかし、個々の職員の性格が冷酷だから起きるのではなく、地方自治体に大きな負担を強いる現行の財政構造が、現場の職員に対して「できるだけ保護を開始しない方が、組織にとって貢献である」という誤った動機付けを与えてしまっているからに他ならないのです。

そして、こうした行政の構造的な苦悩と住民との間に立たされ、最も深い葛藤を抱えているのが、民生委員かもしれません。

彼らは、地域で孤立する困窮者に誰よりも早く気付き、行政へとつなぐ福祉のパイプ役。目の前の悲惨な現実を見て「なんとかして救いたい」と願う一方で、つないだ先の行政窓口が膨大な業務量と財政負担に苦しんでいる姿も間近で見ているわけです。

私が講演で、権利としての生活保護の重要性を説き、行政の対応の不適切さ(違法性)を指摘したとき、会場を包んだ静寂は、「法的には、救われるべき人は必ず救わなければならない。しかし、行政の現場もまた余力がないほど疲弊している」という苦悩の表れだったのかもしれません。

生活保護費の国庫全額負担、ナショナル・ミニマム保障の原点

「生活保護制度の維持にかかるコストを国に全部負担してもらえるなら、自治体も支援がしやすい」

この言葉は、地方自治体の愚痴や責任転嫁ではなく、日本の生活保護制度が抱える矛盾を解消し、真の自立支援へと向かうための建設的な提言です。

法制的な観点や、過去の社会保障制度改革の議論においても、「生活保護費の国庫全額負担(100%国負担)」というテーマは、長年にわたり論点とされてきました。日本弁護士連合会(日弁連)なども、保護基準の引き下げに反対し、「権利性が明確な『生活保障法』の制定」を求める中で、国の責任の重大さを指摘しています。

なぜ生活保護費(人件費や事務費を含めたすべて)を国が全額負担すべきなのでしょうか。

 第一に、生活保護法1条が、「この法律は、日本国憲法第25条に規定する理念に基き、国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障する」と宣言していることにあります。生活保護は、地方自治体ではなく国が国民に対して負うべき義務(ナショナル・ミニマムの保障)なのです。

また、同法2条は「すべて国民は、この法律の定める要件を満たす限り、この法律による保護を、無差別平等に受けることができる」と定めています。居住する自治体の財政力の強弱によって、国民の生存権の保障内容や窓口での対応に差が生じることは、この「無差別平等」の原則に照らして絶対に許されるべきではありません。

第二に、財政負担が自治体から切り離されれば、福祉事務所やケースワーカーの窓口における「水際作戦の動機」がなくなるからです。「この人を保護しても、うちの市の予算は一切削られない」という前提が成立すれば、自治体の窓口職員は、財政的なプレッシャーから解放されるでしょう。

その結果、「いかにして追い返すか」ではなく、「いかにして速やかに保護を適用し、生活を立て直すための支援(ケースワーク)を行うか」という、福祉の専門職として本来あるべき姿へと、そのエネルギーと時間を全振りすることができるようになるはずです。

第三に、自治体にとって重荷となっていた地方負担分や事務費の予算が浮くことになれば、その財源を地域独自の社会福祉施策、例えば子育て支援や高齢者の見守りネットワークの強化、あるいは民生委員の活動をサポートする体制づくりなどに転用することができるようになります。

対症療法としての金銭給付(生活保護)を国が責任を持って支え、予防的・地域的な福祉施策を地方自治体が自由に展開するという、理想的な役割分担が成立するのです。

財政圧迫以外の遠因? 自治体職員の負担と苦悩

なお、自治体の負担が重くなっている背景に関しては、行政組織が「縦割り」で、効率性に課題を抱えていることも関係している可能性が考えられます。

関西の自治体で長く勤務し、管理職にまで上り詰めたカワカミさん(仮名・女性)は、数年前に公務員を自主退職しました。現在は、公的制度を使いこなせていない高齢者やその家族を支援する事業を立ち上げて全国を飛び回っています。

カワカミさんが安定した公務員の立場を捨てるきっかけの一つが、ある高齢女性シノさん(仮名・70代)との出会いでした。

シノさんはあるとき役所の窓口を訪れ、「生活保護を受けたかったが、職員から『持ち家があるから受けられない』と断られた」と相談したといいます。

シノさんには夫がおり、夫にある程度の年金収入があったものの、介護施設に入所していたため、その費用を支払えば年金は一切手元に残らない状況でした。残されたシノさんは自身の国民年金だけで生活を成り立たせるのが不可能な状態に陥っていました。

当時公務員だったカワカミさんは、確定申告や生活保護制度以外の公的福祉制度を組み合わせて活用することで生活を再建できることを把握しました。

しかし、カワカミさんは役所の一職員であり、担当業務以外の越権行為は許されません。やむなく仕事を休み、業務外でシノさんの確定申告等に付き添い、無償でサポートを行いました。すると後日、役所にシノさんからの感謝の手紙が届いてしまい、事態が上司に発覚し、カワカミさんは処分を受けることになってしまったのです。

カワカミさんが市民を救おうとして行動しても、行政という組織の枠組みの中では許されませんでした。この経験と葛藤が、カワカミさんを早期退職へと駆り立て、民間の支援事業立ち上げへと向かわせたといいます。

制度を持続可能にするための負担のあり方を

今回の民生委員および自治体関係者を対象とした講演は、筆者にとってこれまでの活動の中でも、深く考えさせられる、かけがえのない経験となりました。

ともすれば、「申請を拒む行政」対「権利を主張する市民・支援者」というわかりやすい二項対立の図式に陥りがちです。しかし、役所の窓口の向こう側にいる公務員や、無償の善意で地域を支えている民生委員の方々もまた、国と地方のねじれた財政構造や、不完全な社会保障システムという大きな枠組みの中で、苦しみながらも奮闘している「人間」であることを、決して忘れてはならないのだと思い知らされました。

自治体の福祉担当者や民生委員の方々が、財政の心配をすることなく「困ったらためらわずに生活保護を使ってください。私たちが全力でサポートします」と躊躇なく言える社会を作ること。生活保護という命の最後の砦を守るためにも、そのコストの負担について現実的かつ持続可能な方法を追求しなければなりません。

そのような観点から、「生活保護の全額国庫負担化」は、有効な方策の一つとして検討に値するものだといえます。

■三木ひとみ
行政書士(行政書士法人ひとみ綜合法務事務所)、社会保険労務士(ひとみ社労士事務所)。官公庁に提出した書類に係る許認可等に関する不服申立ての手続について代理権を持つ「特定行政書士」として、これまでに全国で1万件を超える生活保護申請サポートを行う。著書に『わたし生活保護を受けられますか(2024年改訂版)』(ペンコム)がある。