広陵高の不祥事は"必然"だった…学生欲しさに強豪校が設ける「選手寮」で行われている時代錯誤の行為
※本稿は、広尾晃『高野連』(新潮新書)の一部を再編集したものです。

■強豪校の出場辞退でわかる「新しい高校野球」の姿
21世紀に入って、日本社会はかつてない変貌を遂げつつある。例にもれず高校野球を取り巻く環境も大きく変わりつつある。「昭和の時代」なら考えられないことが次々と起こるなか、日本高野連や各校の指導者はこうした事態に対応できず、右往左往している印象がある。
一方で、社会の変化に伴って「新しい高校野球」の姿が次々と生まれつつある。その多くは、日本高野連が主導するものではないが、それなりの存在意義があるものも多い。「汗と涙と青春と」では片づけられなくなった、高校野球の変貌について紹介する。
2025年8月10日、夏の甲子園広島代表校だった広陵高校が出場を辞退した。1回戦で旭川志峯高に勝ち、次戦を控えていた最中である。大会が始まってからの出場辞退は極めて異例だった。
広陵高は、1923年の第9回の中等学校優勝野球大会から出場している古豪中の古豪。春出場27回(優勝3回)、夏出場26回(準優勝4回)。広島県では広島商と並ぶ名門だ。
■きっかけはSNSでの拡散
事件はこの年1月に起こった。硬式野球部1年生男子が寮では禁じられているカップ麺を食べたとして、4人の2年生男子が暴力をふるった。学校側は関係者に聞き取りをし、広島県高野連に報告、県高野連は日本高野連に報告した。これを受けた日本高野連は広陵高を「厳重注意」としたが、処分は規定に従って非公開とした。
しかし、加害生徒は謹慎処分になったものの、被害生徒は3月に転校を余儀なくされた。被害生徒側はSNSで情報を拡散、7月にはメディアの知るところとなり、甲子園に出場した広陵高への非難が高まっていた。広陵高は、世間の非難の声に堪えかねて出場を辞退したのだ。
8月10日の広陵高の出場辞退のニュースを、筆者は北海道新十津川町で行われていた「LIGA サマーキャンプ」のネット裏で知った。周囲には高校野球部の監督たちがいた。
「広陵が出場辞退したそうです」というと、指導者たちは一様に肩を落とした。彼らにとって甲子園出場校は、夏の地方大会を戦ったライバルだが同時に「自分たちの代表」と言う連帯意識もあったのだ。
■なぜ慶應高校では事件が起きないのか
「もっと早く手が打てなかったのだろうか?」「広陵は選手数が多いからなあ」と言う声が上がる中、筆者は隣にいた慶應義塾高監督の森林貴彦に「先生の学校も選手が100人以上いますが、なぜこうした事件が起こらないのですか?」と聞いてみると、「うちは寮がありませんから」との答えが返ってきた。
2025年夏の甲子園出場校49校の部員数上位10校を記すと、以下の通りになる。
広陵(広島)164人
市立船橋(千葉)116人
聖光学院(福島)115人
健大高崎(群馬)109人
岡山学芸館(岡山)108人
創成館(長崎)104人
東海大星翔(熊本)103人
中越(新潟)98人
花巻東(岩手)97人
関東第一(東東京)92人
甲子園でのベンチ入り選手数は20人だ。3学年90人超、1学年当たり30人以上の部員数となれば、甲子園はおろか、公式戦の出場機会さえほとんどない部員が大半だということになる。
しかしながら、こうした部員たちも「甲子園出場」を夢見て強豪校に入学している。不本意ながら競争に敗れ応援席に回っているのだ。
■まるで修行僧のような「野球部寮」での生活
これらの学校の多くは「野球部寮」を備えている。部員は寮で共同生活を送っている。
野球部寮は、厳しい規律がある場合が多い。下級生は上級生に絶対服従。かつてのPL学園のように、下級生が上級生の夜食を作ったり身の回りの世話までする「部屋子」の習慣はなくなったが、それでも挨拶、マナーなど厳格なルールがある。
広陵高校野球倶楽部のサイトには、野球部の「清風寮」の1日のスケジュールが紹介されている。朝6時半の起床、朝食の準備は1年生が担当、18時半の夕食は一斉に摂る。22時半に就寝と、スケジュールが細かく決められ、生徒は規則正しい生活を送ることになる。
これを見て安心する保護者もいるのだろうが、筆者などは息がつまる思いがする。同世代の高校生の多くは、学校が終われば自由な時間が待っている。部活や塾での勉強をする生徒もいるだろうが、ゲーム、「推し活」、友達との遊びなど、この年代でなければ愉しむことができない時間を過ごしている若者も多い。
そんな中、強豪校で寮生活する野球部員の多くは「修行僧」のような生活を過ごしている。寮のルールに加え、上級生は常に下級生に圧を加えてくる。

■理不尽で矛盾に満ちた空間
問題は、寮ではそうした厳しい上下関係があるのに、野球そのものは学年無関係の「実力競争」だということだ。下級生が上級生を差し置いて試合に出たり、レギュラーになることは普通にある。
寮生活では上位者である上級生が、グラウンドでは控えに回る。野球部寮は、「厳しい上下関係」と「実力主義」が同居するという、理不尽で矛盾に満ちた空間なのだ。これが部員間のストレスを生み、暴力沙汰につながっている可能性がある。
1986年6月、PL学園の野球部寮で野球部員が死亡する事件が起こったが、この時も、ベンチから外れた上級生が、ベンチ入りした下級生をいじめた結果だと報じられた。
昭和の時代も強豪校は、100人以上の部員がいるのが当たり前で、指導者はこの中から有望選手をより抜いていた。しかしこの当時は、レギュラーになれなかった部員の多くは野球部をやめたり、転校したりした。当時の指導者は持久走をさせて、途中でリタイアした部員に退部を勧告していた。
しかし今は、レギュラーになる見込みのない選手もほとんどが退学、転校せずに学校にとどまっている。
■「ビジネスモデル」によって生じた歪み
少子高齢化の中、私学は生徒集めに躍起になっている。レギュラーになれなかった選手も学校側にとっては大事な「お客さん」であり学生数、学費を維持するために退学、転校させるわけにはいかない。
このため多くの部員を擁する学校では、チームを1軍、2軍、3軍に分け、各レベルのリーグ戦などを実施している。監督のほかにも複数のコーチを配置して、ベンチを外れた選手の指導もそれなりに行っている。
しかしその優先順位は、圧倒的に「1軍ファースト」であり、それ以外との差は歴然としている。いわば学校側の「『甲子園出場』をアピールして多くの野球部員を集める」という「ビジネスモデル」によって、この矛盾に満ちた「野球部寮」が運営され続けていると言っても良い。
皮肉なことに、広陵高校野球部のモットーは「一人一役全員主役」だった。暴力をふるった上級生たちも、転校に追い込まれた下級生も「自分は主役なのだ」と思っていたのだろうか?
■智辯和歌山は40人が「定員」
本音では「多すぎる部員数は迷惑だ」と思っている監督も少なくない。現東洋大姫路高校監督の岡田龍生は大阪の履正社高監督時代、バスで選手の送迎もしていたが「わしが(面倒を)見れるのは、ワンバスまでや」といった。ワンバスとはバス1台に乗り切れる人数、つまり40人のことだ。
事実、智辯和歌山高校などは1学年10数人、3学年約40人の「定員」となっているが、前述のように多くの学校は「生徒数、学費確保」のために多くの部員を入学させている側面があるのだ。2026年5月末、第三者委員会の報告を受けて、広陵高校は野球部寮の廃止を発表した。
野球部の暴力事件そのものは「今」に限ったわけではない。今回新しいのは、事件の拡散にSNSが使われたことだ。8月にSNSで被害者側からの情報が発信・拡散されると、広陵高は、甲子園での試合を急遽辞退した。
日本高野連会長の寶馨(当時)もSNSの利害得失について8月10日の記者会見でコメントを発したが、世間は「SNSで騒がれたからあわてて火消しを図った」と受け止めたはずだ。
■真相はわからないのに大炎上
SNSでの発信にはファクトチェックは一切ない。もともとの発信者は義侠心で行ったとしても、拡散する段階で、無責任な匿名の人物が関与し、アクセス稼ぎで人権やプライバシーの侵害なども行われる。

この動きに乗せられて慌てて対応すると、彼らは付け上がり、さらに炎上することになる。SNSに実体はないのだ。9月になると加害生徒側が、SNSで発信した被害者側を名誉毀損で告訴した。SNSが絡むことによって、事件は一瞬で拡散されるが、虚実取り混ぜた情報が発信されるため、事件の真相はかえって把握しにくくなる。

広陵高校では監督、野球部長が退任するなど、体制一新を余儀なくされたが、結局、真相は何だったのかはっきりしないままだ。一つだけ言えるのは、この事件の対応をめぐって、広陵高校、広島県高野連、さらには日本高野連の権威、信頼性が失墜したということだ。
学校側は隠蔽策に走ったとみられたし、広島県高野連、日本高野連は「事件を矮小化しようとした」と見られてしまった。
実は、日本高野連が広陵高校に科した非公表の「厳重注意処分」は、1983年、第4代日本高野連会長、牧野直隆が従来の厳格な「連帯責任処分」を緩和するために設けた制度だ。
当時の世論は「連帯責任」で甲子園の道を閉ざされる野球部に同情的だったが、今の世論は瑕疵(かし)であっても厳しく非難して「厳罰」を与える方向へと変化している。そうした社会の価値観の変化もあって、今回の事件は「大炎上」したのだといえる。
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広尾 晃(ひろお・こう)
スポーツライター
1959年、大阪府生まれ。広告制作会社、旅行雑誌編集長などを経てフリーライターに。著書に『巨人軍の巨人 馬場正平』、『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』(共にイースト・プレス)などがある。
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(スポーツライター 広尾 晃)
