〈京都11歳殺害、事件から5か月〉「変な男」と家族が見ていた被告…家族葬、百箇日法要がひっそりと行われ遺族は…殺害現場には地蔵、絵、サッカーボールのお供えが

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2026年3月23日、京都府南丹市の市立園部小に通う安達結希くん(当時11歳)が行方不明となり、その後、市内の山林で遺体となって発見された事件。殺人と死体遺棄の罪で起訴されたのは、同じ屋根の下で暮らしていた養父の安達優季被告(37)だった。

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事件からおよそ5か月。結希くんが遺体で見つかった山中では百箇日法要が営まれ、殺害現場とされる公衆トイレには今も献花に訪れる人がいる。一方、地元では事件について以前ほど語られなくなったという。結希くんの自宅前には「関係者以外立ち入り禁止」を示す看板が立てられており、遺族は深い苦しみのなかで日常を送っている。

6月に行なわれた結希くんの百箇日法要

安達結希くんが遺体となって発見された南丹市内の山中で、百箇日法要が営まれたのは6月のことだった。遺体発見現場は、民家が点在し田園が広がる通りから一本脇に入り、薄暗い雑木林の中へと続く農道にある。近隣住民が語る。

「確か台風が接近していて暴風や大雨に警戒が呼びかけられた時期の事やったわ。結希くんの百箇日の供養をする言いはって、結希くんのお祖母ちゃんと伯父さんで遺棄現場にいらしてたわ。

結希くんのお母さんは体調が悪いという事で来られてなかった。あんなひどい事件やったんやから体調も悪くなるわ……。住職とそのお弟子さん、それから捜査員も同行してはって、農道の奥に入っていかれてお経を読み上げてはった」

事件直後は結希くんを悼む大勢の人が献花に訪れ、お菓子や飲み物などの供え物が献花台に置き切れないほどだった。しかし現在は、近隣でクマの目撃情報が相次いだことなどから、安全面を考慮して献花台は片付けられたという。

結希くんが行方不明になった当時、学校に送って行かれたはずの結希くんの姿が防犯カメラに映っていなかったり、通学かばんや履いていたとみられる靴が山中で別々に見つかったりするなど、事件には多くの“謎”があるとして世間の耳目を集めた。社会部デスクが事件を振り返る。

「捜査関係者によると優季被告と母親は昨年結婚しており、優季被告が養父になってから結希くんとの間で事件直前までトラブルがあったとみられています。

結希くんは3月23日の朝、市内の公衆トイレで首を絞められて殺害されたとみられ、当時、優季被告は逮捕前の警察の任意の調べに対し『本当のお父さんじゃないと言われ腹が立って首を絞めて殺した』という趣旨の供述をしています」

旧姓が「山本」だった優季被告は、結希くんの母親と結婚して安達姓となったが、結婚前から安達家で暮らしていた。当時、安達家と親交の深かった知人はこう証言していた。

「(優季被告が)住み始めた時はまだ再婚しておらず、母親の彼氏状態でしたが、普通住み始める時にはなにか結婚や婚約の挨拶がありますよね。ところが親族によると容疑者はそれもしっかりせず住み始めたそうです。

他の家族と顔を合わせても『おはようございます』とかの挨拶もせずボーっとしてるので、家族は『変な男』と見ていましたし、結婚には反対していました」(同前)

「結希くんの葬儀については家族葬で営まれた」

事件からおよそ5か月ぶりに結希くんの自宅を記者が訪れると、「報道機関・メディア関係者をはじめ、取材・撮影・インタビューを目的とした敷地内への立ち入りは、一切お断りしております」という立て看板が設置されていた。結希くんの捜索にも加わっていた近隣住民が語る。

「何度事件のことを思い返しても許せないという思いですわ。カっとなって首を絞めるなんてそんなことあるわけないやろって思いますわ。当たり前ですがご遺族は今も深く傷ついたままです」

また、別の知人は安達家の現状について、心配した様子でこう語った。

「結希くんのお母さんが家に引きこもりがちになってしまったという話は聞きました。自分の子どもを亡くした上に、旦那が逮捕されたわけですから……。ネットにもさんざん書かれていましたしね……。

お母さんは捜索に加わった人に対し『ありがとうございました』とお礼の電話はいれていましたが、事件後にきちんと会って話したという人は私の周りにはいません。家に尋ねて行った知人も見かけはしたけど話はしなかったようです。

お祖母ちゃんは最近は村の集まりにもたまに顔を出しています。『娘が家に引きこもってしまって大変なの』とこぼしていたと聞きました。結希くんは可愛い孫で、お母さんは可愛い娘さんでしょう。

お祖母ちゃんも色々辛いと思いますよ。正確な日付まではわかりませんが結希くんの葬儀については家族葬で営まれたと聞いています。本当に可哀そうなことですよ……」

安達家の親戚は、遺族の様子について「事件前はデイケアに通っていた(結希くんから見て)ひいおばあちゃんは事件後に施設に入ったと聞きましたが、家族の中で大きく体調を崩した人がいたという話は聞いていません。優季被告のことについて私からは何も答えられない」と言葉少なに語った。

殺害現場のトイレ付近には地蔵や花が供えられ、今も多くの人が…

人口およそ3万人の山に囲まれた静かな町で起きた事件は、家族や地元の住民だけでなく、多くの人の心に影を落とした。結希くんが殺害された市内の公衆トイレの近隣で飲食店を営む女性が、近況について語る。

「数か月前までは色々な方が、手を合わせに来られたり献花に来られたりしていました。私が話をしたのは香港から旅行で日本に来たという若い女性で、その方は観光の合間にレンタカーでいらして手を合わせていきました。

それから名古屋から来られた夫婦の方は、結希くんと同じ歳の子どもがいるとのことで、サッカーボールと花を供えていきました。『今度は子どもも連れてきます』と言っていました。多くの人が訪れていて、改めて大きな事件だったのだと感じました」

近隣住民が続ける。

「地元の人たちが事件のことを前より話さなくなったというのはあると思います。ただ、忘れていったり、薄れていったりというのとは違います。殺害現場のトイレの裏手に今でも献花をしに来たり、ご焼香をしにくる方もいます。結希くんへの手紙が置かれていたり、お菓子や飲み物が置かれていることもあります。

トイレの前のもみじの木には結希くんを偲ぶ鈴が吊るされ、その近くには地蔵と石が置かれています。誰も事件のことを忘れてはいない。でも、ご遺族に静かに暮らしてもらいたいと思い口に出すのはやめていってます」

突然、日常から愛する家族が奪われた――。事件が親族に残した深い傷痕はいまだ癒えぬままだ。

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取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班