【永宮 和美】なぜ東横インは頑なに「価格吊り上げ」をしないのか?ワンプライス路線を守り抜く納得の理由
【前編記事】『なぜライブやイベントがあるとホテルの価格は「跳ね上がる」のか? 予約画面の裏でうごめく「イールドマネジメント」の正体』よりつづく。
ワンプライス路線を頑なに守る背景
今年2月に高知市に「東横INN高知」が開業して、ついに全都道府県出店を成し遂げた東横インだが、その出店戦略は独特だ。賃借料が高い大都市や主要観光都市の一等地は避けて、二・三等地や、ビジネス需要のある地方都市の駅前立地を選ぶ。
賃料を抑えることができるぶん、客室料金を低くという戦術で、それも日本人のビジネス客をメインターゲットとしているからにほかならない。「ビジネス客に安心して利用してもらう」が社是なのだ。他のチェーンがつぎつぎとインバウンド市場に手を伸ばし外国人客比率を高めてきたなかで、東横インのそれはいまも10%強にすぎない。
同社がワンプライス路線を頑なに守る背景には、そうした企業ポリシーがある。
ビジネス客であれば出張経費の範囲に収まればよいので、閑散期の安さより変動しない料金のほうがずっとありがたい。結果として、東横インが多くのビジネス客に支持されることになる。また早期に予約が入るインバウンド客の比率が高いと、ビジネス客が予約するタイミングではすでに客室が満杯というケースが多いが、東横インの場合はそのリスクも比較的小さいというわけだ。
なお東横インはディスカウント料金を出さないが、お得に泊まる方法はある。会員制度と直接予約割引だ。
会員数800万人を数える「東横インクラブカード」は年会費が無料だが入会金(一般1500円、学生1000円)が必要。その見返りとして、有効期限なしのポイントが付与され10回宿泊で1泊無料、客室料金が常時5%オフとなる特典がある。また公式サイト・アプリから予約すると通常価格から200円オフ(会員カード割引と併用可)、さらに事前カード決済をすれば200円オフとなる。
料金水準の安さを保っている「秘訣」
ビジネス需要のある都市の駅前を基本立地戦略とする東横インは、そうしたまちの土地オーナーに東横イン仕様でホテルを建ててもらい、一棟借りする賃借直営が基本だ。オーナーにとってのメリットは、最大30年(物件によって変動する)の長期スパンでの賃貸契約を結べるのに加えて、東横インならではの低コスト建築仕様による高投資効率がある。
東横インの前身は東京・蒲田を拠点とした電気設備工事会社で、その経験からホテルの内装・設備工事などの規格化を創業以来、一心に追求してきた。客室ユニットやフロントなどのパブリックスペースの内装はすべて規格が統一され、メーカーに仕様発注する建築資材を新設店舗に運び込んでパンパンと組み立てるだけ。電気関係設備も同様だ。そのために工期も短くて済み、オーナーが早期に賃料を手にできるメリットは大きい。
こうした徹底した施工コスト削減と運営効率化によっても、料金水準の安さは保たれている。そのぶん内装はかなり質素で、無料朝食も他チェーンのようにバラエティ豊かとは言い難いものの、必要なものはすべて揃っている。それが東横インである。
店舗開発を各段階で支えているのが、傘下のスペシャリスト子会社群である。店舗企画・マーケティング担当の「東横インホテル企画開発」、設計担当の「東横インアーキテクト」、内外装工事担当の「東横イン電建」、システム開発・ITサポート担当の「東横インIT集客ソリューション」がそれで、フランチャイズや提携を含まない直営ホテルの展開規模としては日本最大の東横インの出店戦略を後押しする。
女性支配人を積極採用するワケ
今年創業40周年を迎えた東横インは、創業者の西田憲正氏が家業の電気設備工事会社を経営していた時代、地元の友人から旅館の建替えで相談を受け、ビジネスホテルにしてはどうかと提案したことが出発点。その友人は「電気工事だけでなく、ホテルの経営まで面倒みてくれないか」と頼み込んだ。
こうして1986年2月、東京・蒲田に第1号店「東横INN蒲田」が開業して東横インの歴史ははじまった。しばらくは電気工事とホテル運営の二足のワラジ状態がつづいた。創業当時からホテル経験のない女性を支配人に登用してきたのも、東横インの特色といえる。第1号店では、西田氏行きつけの飲食店が店をたたむというので、その女性経営者を支配人にスカウトした。それ以来、女性支配人の積極採用がつづく。
知識と経験がなくても務まるのは、業務がすべてマニュアル化されていることと、シンプルな宿泊特化型に徹する運営体制のためだ。支配人の採用候補者に問われるのは「組織のリーダーをやった経験があるかどうか」だという。
支配人を含む管理職者の97%、全従業員の80%、役員の52%が女性――会社サイトに掲載されたその数字が企業カラーを物語る。女性が活躍し、動かしている会社なのだ。ちなみにいま、社長を務めているのは、西田氏の長女の黒田麻衣子氏である。
さて、大手ビジネスホテルチェーンはどこも、おなじような運営手法、サービスを展開しているようにみえがちなのだが、実際にはそれぞれに経営ポリシーも組織運営のあり方もかなり異なる。現下の「ダイナミックプライシングvs.ワンプライス」の戦いはその象徴というべきものだ。こうした明確な差別化がどんどん進むことで、日本のホテルビジネスもさらにおもしろくなっていきそうだ。
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