パートに賞与? 出すわけないでしょう…その認識が経営リスクに。〈2026年10月〉同一労働同一賃金の新ルールとは【社労士が解説】
これまで多くの中小企業では、パートやアルバイトの従業員に賞与を支給しないことを当然としてきました。しかし、2026年10月1日、同一労働同一賃金のルールが大きく変わることで、経営者の認識も刷新が必要です。省令の改正まであと2ヵ月、「パートに賞与なし」という待遇の問題点と、見落とされがちな採用時の「新たな義務」について見ていきます。社会保険労務士の山本達矢氏が解説します。
「パートさんに賞与を出さない理由は?」…経営者、無言に
同一労働同一賃金セミナーの冒頭、私は参加者である経営者の方々にこう尋ねます。
「パートさんに賞与を出していない会社の方、手を挙げてください」
すると、会場の6〜7割ほどの人が手を挙げます。そこで続けて、こう問いかけます。
「では、その方に〈なぜ私には賞与がないのですか〉と聞かれたら、即答できますか?」
今度は、ほとんど手が挙がりません。「正社員じゃないから」という答えが返ってくることもありますが、それは理由ではなく、区分の名前を言い換えているだけです。
しかし、2026年10月以降は、このような待遇の違いについて、企業側はパート社員に対し、明確に説明することが求められます。
法律で「賞与を払え」とは言っていない。問題は…
誤解がないよう申し上げますが、今回の改正で、パート社員への賞与支給が義務化されたわけではありません。
パート・有期雇用労働法8条※1が禁じているのは、正社員との間に「不合理な待遇差」を設けることです。差そのものが禁止されているのではなく「説明のつかない差が禁止されている」と理解するのが正確です。
※1 厚生労働省「パートタイム・有期雇用労働法の概要」(7ページ)
(https://www.mhlw.go.jp/content/11650000/000815524.pdf)
では、何をもって「不合理」と判断するのでしょうか?
その物差しとなるのが、いわゆる同一労働同一賃金ガイドライン※2です。そして2026年4月28日、このガイドラインを含む省令・告示の改正が公布され、2026年10月1日から適用されることになりました。
※2 厚生労働省「同一労働同一賃金ガイドライン 新旧対照表(解説付き)」
(https://www.mhlw.go.jp/content/001695906.pdf)
分かれ目は「金額」ではなく「目的」
今回の改正の核心は、待遇差を判断する枠組みが具体化された点にあります。この5年間に積み重なった最高裁判決である、ハマキョウレックス事件・長澤運輸事件(平成30年6月1日)、大阪医科薬科大学事件・メトロコマース事件(令和2年10月13日)、日本郵便事件(令和2年10月15日)の考え方が、指針に取り込まれました。
判断は、およそ次の順序で行われます。
STEP 1:待遇の性質・目的を特定する
↓
STEP 2:目的に照らして考慮すべき事情を選ぶ
↓
STEP 3:差に見合った取扱いかを判断する
ポイントは「いくら払うか」ではなく、「その賞与は、何のために払っているのか」という点です。
賞与には、労務の対価の後払い・功労報償・生活費の補助・労働意欲の向上といった性質が含まれうるものですが、その目的がパート社員にも当てはまるのに「まったく支給しない」というのが、不合理と評価されやすい構図だといえます。
今回の改正では、退職手当・家族手当・病気休職等が独立した項目として新設・追記された点も重要です。
家族手当は扶養家族の生活費を補助する趣旨に照らし、相応に継続的な勤務が見込まれるのであれば、均衡のとれた支給が必要とされました。病気休職も、契約更新が見込まれる有期雇用労働者には、正社員と同様の制度適用を検討すべきと明記されています。
【実例】シフト作成も新人教育も行う現場責任者が「賞与ゼロ」
下記は筆者が関わった相談事例です(プライバシー保護のため、一部事実関係を変更しています)。
ある小売業で、勤続10年のパート社員Aさんが、正社員と同じ現場責任者を任されていました。シフト作成も新人教育もAさんの担当。それでも賞与はゼロでした。ある日、Aさんから理由を尋ねられた経営者は、こう答えます。
「パートさんだからね。ずっとこの運用でやってきたから」
このひと言で、Aさんは労働局への相談に踏み切りました。経営者は後に「10年間、誰からも言われなかったので、問題ないと思っていた」と話していましたが、指摘されなかったことは、適法であることの証明にはなりません。
この案件は、賞与規程の見直しと一定額の支給によって収束しましたが、失われた信頼関係は簡単には戻らず、スキルも経験も豊富だったAさんは、結局退職することになりました。
本丸は「採用の入口」にある
ここまでは賃金制度の話ですが、実務上のインパクトが大きいのはむしろ「採用」のほうです。
2026年10月1日以降に新たに雇い入れるパート・有期雇用労働者には、労働条件通知書に「正社員との待遇の相違の内容や理由などについて、説明を求めることができる旨」を明示しなければなりません。従来の昇給・賞与・退職手当の有無、相談窓口のほかに項目が加わります。
顧問先の経営者からは「様式を1枚直せば済む話ですよね?」と聞かれますが、そこで思考が止まると危険です。「明示する」とは、「聞かれることを前提にした制度」になったということなのです。
求人票に「軽作業スタッフ」と書きながら、入社後に正社員と同じ基幹業務を任せていては、待遇差の理由が説明できません。募集の段階で「どこまで任せるか」を線引きしておくことが、そのまま待遇差の合理的な理由になります。面接担当者や店舗ごとに説明がブレることも、それ自体がトラブルの火種です。
なお、説明を求めたことを理由とする不利益取扱いは禁止されています。
適用まで残り2ヵ月…いますぐ経営者が着手すべきこと
8月時点で未着手の企業は、優先順位をつける必要があります。
【8月中】
賞与・退職金・各種手当・休暇を一覧化し、支給目的を1行で書き出す
↓
【9月上旬】
説明のつかない差を洗い出し、就業規則・賃金規程への反映と労働者代表からの意見聴取を進める
↓
【9月中】
労働条件通知書の様式を差し替え、求人票の記載を実態に合わせる
特に「労働条件通知書」は、10月1日を1日でも過ぎれば新規採用ごとに違反リスクが生じます。ここだけは9月中の完了が必須と考えてください。厚生労働省からはモデル労働条件通知書やQ&A、リーフレットも公表されています。
今後「説明できない待遇差」は「採用コスト」になる
今回の改正に直接的な罰則はありません。しかし、それは「対応しなくてよい」という意味ではありません。
2026年7月の東京商工リサーチの調査では人手不足倒産が過去最高の63件※3に達し、人手不足と賃上げが常態化するなか、非正規雇用者の待遇は、すでにコンプライアンスの問題を超え、人材確保という経営課題そのものになっています。
※3 東京商工リサーチ『2026年7月「人手不足」倒産 過去最多の63件 賃上げ負担がジワリ広がる「人件費高騰」が2倍増』
(https://news.yahoo.co.jp/articles/45c0582e121902ddab778fffc98ce40c206bffa6)
説明できない待遇差を放置することは、訴訟リスクだけでなく「募集をかけても人が集まらない」という形で確実に跳ね返ってきます。
重要なのは、賞与の有無自体ではなく、「待遇差が不合理なものとなっていないか」という点です。正社員とパート社員とに待遇差がある場合は、その理由をパート社員へ明確に説明できるようにしておくこと。2026年10月まで残り2ヵ月、経営者に求められる対応のリミットが迫っています。
山本 達矢
社会保険労務士法人WILL
代表社労士
特定社会保険労務士
