※画像は生成AIによるイメージです

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「うちの親父の若い頃って、どんなだったんだろう」――ふと、そう思ったことはありませんか。
厚生労働省の人口動態統計月報年計(概数)によると、2025年に亡くなった人は158万9,489人。前年より約1万6,000人減り、5年ぶりの減少となりました。それでも、1日あたり4,000人を超える計算です。

それに伴って身近になっているのが「遺品整理」です。ただ、このサービスには実は法律上の“業法”がなく、総務省が実態調査に乗り出したのは2020年のこと。意外と歴史の浅い分野でもあります。

そして遺品整理の現場では、ときどき“知らない親”に出くわすことがあります。

今回ご紹介するのは、過去に大きな反響を呼んだ実録エピソードから、亡き父の書斎で一枚の古い写真を見つけてしまった男性の話。記事の後半では、昭和の暴走族の人数とあわせて、いまの暴走族に起きている“ちょっと意外な変化”もご紹介します。

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◆尊敬する父の背中を追って歩んだ道

 ”若気の至り”という言葉があるように、誰でも若い頃には無茶をしたり、はめを外したりした経験があるのではないでしょうか。ただ、その”外し様”は人によってさまざまです。

 今回は、尊敬する真面目な亡き父親の信じがたい過去に迫ります。人は変わるものですね。

 今回取材に応じてくれた田村さん(仮名・36歳)は、大学卒業後に研究者だった父の強い勧めを受けて公務員の道を選んだそうです。

「父さんから『安定した仕事に就け』と何度も言われたんです」と、当時を振り返ります。父親のことを尊敬していた田村さんは、父親の言葉通り某地方都市の市役所に採用され、今では環境整備課の主任を務めています。

 その後、一人っ子の田村さんは、4年前に幼馴染と結婚し、親子ローンで二世帯住宅を購入。家族仲良く順風満帆な生活を送るもつかの間、父親が病に倒れその生活が一変します。

 精密検査を受けた父親は、余命3ヶ月のスキルス胃がんでした。

「元々病院嫌いの父親でしたが、一緒に住むようになってからは、年に一度の健康診断を受けさせていて、特に異変はなかったんです。だから余命宣告を受けたときは、頭が真っ白になりました」

 と振り返る田村さん。しかし、治療の甲斐もなく、9月の終わりに息を引き取りました。お棺の中で安らかな表情を見たとき、田村さんは胸の奥から込み上げるものがあったといいます。

◆書斎で見つけた一枚の衝撃写真

 四十九日も終わり、田村さんが父親の書斎を整理していたときのこと、本棚の隅に一枚の古い写真を見つけます。写真には、街道沿いの駐車場で改造バイクを背に特攻服姿の若者たちが並ぶ姿が写っていたそうです。

 その写真を手に取った瞬間、田村さんの表情は固まったといいます。写真の中央に、体を斜めに向け鋭い視線をカメラに向ける男性の顔には見覚えのある大きなほくろがあり、どう見ても父親の若い頃にしか見えなかったといいます。

「パンチパーマに紫の刺繍入りコスチューム……。最初は、そっくりさんの写真だと思っていたのですが、見れば見るほど父親なんです。まさか当時合成写真なんかを作るはずもありませんし」

◆母の沈黙と、ついに語られた過去

 動揺を抱えたまま階下に降りた田村さんは、母に写真を突きつけました。

「母親はテレビで韓国ドラマに夢中だったのですが、テレビと母親の間に割り込み『これ、父さんだよね?』言ったんです」

 母は一瞬で顔色を変え、「知らないわよ、どこかで拾ってきたんじゃない?」と慌てた様子で否定しました。

 しかし田村さんは引き下がりません。

「でも、このほくろ。間違いないよ」と、田村さんは真剣な眼差しで母親をにらんだそうです。すると、母親は観念したように深いため息をつき、「実はね……」と口を開き始めました。