宇野昌磨&本田真凜で沸くアイスダンス、盒饗臺紊切り開き紀平梨花も挑む日本フィギュア「最後のフロンティア」

本田真凜&宇野昌磨 アイスダンスチームの公開練習(写真:松尾/アフロスポーツ)
フィギュアスケート男子の宇野昌磨選手(トヨタ自動車)がプロデュースするアイスショー「Ice Brave ─A TURNING SEASON─」が、7月末から8月にかけて、愛知と東京で開催された。真夏のアイスショーは熱気に包まれ、観客が息をひそめて見守る美しいナンバーから、ライブ会場のように歓声が飛び交う活気ある演舞まで、20の演目が披露された。
なかでも注目を集めたのは、5月にアイスダンスでの競技復帰を表明した宇野昌磨&本田真凜ペアの演技だった。
前半にはフリーの演目「四季」を、後半にはリズムダンスの「ポエタ」を初披露。宇野選手はアイスショーを締めくくる挨拶で、過酷な練習の日々を送る覚悟とともに、「オリンピックに向けて頑張っていきたい」と誓った。ほぼ満席となった東京公演の観客席には、声援を送るトヨタ自動車会長・豊田章男氏の姿もあった。
二度の五輪メダリストである宇野昌磨と、ジュニアの世界チャンピオンに輝き、若い頃から注目を集めてきた本田真凜。私生活でも交際を公表し、人気と実力を兼ね備えた二人が参戦したことで、日本のアイスダンス界が沸いている。日本男子フィギュアスケートをけん引してきた郄橋大輔さんがアイスダンスを始めて以来、人気は高まっていたが、宇野&本田の参戦で、その熱は一段と高まった。

アイスダンスに挑戦する宇野昌磨(左)、本田真凜のペア(写真:松尾/アフロスポーツ)
なぜいまこの競技に注目が集まっているのか。反対にいえば、シングル競技に比べて、なぜアイスダンスは遅れをとっていたのか。日本のフィギュアスケートは女子、男子、ペアと五輪金メダルを獲得しており、アイスダンスはいわば「最後のフロンティア」といえる。
まもなく本格的に始まる今季のフィギュアスケート・シーズン前に、アイスダンスの歴史を振り返りつつ、今後を展望したい。
アイスダンスのドキュメンタリーが人気、欧米で愛される理由
改めて確認しておくと、ミラノ五輪で金メダルを獲得した“りくりゅう”ペア(三浦璃来と木原龍一)の「ペア」競技と、「アイスダンス」競技は、男女カップルで滑るという点では同じペア競技であっても、ルールが異なる別競技である。
大きな違いは、ペアには大技のジャンプがあるが、アイスダンスにはない(正確には1回転半以上のジャンプが禁止)。ペアには高さのある豪快なリフトがあるが、アイスダンスのリフトは、パートナーを頭より上に持ち上げてはいけない。簡単にいえば、アイスダンスには、観客が一目で惹きつけられるようなアクロバティックな技がない。
大技がない代わりに、アイスダンスは、男女二人が一体となって滑り、踊り、音楽を表現することに重点を置く。2026年にNetflix(ネットフリックス)で配信されたドキュメンタリーシリーズ『グリッター&ゴールド:アイスダンサーたちの挑戦』で表現されているように、「二つの体と心で魔法を生む」競技である。
アイスダンスのルールは、二人の選手が長い時間にわたって距離をとって演技すること、そして、伸ばした腕2本分以上離れることを禁止している。実際にアイスダンスの演技を見ると、終始、二人が密着して滑っているという印象を受けるだろう。

公開練習で息の合った滑りを見せる本田真凜(左)と宇野昌磨(写真:松尾/アフロスポーツ)
歴史を振り返ると、アイスダンスは、社交ダンスを氷の上に移植するような形で、19世紀にイギリスで始まった。ウィンナー・ワルツの本場・ウィーンでも、アイスダンスは人気を博した歴史がある。
オリンピックの競技になったのは1976年と、シングルやペア競技に比べて遅かったが、社交ダンス文化が根付いた欧米では、アイスダンスは古くから人気を集めてきた。そうした関心の高さは、先に触れたNetflixのドキュメンタリーシリーズが、世界のトップカップルたちを追って制作されたことからもうかがえる。
一方で日本ではアイスダンス競技者が少なかった。
コーチは「心をオープン」に、日本で普及が遅れた背景
その理由について、宇都宮直子氏は『アイスダンスを踊る』(集英社新書)でこう書いている。
〈専門のリンクがない。コーチがいない。志す選手が、決定的に少ない。「ない」が重なり、誰も手をつけようとしなかった〉
もちろん日本にアイスダンスの選手がいなかったわけではない。五輪に複数回出場したキャシー・リード&クリス・リード組や、北京五輪に出場した小松原美里&小松原尊組らが、日本のアイスダンスの歴史を積み重ねてきた。しかし、シングルの競技人口に比べたら、その数は圧倒的に少なかったのである。

2014年のソチ冬季五輪で演技するクリス・リード(右)、キャシー・リード組(写真:共同通信社)

2024年3月23日、世界フィギュア最終日に演技する小松原美里(手前)、小松原尊組(写真:共同通信社)
長年、フィギュアスケートを見てきた一人として背景を考察するならば、第一に、フィギュアスケートは女子の方が多い競技である。偏った男女比において、パートナーを探すのは容易ではない。
ただ、これは日本に限ったことではなく、先に紹介したNetflixのドキュメンタリーでも描かれているアイスダンス競技の難しさであるし、アイスダンスのみならず、ペア競技にも当てはまる。
第二に、伊藤みどりさんが女子選手で初めて、公式戦でトリプルアクセルを成功させて以来、日本には高難度ジャンプの歴史があった。ジャンプへの挑戦が、フィギュアスケートを志す選手の大きなモチベーションになっていたのではないか。
第三に、日本の文化的背景による影響が考えられる。先に紹介した『アイスダンスを踊る』で、宇都宮氏はこう書いている。
〈(日本人は)アイスダンスが選手に求める、「愛を人前で大胆に表現する」のは苦手なのではないか。人にもよるが、国民性としては、おそらくそうだ〉
そのため、コーチは「心をオープン」にすることを教えるのだと本にはつづられている。
加えて、文化圏を、身体的接触を好む『接触文化』と、あまり好まない『非接触文化』に分けると日本はあまり好まないほうの「非接触文化」に入る。これは、米国の文化人類学者エドワード・T・ホールが提唱した「プロクセミックス(近接学)」の考え方とも重なる。男女が密着して滑るアイスダンス競技が日本で活発でなかったのは、そうした文化の影響もあったのではないかと私は推察する。
一人の人間が歴史を動かす、郄橋大輔が開いた扉
こうした状況に風穴をあけたのが、郄橋大輔さんだった。
シングル選手として抜群の実績と知名度を持つ郄橋さんが、村元哉中さんと組んでアイスダンス競技を始めたことで、アイスダンスの魅力に気づいたファンは多かっただろうし、私もその一人だった。一人の人間が歴史を大きく動かすことがある。

2023年4月14日、世界国別フィギュア(第2日)のアイスダンスフリーで演技する村元哉中(左)、郄橋大輔組(写真:共同通信社)
一方で、この郄橋・村元組は、村元哉中さんが郄橋さんを誘ったことで誕生したカップルだった。村元さんなくして、アイスダンサー・郄橋大輔は誕生しなかったわけである。村元さんももともとはシングル選手だったがアイスダンスに転向して、パートナーを変えながら、競技を続けてきた。地道な努力の積み重ねの上にしか大きな花は咲かないこともまた真実であろう。
憧れの存在が生まれると、次に続く選手が出てくる。ミラノ五輪・団体銀メダルのメンバーである「うたまさ」こと吉田唄菜&森田真沙也のカップル、そして、2025年の全日本選手権で2位に入った「いくこう」こと櫛田育良&島田高志郎が実力をつけている。ジュニア時代からアイスダンスを始めた若手選手も育っている。

2026年3月28日、世界フィギュア最終日に演技する吉田唄菜(右)、森田真沙也組(写真:共同通信社)

櫛田育良(左)、島田高志郎組(2026年5月、写真:共同通信社)
さらに昨年、シングルの人気選手の参戦が、ファンを喜ばせた。トリプルアクセルと4回転ジャンプを成功させるも、けがで五輪への挑戦を断念せざるを得なかった紀平梨花選手がアイスダンス転向を表明したのである。
紀平は西山真瑚選手と「りかしん」カップルを結成して、2030年の冬季オリンピック出場を目指している。ジャンプがないアイスダンスは、選手が現役を続ける新たな選択肢となったのである。

2025年12月の全日本選手権で演技する紀平梨花(左)、西山真瑚組(写真:共同通信社)
そして、冒頭に述べた、宇野&本田組(=しょまりん)カップルの結成である。今や日本のアイスダンスはフィギュア界のビッグネームが並ぶ上に、どのカップルも2030年冬季五輪を目指しており、互いにライバルでもある。ライバルが多ければ多いほど、競技としては盛り上がるし、切磋琢磨することで選手たちのレベルも上がっていくはずだ。
宇野&本田は6センチの身長差を「強みに」
アイスダンスの世界選手権における日本選手の最高位は、11位である。これから4年間で、日本人選手が世界のトップレベルにどこまで肉薄できるのか。シングルの元トップ選手だからといって、容易に活躍できるような競技ではないだけに、忍耐が求められると思う。
その挑戦を見守るうえで、アイスダンスの見どころを三つ挙げたい。第一に、二人のユニゾン(調和)である。スピンも、ステップも、リフトも、常に二人は調和していなければならない。この調和とは、二人がそろっている状態とはちょっと違うようだ。
例えば宇野選手はこんなふうに表現している。「シングルは自分の体の中心に軸があるが、アイスダンスは二人の間、ど真ん中に軸がある」と。「二人の間の軸」によって生まれるユニゾンの世界を堪能したい。

本田真凜、宇野昌磨組の公開練習(写真:松尾/アフロスポーツ)
第二に、フィギュアスケート競技のなかでも、アイスダンスはとりわけ表現力が求められる。ダンス、音楽、衣装、メイク、独創的なリフトなど、目を奪われる要素が多い。先に紹介したNetflixのドキュメンタリーでも、選手たちが何度も衣装を検討し直すシーンが印象的だった。表現者を含め、普段スポーツは見ない人にも勧めたい競技である。
最後に、新しい選手の参入が、アイスダンスに新たな価値をもたらすことにも期待したい。J SPORTSのフィギュアスケートコラム「アイスダンス上級編」では、アイスダンスの伝統的な考え方として、男性がリードし、女性がそのリードについていくものと説明されている。
またリフトもあるため、男性が女性より高身長であるカップルばかりだった。だが宇野&本田組は、女性の本田のほうが宇野より身長が6cmほど高い。そして二人はそれをネガティブに捉えず、むしろ「強みにしたい」と話している。
たしかに身長差がないほうが、「一体感」がより生まれる面があるかもしれないし、一人がもう一人を支えるアイスダンスもあれば、より対等なアイスダンスがあってもよいだろう。そうした多様性は今の時代にふさわしい。
フィギュアスケートはこれまでも、見る者に新しい価値を提供してきた。アイスダンス競技の活況もまた、新しい発見や感動をもたらしてくれるはずだ。
筆者:砂田 明子
