《SNSに美ボディツーショットを投稿》元世界チャンプ・薬師寺保栄(58)が“30歳年下の元モデル愛人”を「文書偽造して勝手に養子に」…本人が法廷で語った経緯「遺産を相続させたかった」「妻が『死んでも離婚しない』という意向を…」
元プロボクシングの世界チャンピオンであり、バラエティ番組にも多数出演する人気タレントの薬師寺保栄氏。そんな薬師寺氏の、突然の裁判情報が伝えられ驚かれた方も多かったのではないだろうか。
【写真】保栄被告と元モデル・史歩理被告のサウナでのツーショット写真。離婚成立前から親密な様子がうかがえる
8月5日、有印私文書偽造・同行使などの罪で起訴された薬師寺保栄被告(58)、養子女性の史歩理被告(29)の初公判が名古屋地裁にて開かれ、検察官は懲役1年を求刑して結審した。30歳ほど年下の養子の存在に驚かされるが、事件はまさにその養子を巡る一連の出来事であった。
プロボクサーとしての闘志溢れる姿と、それとは対照的にメディアでは柔和な笑顔も印象的な保栄被告。その裏側でのプライベートで何が起きていたのか裁判で明らかになった。傍聴を行った裁判ライターの普通氏が詳報する。【前後編の前編】
約30歳年下の史歩理被告と不倫関係に
著名人ということもあってか、職員に動線を確保されながら入廷した両被告人。保栄被告は身長173cmと決して大柄ではないが、スーツの上からでもわかる分厚い胸板は迫力があった。自身の職業を「会社役員」と答えた。
史歩理被告は白のカッターシャツに黒のパンツスーツで入廷。元々モデルをしていたことも頷けるスタイルの持ち主だった。自身の職業を受付事務員と答えた。
検察官が読み上げた起訴状によると、両被告人は共謀の上2024年11月、保栄被告の妻に無断で、史歩理被告を保栄被告夫妻の養子にすべく、養子届の署名欄に妻の名前を無断で記載し、それを役所に提出し、戸籍に養子として登録させた。
保栄被告と史歩理被告はともに、起訴事実を認めた。
当然文書偽造は重大な犯罪なのだが、妻に無断で養子縁組を行うことにどういう思惑があったのか。検察官がその意図を証拠をもとに説明していく。
保栄被告は高校を卒業したのちプロボクサーとして世界チャンピオンになるなど活躍し、現在は自身の名を冠したボクシング・フィットネスジムを経営している。史歩理被告は中学を卒業したのち、モデル業などを経て、現在は保栄被告が経営するジムの受付をしている。
保栄被告は2015年に現在の妻と結婚した。しかしその1〜2年後にテレビ番組で共演した史歩理被告と、不倫関係となったという。2022年に妻とは別居となり、その後保栄被告と史歩理被告は同居を始める。
史歩理被告本人のものとみられるSNSアカウントでは、2024年1月に保栄被告が取締役を務める会社に「就職しました」と投稿。その後は食事中のツーショット写真をアップしたり、ジムの宣伝に鍛えた美ボディの水着姿を投稿したりと、親密な様子の投稿も複数うかがえた。
妻とは離婚協議をしていたが、まとまらなかったという。なお離婚協議に関しては、後述する保栄被告の主張では進展があったというが、ここでは検察官の立証通りの記載に留める。
史歩理被告が「妻の名前を勝手に養母欄に記載」
史歩理被告は祖父母に育てられており、保栄被告は史歩理被告の高齢の祖父母を安心させたいという考えから、姓を薬師寺姓にしたいと考え、最初は史歩理被告を保栄被告の両親の養子とした。実際にこの養子縁組は受理され、一時的に史歩理被告は保栄被告の妹となった。
しかし、そこから1か月も経たずして、保栄被告は自身の財産を史歩理被告に相続させたいと考え、保栄被告夫妻の養子にしたいと犯行に及んだという。本来、妻が記載すべき養母欄には、史歩理被告が虚偽で妻の氏名を記載したという。
事件に気付いたのは妻であった。妻が史歩理被告のことをどこまで認識していたかは不明であったが、知人から史歩理被告が薬師寺姓を名乗っている噂を聞いた。妻は離婚不受理申出手続きを行っていたため、事態を不審に思い戸籍を取り寄せたところ養子縁組されていることが発覚した。
捜査機関の取り調べに対し妻は「厳罰を希望する」と供述したことは明らかになるも、それ以外の心情や保栄被告への思いなどは、法廷では明らかにされなかった。
偽装後に離婚が成立
公判では、保栄被告に対する被告人質問が行われた。前述の通り、夫婦関係については妻の供述内容が傍聴席に明らかになっていないなかで、保栄被告のみの主張を取り上げることになる点、ご留意いただきたい。
バラエティ番組のように饒舌に話すということはないが、端的に聞きやすい声で質問に答えていく保栄被告。検察官の立証の通り、史歩理被告と交際を始めたころには妻と同居状態であった。2022年に金銭感覚の相違などで話し合いを行った上で、別居したという。
保栄被告は離婚を強く望み、妻とその父にも離婚届を送っていたというが反応はなかった。一方、妻からは人づてに「死んでも離婚しない」との意向を示されており、離婚協議は進展しなかった。
しかし、保栄被告によると、2025年に突然、別居する妻の市役所から離婚が成立したとの連絡を受けたという。この離婚成立が、本件事件をきっかけとしたものかはわからない。結果的に犯罪に手を染めてまで財産を相続させたいと思った行為は徒労となった。
後編では、なぜそこまで両被告が養子縁組を急ぐ必要があったのか。保栄被告が主張した、今回の事件によって「失ったもの」について詳報する。
(後編につづく)
◆取材・文/普通(裁判ライター)

