『風、薫る』写真提供=NHK

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 恐れていたことが、起きてしまった。

参考:上坂樹里、『風、薫る』“直美”として生きた1年を振り返る 「この役から大きな宝物を得た」

 NHK連続テレビ小説『風、薫る』第22週「明るい未来」では、主人公の1人・直美(上坂樹里)が、軍人の夫・吾郎(甲斐翔真)の出征中に子どもを出産。その矢先、吾郎が亡くなったことを知らされる。

 以前からフラグは立っていた。吾郎がたびたび口ずさむ「埴生の宿」、直美が取れないように縫い付けた軍服のボタン、「3人でどんなときも明るく暮らしていきたい」という吾郎の願いが込められた“明”という子どもの名前……。

 何より、直美のモチーフとなった鈴木雅も、軍人だった夫を亡くしているのだ。雅の夫は西南戦争で負った傷が原因で亡くなったとされており、時代や経緯こそ異なるものの、直美の夫が軍人と設定された時点で、ある程度覚悟していた視聴者も多かったのではないか。

 それでも、実際に吾郎の死を突きつけられると、簡単には受け止めきれない。つい先日まで、直美と生まれてくる子どもの未来を楽しそうに思い描いていた吾郎。彼が願った「3人での明るい暮らし」が、叶うことは永遠になくなってしまった。

 だが、現実は直美が悲しみから立ち直るまで待ってはくれない。生まれたばかりの明を守り、ようやく軌道に乗り始めた派出看護婦会『恵風看護婦会』も継続させていく必要があるからだ。そのため直美は吾郎を失って間もなく、看護婦として仕事に復帰する。果たして、一人で仕事と育児を両立していけるのだろうか。

 『風、薫る』にはすでに、もう一人のシングルマザーがいる。娘の環を育てる主人公・りん(見上愛)だ。

 夫や義母からの理不尽な扱いに耐えかね、環を連れて奥田家を飛び出したりんは、逃げるように東京へ向かった。ほどなくして母の美津(水野美紀)と妹の安(早坂美海)も上京したため、母娘二人きりで暮らした時間はほとんどない。

 入寮が必須条件だった看護婦養成所に通う決断ができたのも、2人がいたからこそ。りんが看護婦として働き始めてからも、日中は美津と安が環に寄り添った。安が結婚して家を出た後は、ほぼ入れ替わりで直美が同居することに。そのため、りんは直美と、それぞれの勤務時間に合わせて、交代で環と過ごすことができた。

 それに、環をかわいがるのは家族だけではない。美津が働いていた「瑞穂屋」の面々も成長を見守り、なかでもシマケン(佐野晶哉)は父親さながらに環へ愛情を注いできた。家族と地域の人々が一緒になって子どもを育てる、ある種の理想的な環境が整っていたのだ。

 朝ドラでは、ヒロインが夫を亡くし、シングルマザーになるケースは少なくない。そして多くの作品が、母親一人で仕事と育児を背負う難しさと、周囲の手を借りてもなお残る子どもの寂しさを描いてきた。

■歴代朝ドラが描いてきた働く母と子どもの寂しさ 例えば、『カムカムエヴリバディ』の安子(上白石萌音)は、一人で娘のるいを育てようとするが、彼女にケガを負わせたことをきっかけに、義実家を頼る決断をする。しかし、娘を幸せにしたいと選択を重ねるほど、皮肉にもその心とすれ違っていった。『ブギウギ』のスズ子(趣里)も、家政婦の大野(木野花)らに支えられながら、歌手活動と育児を両立。父親がいない分まで愛情を注ごうとするが、スターとして多忙な母親に、娘の愛子は寂しさを募らせていった。

 そんな働く母親を支える家族の負担と、その傍らで寂しさを抱える子どもの姿を、さらに深く掘り下げたのが『虎に翼』だ。夫・優三(仲野太賀)を戦争で失った寅子(伊藤沙莉)は、義姉の花江(森田望智)や弟の直明(三山凌輝)に娘の優未を任せ、一家の大黒柱として働き続けた。世間からは女性の道を切り開く立派な裁判官と称賛されていたが、優未は忙しい母親に負担をかけまいと“いい子”を演じ、花江も家庭を疎かにする寅子への不満を募らせていく。

 同作が画期的だったのは、従来なら父親が担ってきた一家の大黒柱という役割を、母親である寅子に置き換えたことだ。男女を反転させることで、家庭を顧みない父親の振る舞いが見過ごされてきたことや、稼ぎ手の活躍が誰かの家事や育児に支えられていることを浮かび上がらせた。

 ただ、だからといって、寅子が仕事を抑えればいいわけではない。問題は、彼女が働くことではなく、その陰で花江が家事や育児を担うことを当たり前のものとしてしまったことにある。女性が社会で活躍できるようになっても、家庭内のケアを誰か一人に押しつけたままでは、同じ構造が繰り返されてしまうことを、同作は暗に示していた。

 一方、『風、薫る』では、安が「お姉様がしば刈りをして旦那さまの役をしてくれてんだから、私がこの家の奥様になる」と宣言し、直美も「環ちゃんの2人目のお母さんになる」と申し出るなど、周囲が積極的に手を差し伸べている。

 そして、りんもその好意に甘えきっているわけではない。看護婦として働きながら家では台所に立ち、環にたっぷりと愛情を注いできた。新潟で舎監として働く話も、家族と離れたくないという理由から当初は断ろうとしている。だからこそ、周囲もりんの力になりたいと思えるのだろう。『風、薫る』の子育ては、支える側の思いやりと、それを当たり前と思わない支えられる側の感謝、その双方があるからこそ成り立っているのだ。

 もちろん、周囲に大勢の大人がいるからといって、母親に会えない寂しさが消えるわけではない。りんが単身で新潟へ赴くことになった際、環は「寂しいけどいいよ。寂しいと悲しいは違うでしょ」と背中を押した。自分の寂しさを言葉にしたうえで母親の挑戦を受け入れる姿は健気だが、あまりにも聞き分けがよく、物語がそこに少し甘えているようにも感じられる。

 環の心情の掘り下げにはやや物足りなさが残るものの、本作が一貫して描いてきたのは、母親の孤軍奮闘ではなく、周囲と支え合うことで成り立つ仕事と育児の両立だ。これまで直美がりんとともに環を育ててきたように、今度はりんたちが直美と明を支えていくのだろう。そうして思いやりが人から人へと巡る温かな循環こそが、本作の魅力でもある。(文=苫とり子)