シリーズ「戦争の語り部たち」

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シリーズ「戦争の語り部たち」です。今回は元憲兵が綴った未公開の手記をこのほど本にまとめた上山市の男性の思いに迫ります。元憲兵は戦時中の中国大陸で、現地住民への自らの加害行為を証言していました。

1冊の本がことし、自費出版されました。

「元憲兵・土屋芳雄つぐないにひたすら歩み」。

「毎晩、わたしに殺された人たちが夢にでてきた。その人たちはみんな、「土屋、おまえがわたしを殺した」と、うらみの声をあげてわたしにせまってきた」

土屋芳雄さん「本当に悪いことをしました。心からお詫びします」

上山市出身の元憲兵、土屋芳雄さん。戦時中の満州で憲兵として、抗日分子とみなした中国人の逮捕・拷問、そして殺害に関与しました。

戦後綴った手記に刻まれていたのは、晩年まで罪の意識に苛まれていた苦悩の痕跡です。

上山市に住む児童文学者・花烏賊康繁さんです。
花烏賊さんは、元憲兵・土屋芳雄さんから膨大な手記を託されていました。その中から、これまで未公開だった証言を中心にまとめ、ことし2月、自費出版しました。

朗読:花烏賊康繁さん「私は今でも、私が殺してしまった沢山の人たちが、寝ても覚めても見えてしまうのだ。その人たちの悲痛な叫びが夢にも聞こえる。気付くと汗びっしょりになって体が硬直している」

花烏賊康繁さん「自分の罪深さ見えるなんてものではない。いつでも殺した人たちが土屋さんの周りに集まっているような状態。記憶せざるを得ない体験ばかり続けてきた」

土屋芳雄さん「ここが取調室だった。吊るし上げの拷問やった場所がここです」

これは1990年、当時78歳の土屋さんが中国を訪れた時の映像。

「ここは憲兵が中国人民を捕らえては“厳重処分”をやった場所。200人から300人の中国人の平和な人民をここで無残にも殺している」

自ら殺害した中国の人々と、その遺族への“謝罪の旅”でした。

土屋芳雄さん「抗日愛国者を逮捕しそして殺しました。ご遺族の方に1人でもいいからお会いしてお詫びをしなければ私は人間ではないのだと。本当に悪かった。お詫びしますから・・・悪うございました」

国のためにと、戦地で加害行為を重ねた土屋さんー。その生涯にふれた花烏賊さんは、いまの時代に警鐘を鳴らします。

花烏賊康繁さん「防衛という言葉に騙されて戦争に歩まされる進められるこれを非常に気を付けなくてはならない」

元憲兵の土屋さんは戦後、遺族への謝罪や自らの体験を伝える活動を続けました。

2001年、90歳で亡くなる数カ月前に書いた手記の言葉を花烏賊さんは本のあとがきに載せています。

「謝罪が届かない苦しみは地獄の苦しみである。永久に許されることがない。こんな苦しみを私は、私の命にかえても日本の若者たちに味わわせるわけにはいかない」