トランプ米大統領(左/写真:ゲッティ=共同通信社)と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党総書記(写真:朝鮮通信=共同通信社)


 8月19日、ホワイトハウスで記者団の取材に応じた米国のトランプ大統領は、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党総書記と年内に会談する意向を明らかにした。

 なぜ今、再び金正恩氏なのか。その背景にあるとみられるのが、米国とイスラエルが2月28日に始めた対イラン戦争の長期化と、それに伴う支持率の低迷だ。

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イラン戦争の失点挽回へ、再び浮上した金正恩氏との首脳会談

 当初は短期で決着すると楽観視されていたイラン攻撃だが、その見込みは大きく外れた。世界屈指の原油輸送ルートであるホルムズ海峡はいまだイランの軍事的脅威にさらされ、タンカーの安全航行もままならない。

 世界最大の原油生産国である米国でも、皮肉にもガソリン価格が高騰し、トランプ氏の岩盤支持層からも不平・不満が噴出している。

 8月24日にロイター/イプソスが公表した米国内の世論調査によれば、トランプ氏の大統領としての職務遂行を支持すると答えた人は33%にすぎず、過去最低水準となった。

 11月3日の米中間選挙まで2カ月余り。対イラン戦争で目立った成果を示せないまま選挙戦に突入すれば、共和党は厳しい戦いを強いられる。その先に控える2028年の大統領選にも影響し、トランプ氏の後継となる共和党候補が敗北するシナリオさえ現実味を帯びかねない。

 そこでトランプ氏が、イランとは別の外交舞台で目に見える成果を演出し、局面を変えようとしているのではないか。その格好の相手として再び浮上したのが、過去に3度の首脳会談を行った金正恩氏だ。

 外交問題で世間をあっと言わせ、イラン戦争による失点を挽回する「一発逆転」。トランプ氏が米朝首脳会談にその役割を期待しているとしても、不思議ではない。

 第2次トランプ政権が発足した2025年1月以降も、トランプ氏は金正恩氏との再会に意欲を示してきたが、米朝の首脳外交が具体的に進展することはなかった。ところが、ここにきて突然、「年内に会談する」と宣言し、金正恩氏へ改めて強烈なラブコールを送り始めた。

 トランプ氏にとって金正恩氏は、過去に3度の首脳会談を重ねた、よく知る相手でもある。膠着した状況を打開する際、実務者協議を積み重ねるより、トップ同士の直接交渉で一気に局面を動かそうとするのは、これまでもたびたび見られたトランプ流の外交手法だ。

 今回も、停滞する米朝関係を首脳会談という大舞台によって一気に動かそうとしているのだろうか。

2018年6月、米朝首脳会談の共同声明の署名式で握手する北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(左)とトランプ米大統領(シンガポール/写真:ロイター=共同通信社)


金正恩への「手土産」か、米韓最大級の演習を大幅短縮

 米朝首脳会談の実現に向け、トランプ氏がまず動かしたのが、同盟国・韓国との合同軍事演習だった。

 8月17日に始まった米韓合同軍事演習「乙支(ウルチ)フリーダムシールド(UFS)」は、当初27日までの11日間を予定していた。ところが、トランプ氏の「鶴の一声」で日程は急きょ短縮され、21日までの5日間となった。実施期間は6日間削られ、一部の野外訓練も縮小された。

 UFSは毎年8月ごろに行われる米韓合同軍事演習の中でも最大規模を誇る。朝鮮半島有事を念頭に、守勢から反撃へ転じることを想定した実動訓練などを含み、米韓両軍の共同対処能力を確認する重要な演習だ。

 それだけに、実施直前になって大幅な短縮・縮小に踏み切った意味は小さくない。米朝首脳会談を実現するためなら、同盟国との重要な軍事演習すら見直し、これを「手土産」とばかりに金正恩氏へ差し出す──。少なくとも、そう受け取られても仕方のない対応だった。

 UFSは、コンピューター・シミュレーションを用いた指揮所訓練(CPX)と、戦車を伴う陸軍部隊などによる野外機動訓練(FTX)で構成される。米韓連合軍の練度を高めるだけでなく、両軍の総合力と結束を北朝鮮に示し、万が一にも韓国へ攻め込もうという考えを起こさせないための抑止力としても重要な意味を持つ。

 ところが今回は、22日以降に予定されていた反撃作戦を含む後半の日程が大幅に削られた。北朝鮮がかねて「侵略行為だ」と強く反発し、警戒してきた部分でもある。

米韓合同軍事演習「乙支(ウルチ)フリーダム・シールド(UFS)」(2022年8月26日撮影、写真:Yonhap News Agency/共同通信イメージズ)


韓国で露呈した「ディール外交」、日本も無関係ではいられない

 なぜ、そこまでして演習を縮小したのか。トランプ氏は8月16日、自らのSNSでその理由を説明している。

「正恩氏とは非常に良い関係にある。それにもかかわらず、米国が韓国との合同軍事演習への参加に同意したこと自体に不満だった」としたうえで、「演習には費用がかかり、その多くを(いつもどおり)米国が負担している」と不満をあらわにした。

 韓国のハンギョレ新聞によれば、合同軍事演習の年間コストは約800億〜900億ウォン(約90億〜100億円)で、このうち700億ウォン(約79億円)前後を米国が負担しているという。とはいえ、米国の国家予算全体から見れば、その額は決して大きいとは言えない。

 米国が負担する演習費用の規模を、他の支出と比べてみると見え方は変わる。

 トランプ氏の肝いりで進むホワイトハウス東棟の再建計画は、大宴会場(ボールルーム/舞踏室)や地下の安全保障関連施設などを含め、総工費が約6億ドル(約960億円)に上るとの内部試算もある。その半分以上を公費で賄う想定だったという(ワシントン・ポスト)。

 一方、トランプ政権が議会に要求している2027会計年度の国防予算案は約1兆5000億ドルに上る。こうした巨額の支出と比べれば、米韓合同軍事演習にかかる年間費用はごくわずかだ。

 それだけに、「演習には費用がかかる」とことさら強調するトランプ氏の主張に対し、「超大国の大統領が目くじらを立てるほどの問題なのか」と疑問を抱く向きがあっても不思議ではない。

 しかもトランプ氏は、「(演習を)キャンセルするには遅すぎるという事実に従い、ヘグセス米国防長官に合同演習の大幅短縮を指示した」と自ら明かしている。つまり、演習そのものを中止するには直前すぎたため、代わりに期間と規模を大幅に縮小するよう命じたということだ。

 この発言から浮かび上がるのは、安全保障や外交戦略を踏まえ、側近や韓国側と十分に調整した末の決定というより、トランプ氏自身の意向が強く反映された、極めてトップダウン色の濃い判断だったということだ。

2023年8月23日、韓国坡州市で乙支(ウルチ)フリーダム・シールド(UFS)演習に参加した米軍兵士(写真:Penta Press/共同通信イメージズ)


 さらに見逃せないのが、トランプ氏が「やや無関係だが」と前置きしたうえで、李在明(イ・ジェミョン)韓国大統領にイランの非核化への参加意思を尋ねたところ、「結構です」と断られた、と主張している点である。

 一見すれば、米韓合同軍事演習とは直接関係のない“余談”にも思える。だが、日本の安全保障を考える上では、むしろこの発言こそ重要ではないか。トランプ氏は、北朝鮮との首脳外交を進めるために同盟国との重要な軍事演習を縮小しただけでなく、別の外交問題で協力しなかった韓国への不満まで、同じ文脈で持ち出しているからだ。

 同盟国との安全保障上の取り決めや信頼関係よりも、自らが重視する「ディール」や外交成果を優先する──。今回の韓国に対する対応を見る限り、近い将来、同じような判断が日本に向けられないと誰が言い切れるだろうか。まさに「明日は我が身」である。

韓国の次は日本か、習近平氏が狙うトランプ外交の「隙」

 9月には中国の習近平国家主席が訪米し、トランプ氏との首脳会談が予定されている。トランプ氏にとっては、貿易・関税、レアアースなど米中間に横たわる懸案を動かし、自らの外交成果をアピールする格好の舞台となる。

 さらに、ホルムズ海峡問題でも、イランと緊密な関係を持つ中国から協力を引き出し、自由航行の回復につなげることができれば、その成果を米国民に強く訴えることもできるだろう。中間選挙を目前に控えるトランプ氏にとって、米中首脳会談は支持率回復につながる一大イベントとなり得る。

 だが、この首脳会談を「千載一遇のチャンス」と捉えているのは、トランプ氏だけではない。むしろ習氏の方こそ、今回の米韓合同軍事演習を巡る一連の動きを、じっくり観察しているのではないか。

2026年5月15日、北京で中国の習近平国家主席(左)と話すトランプ米大統領(写真:ロイター=共同通信社)


 トランプ氏は、金正恩氏との首脳会談をにらみ、北朝鮮が強く警戒してきた米韓合同軍事演習を直前になって大幅に短縮した。ならば習氏が、米中首脳会談という「ニンジン」をトランプ氏の鼻先にぶら下げながら、同じような譲歩を日本との関係でも求めようと考えても不思議ではない。

 例えば、「米韓合同軍事演習を大幅に短縮したのだから、日米共同演習についても規模を縮小するか、中止してほしい」と習氏が迫ったらどうなるだろうか。

「ディール」を重視し、同盟国との長期的な信頼関係よりも、目の前の首脳外交の成果を優先する傾向があるトランプ氏が、その要求を簡単にはねつけると果たして言い切れるだろうか。韓国で起きたことと同じ構図が、日本にも持ち込まれる可能性は排除できない。

 その際、中国にとって最も厄介な日米共同演習の一つが、「キーン・ソード(日米共同統合実動演習)」だろう。

中国が警戒する「キーン・ソード」、日米結束を支える大規模演習

 キーン・ソードは、日米共同演習の中でも最大規模を誇る演習の1つで、おおむね2年に1度実施される。日米の共同対処能力や統合運用能力、相互運用性(インターオペラビリティ)の向上を図ることが目的だ。

日米共同演習「キーン・ソード」にてローターを回転させる米海兵隊所属のオスプレイ(2022年11月15日、熊本空港/写真:U.S.Marines/ZUMA Press Wire Service/ZUMAPRESS.com/共同通信イメージズ)


 直近の「キーン・ソード25」では、自衛隊から人員約3万3000人、艦艇約30隻、航空機約250機、米軍から人員約1万2000人、艦艇約10隻、航空機約120機が参加。さらに豪州軍やカナダ軍などの同志国も加わった。

 西側陣営の軍事演習の中でも大規模な部類に入り、台湾有事も念頭に置いたとみられる内容で、沖縄など南西諸島を主要な舞台の1つとして、離島防衛や部隊の大規模輸送などさまざまな訓練が行われた。

 中国から見れば、日米両国が共同対処能力を高め、その結束を内外に示すキーン・ソードは、決して歓迎できる軍事イベントではない。だからこそ、習氏が米中首脳会談を材料に、この演習の中止や大幅縮小をトランプ氏に求める可能性も考えておく必要がある。

 仮に中止・大幅縮小となれば、「2年に1度」という継続性が途切れ、自衛隊の練度維持だけでなく、米軍との連携や意思疎通、いわゆる「あうんの呼吸」にも影響が及びかねない。

日米共同統合演習「キーン・ソード」の一環で、鹿児島県・徳之島の集落を走行する陸上自衛隊の「16式機動戦闘車」(2024年10月23日、写真:共同通信社)


 軍隊にとって、他国軍との共同演習を継続的に積み重ねることは、実力向上や練度維持、相互運用性の向上のために極めて重要だ。換言すれば、中国側の要求によって「キーン・ソード」をはじめとする日米共同演習・訓練が中止、あるいは大幅縮小されれば、日米の共同対処能力を低下させることにつながり、中国にとっては好都合となる。

 加えて、日米共同演習を定期的に実施すること自体が、インド太平洋における日米の軍事プレゼンス(存在感)を内外に示し、中国軍の太平洋進出を抑止する役割を担っている。

 では、こうした中国側の要求をトランプ氏が受け入れる可能性は、どこまであるのだろうか。そのヒントになるのが、イラン問題を巡るトランプ氏の日本への不満だ。

「日本は助けなかった」トランプの不満は日米同盟に飛び火するか

 トランプ氏は韓国だけでなく、対イラン軍事作戦への加勢に慎重な日本に対しても、繰り返し不満を示してきた。

 今年(2026年)3月16日、トランプ氏はホワイトハウスで記者団に対し、「日本、韓国、中国などの輸入原油の大部分がホルムズ海峡を通っており、これらの国々は私に感謝すべきだ」「感謝するだけでなく支援すべきだ」「これらの国々が(支援に)積極的でないことに驚いており、喜んで協力すべきだ」と批判した。

 4月7日にはホワイトハウスでの会見で、「(対イラン軍事作戦で米国を)日本は助けてくれなかった」とも言及している。

 さらに6月17日、フランス・エビアンで開催されたG7サミット後の会見でも、トランプ氏は同盟国の対応について「戦争中は関与しようとしなかった。少し失望した」と述べ、日本についても、高市早苗首相にイラン問題への関与を求めたものの、「関与したくない」との回答だったと明かした。

2026年6月17日、G7サミットの閉幕後、記者会見するトランプ米大統領(写真:ゲッティ=共同通信社)


 こうした発言からは、「米国が同盟国のために負担しているのに、なぜ米国が協力を求めたときには応じないのか」というトランプ氏の不満が、韓国だけでなく日本にも向けられていることがうかがえる。

 そう考えれば、前述した韓国の例と同様、将来トランプ氏が、「習氏との非常に良い関係を考えれば、米国が日本との共同演習に参加すること自体に不満だ」「日本はイラン問題で米国に協力しなかった」などと持ち出し、日米共同演習の中止や大幅短縮に踏み切るシナリオも、荒唐無稽とは言い切れないだろう。

 もちろん、これは現時点ではあくまで1つのシナリオにすぎない。だが、仮に現実となれば、単に1つの軍事演習がなくなるという問題では済まない。日米間の信頼関係は大きく傷つき、日米同盟の将来そのものにも黄信号がともりかねない。

 そして中国にとっては、日米の結束に亀裂が入ることこそ、望ましい展開の一つだろう。

 問題は、こうした同盟関係の揺らぎが、すでに余裕を失いつつある米軍のインド太平洋での態勢に重なりかねないことだ。

中東への戦力集中で相次ぐ演習縮小、中国が見逃さない「軍事的空白」

 トランプ氏による突然のUFSの大幅短縮は、米韓連合軍の練度や米韓間の信頼関係に影響を及ぼし、北朝鮮に対する抑止力を弱める懸念がある。

 ひいては、インド太平洋全体の軍事バランスにも悪影響をもたらしかねないと、有力メディアやシンクタンクも警鐘を鳴らしている。

2023年8月23日、韓国・坡州で行われた軍事演習「乙支(ウルチ)フリーダム・シールド(UFS)」に参加する米軍兵士たち(写真:Penta Press/共同通信イメージズ)


 このうえ、日米共同演習までトランプ氏の判断によって中止・大幅短縮されることになれば、インド太平洋における米軍の優位性や、同盟国と一体となった抑止態勢にさらなる負荷がかかる。

 というのも、現在の米軍は、長期化する対イラン軍事作戦によって、すでに大きな負担を強いられているからだ。対空・対地巡航ミサイルをはじめとする弾薬類の在庫逼迫が深刻化しているほか、中東への戦力集中によって、海軍の空母運用にも影響が出ている。

 対イラン軍事作戦の長期化に伴い、米海軍はインド洋(アラビア海/オマーン湾)周辺に原子力空母2隻を展開している。このため、米海軍が保有する11隻の空母の配備・整備・訓練のローテーションにもひずみが生じている。

 特に大きいのが、横須賀を母港とし、本来は西太平洋で米軍のプレゼンスを支える前方展開空母まで中東方面に投入されていることだ。その結果、西太平洋では一時的とはいえ、米空母のプレゼンスに「空白」が生じる状況となった。

 影響は空母だけではない。9月に予定されていた米韓の大規模水陸両用演習「双竜(サンヨン)」も、対イラン戦争に伴う米軍兵力の制約を理由に中止された。中東への戦力投入は、すでにインド太平洋での米韓共同訓練にも影響を及ぼしている。

2024年9月2日、「サンヨン(双竜)」演習に参加した韓国海兵隊(韓国・浦項/写真:Penta Press/共同通信イメージズ)


2024年9月2日、韓国・浦項で実施された合同演習「双龍2024」に参加した韓国海兵隊(写真:Penta Press/共同通信イメージズ)


 これは、トランプ政権が自ら掲げた国防戦略とも矛盾しかねない。

 第2次トランプ政権発足から約1年後の2026年1月23日に公表された「国家防衛戦略(NDS)」では、米本土と西半球(南北米大陸)の防衛を第一に掲げ、それに次ぐ重点地域としてインド太平洋を位置付けた。

 中国を最大の競争相手として抑止し、地域の勢力均衡を維持する方針を明記する一方、欧州と中東については同盟国が防衛の主軸を担い、米国は支援に回るとの考えを打ち出している。

 ところが現実には、対イラン軍事作戦のために米軍戦力の相当部分が中東へと振り向けられている。その結果、本来なら中国への抑止力を強化しなければならないインド太平洋で、「空母不足」「ミサイル不足」に加え、「米韓合同軍事演習の大幅短縮」という三重苦が重なりつつある。

 ここに、仮に日米共同演習の中止・大幅縮小まで加わればどうなるか。西太平洋における米軍と同盟国の抑止態勢が弱まったとの印象を、中国や北朝鮮、ロシアといった権威主義国家群に与えかねない。

「この地域に軍事的な空白が生まれつつある」と相手側が誤って受け止めれば、それ自体が新たな軍事的行動を誘発する危険性もある。

 トランプ氏が金正恩氏との「ディール」を優先して米韓合同軍事演習を縮小したことは、決して朝鮮半島だけの問題ではない。その影響は、日米同盟、さらにはインド太平洋全体の抑止力にまで及ぶ可能性がある。

 果たして中国はこの機会をどう見て、今後どのように動くのか──。注意深く見ていく必要がある。

筆者:深川 孝行