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リモート勤務から出社へと舵を切る企業が増えるなか、現場で深刻な対立が生じている場合も。出社命令が招いた部下の「静かな退職」や相次ぐ離職、上層部と現場の板挟みに苦しむ中間管理職の悲鳴。ある管理職の事例をみていきます。

完全出社命令の負の影響

都内のIT企業で課長を務める山本健太(45歳・仮名)。現在、年収1,100万円、毎月の手取り額は約68万円。「会社からはそれなりに評価されていると思う」と山本さん。転機が訪れたのは昨年のこと。業績回復と社内コミュニケーションの活性化を狙う経営陣から、「全社員、週5日完全出社」の通達が出されました。経営陣は「対面での対話こそがイノベーションを生む」と主張し、山本さんにも部下への指導徹底を厳命しました。

「コロナ禍で完全リモートになっていましたが、出社のほうが効率性が高いことが、パソコンのタイピング数で証明されたとかで、徐々に出社の回数が増えていって、とうとう、原則リモート禁止となりました」

山本さんの部署には10名の若手エンジニアが所属していました。リモートワーク前提で働いていた彼らにとって、毎日の出社指示は受け入れがたいものでした。山本さんは「会社の方針です。対面で働く重要性を理解してほしい」と説明を試みましたが、現場の反応は冷ややかなものでした。

面談の席で、20代の部下からは露骨な不満が投げかけられました。入社3年目の佐藤さん(28歳・仮名)は、無表情でこう言い放ちました。

「通勤に往復2時間かける意味がわかりません。業務効率が落ちるだけです。会社が古い考えを押し付けるなら、評価はどうでもいいので最低限の仕事しか指示通りやりません」

その言葉通り、部下たちは指示された最低限のタスクしかこなさなくなり、いわゆる「静かな退職」状態に陥りました。定時になれば残務があっても即座に帰宅し、部署全体の生産性は著しく低下しました。

厚生労働省『令和5年若年者雇用実態調査』によると、若年労働者が初めて勤務した会社を辞めた理由として「労働時間・休日・休暇の条件がよくなかった」が28.5%と最多であり、賃金条件の不満(21.8%)を上回っています。また、転職を希望する若年正社員の50.0%が「労働時間・休日・休暇の条件が良い会社に変わりたい」を理由に挙げています。

このように、若年層にとって勤務時間や勤務形態をはじめとする労働条件は、賃金と同等、あるいはそれ以上に離職や転職を決定づける大きな要因となっています。

静かな退職に留まらず、出社命令から1ヶ月後、エース格だった佐藤さんが突然退職届を提出したのです。

「フルリモートが可能な同業他社に行きます。年収も上がりますし、自分にとってキャリアアップだと思っています」

これを皮切りにリモート禁止命令からわずか半年で、部署の半数、5人もの退職者が出て、現場の業務は完全に崩壊する事態に陥りました。

挟み撃ちの苦悩と残された選択肢

穴埋めを余儀なくされたのは、管理職である山本さん本人でした。残されたメンバーだけでは業務が回らず、山本さんは自分の管理業務に加えて若手が残した実務を背負うことになりました。連日深夜2時まで残業を重ね、月当たりの時間外労働は80時間を超えました。

経営陣からは「部下の引き止めもできないのか」と責め立てられました。一方で、残った若手社員からは「課長が上のイエスマンだからこうなるんです。私たちを潰す気ですか」と陰で蔑まれました。

「自分はただ会社の方針に従ってきただけなのに、なぜここまで追い詰められないといけないのか」

事態を打開するため、山本さんはデータを取りまとめ、経営陣に直訴しました。完全出社による「静かな退職」の横行や離職率の上昇、採用コストの増加を定量的に示し、「ハイブリッド型リモート」の導入を提案したのです。

経営陣も相次ぐ離職と現場の停滞には危機感を抱き、「原則6割出社」となりました。これにより部下たちの過度な不満は和らぎ、さらなる離職の連鎖は防ぐことができたといいます。

ただ、一度去った優秀な人材が戻ってくるわけではありません。また完全リモートを前提に入社した若手から、完全に不満が消えたわけではありません。山本さんは今も、欠員が補充されないまま残業をこなす日々を送っているそうです。

会社と部下の板挟みになり、心身ともにすり減った経験は、山本さんの心に深い傷を残しました。高額な固定費を支払うために会社に依存せざるを得ない現実と、変化する世代間の価値観ギャップ。その双方の重圧に晒されながら、40代管理職の模索は続いています。

厚生労働省の前出の調査によると、過去1年間に自己都合で退職した若年労働者がいた事業所の割合は、山本さんの会社が属する「情報通信業」において47.5%に達し、全体平均(40.9%)を上回る深刻な定着難を示しています。また、内閣府男女共同参画局『仕事と生活の調和推進のための調査研究』では、正社員を辞めずに勤務し続けるために必要だったサポートとして、テレワーク等の「柔軟な勤務制度やその利用のしやすさ」を挙げる回答が57.8%で最多となりました。

多様で柔軟な働き方の整備は、単なる福利厚生の域を超え、優秀な若手人材の流出を防ぎ、組織の崩壊を回避するための必須の経営戦略といえそうです。