サバがマグロを産む!? 開発20年の壁と、ニジマスが高級サーモンを無限に産む「代理親魚」の衝撃
サバがマグロを産む? 20年の壁とは…
近年、サバなどの不漁が続いている。農林水産省の調べによると、日本国内のサバの漁獲量は、1978年には約162万トンだったものが、’23年には約26万1000トンと、過去最低を記録した。スルメイカ、サケなどの漁獲量も激減している。魚が高級食材になってしまいそうな昨今、救世主になるかもしれないのが、「代理親魚」だ。
マグロを養殖するためには、広い養殖池が必要だし、卵から親になるまでに3~4年かかる。エサ代もかかるし、長く飼育していれば病気になる可能性も高くなる。だったら、同じサバ科の小型魚のスマに代理親魚になってもらったらどうだろう。水槽も小さくて済むし、スマなら8ヵ月ほどで親になる。こんな代理親魚の技術を研究しているのが、東京海洋大学の吉崎悟朗教授の研究チーム。
研究を始めて20年超。もうそろそろスマから生まれたマグロが市場に出てくるのではと思ったが、
「まだまだです。オスはマグロの精子を作るけど、メスが卵を産んでくれない」
とは、吉崎教授。
どうやって代理親魚にするのか。
吉崎教授が開発した方法は、卵と精子のおおもとになる幹細胞を代理親魚に移植すること。しかし、人間でも移植手術を行った場合、拒絶反応を示すことがあるように、どんな魚にも移植できるわけではない。
「これまでにマサバ、ゴマサバをはじめ、いろいろなサバ科の魚を試しましたが、うまくいきませんでした。スマならと思ったのですが……。今また新しい魚で実験中です」
スマに移植するといっても、まずスマが飼える飼育システムを作らなくてはならない。
「これが難しいのです。サバ科の魚は回遊魚で、彼らは常に自分たちが快適な水温帯を求めて回遊している。彼らが快適と感じるのは、とても幅の狭い温度帯や塩分濃度で、酸素が豊富にあるところ。その条件を満たす飼育システムを作るのに、3~4年かかる。スマに関しては7年かかりました」
20年など、あっという間にたってしまうのだ。
ニジマスがキングサーモンを無限に産む?
サバからマグロはまだ産まれていないが、ニジマスからキングサーモンを産ませることには成功している。キングサーモンは卵から親になるまでに4~5年かかるけれど、ニジマスは1年ほどで親になる。飼育するスペースも小さくて済む。しかも、キングサーモンなどのサケは一生に一度しか卵を産まないが、ニジマスなら何回でも産むことができる。キングサーモンを量産できるのだ。これはもう市場へ?
「あとは産まれてきたキングサーモンを品種改良して、どれだけ質を良くするかにかかっています」
今、日本が輸入しているサーモンの大半はノルウェー産。ノルウェーでは40年かけて品種改良し、成長が早く、病気になりにくく、さらにおいしくなるように品種改良を重ねてきた。かたや吉崎教授の研究室で産まれたのは、野生の状態。品質ではノルウェー産より劣ってしまう。ポテンシャルは計り知れないが、
「40年の差を埋めるのは簡単ではないでしょう」
そうなのか……。失礼ながら、なんのための研究?
「僕らは研究者なので、サケは一生に一度しか卵を産まない。ニジマスは何度でも卵を産む。それはなぜなんだろうということに興味がある。1回しか卵を産まないのは、何度も卵を産む能力はあるけれど、寿命がきてしまうから一度しか産卵しないというのが、一つの仮定。
もう一つの仮定は、サケはそもそも卵巣や精巣が1回しか卵や精子を作れないようにできているということ。その謎を解きたくて、一度しか産めない魚の細胞を、何度も産める魚に移植してみたんです」
その結果、ニジマスは産卵したあとも、必ず卵や精子のコピーを残しておくけれど、サケは残しておかないということがわかった。
「重要なのは、生殖細胞そのものではなくて、それを育んでいる周囲の環境だということがわかりました。そういう謎解きが僕たちの研究の大きな目的です」
魚の絶滅を防ぎ再生医療の道へ
今、吉崎教授が力を入れているのは保全の研究だ。
これまで人間は、さまざまな種を絶滅させてきた。その一つがニホンオオカミ。その結果、シカが増殖し、草木の芽を食い荒らすようになった。そうなると小型の哺乳動物や鳥のエサがなくなり、どんどん数を減らしている。農家への被害も深刻だ。
「オオカミという、たった1種を絶滅させただけで、当時の人間が予想しえなかった未来が待っていた。今の段階で、この魚がいなくなったら、将来どのようなことが起こるのか予想することはできません。けれど、現在地球上に生息している種は、将来に引き継ぐべき、大事な遺産だと思っています」
現在、吉崎教授が手がけているのは、トミヨ淡水型を代理親魚としてムサシトミヨを増やすこと。ミヤコタナゴをアブラボテという魚を代理親魚にして増やすことにも成功した。さらにメコンオオナマズは、カイヤンという小型のナマズを代理親魚にして増やせるようになったともいう。
絶滅しそうな魚の生殖細胞を凍結して、たとえ絶滅してしまっても、その細胞を移植して、復活させることも可能になっている。
移植技術を応用して、小型のクサフグを代理親魚に、白子がとれるオスのトラフグを増やしたり、アジとカイワリの雑種「夢アジ」を生み出したりもしている。
「ニジマスがどうして自分のコピーを残すのか、細胞にとって運命決定がどのようになされているのかわかってくると、再生医療にもつながってくる可能性がある。魚の生殖のメカニズムを解明することで、新しい技術が生まれる。そのメカニズムを明らかにすることが我々の目指すところです」
▼吉崎悟朗 東京海洋大学海洋科学技術研究科教授。水産学博士。米国テキサス工科大学農学部博士研究員、東京水産大学水産学部助手を経て、’12年より現職。’15年日本水産学会賞、’17年日本農学会日本農学賞、読売農学賞を受賞。主著に『サバからマグロが産まれる!?』(岩波科学ライブラリー)。
取材・文:中川いづみ
