そこに、文学への畏敬の念はあっても、憧れはなかった。

 大企業の社員として活躍できていればこの逃避ルートは存在しないわけで、私はいまだにその企業のオフィスがある市ケ谷駅周辺を歩くと、呼吸が浅くなる。途中で投げ出すように退職したことへの罪悪感もあるが、「もしも企画や営業職として働いていたらどうなったのか」という、もう一つの人生を想像してしまう。市ケ谷駅周辺のサラリーマンを見るたび、自分が歩めなかった人生が眩しく輝く。

 思うように活躍できなかったとしても、得意先から会社に戻る途中でうまい定食屋を見つけて、そこで力を蓄えてオフィスに戻ったりしたのだろう。当時はそういう姿にも憧れていた。総務部だった私は、5年間ずっと社員食堂に幽閉されていたからだ。

 市ケ谷駅から2分ほどのところに「うちの」という名前の古いとんかつ屋がある。100年以上の歴史を持つ精肉店が始めたその老舗に、最近、足を運ぶ機会があった。

 古くも清潔感がある店内では、ベテランの店員さんたちが静かな連携を見せている。協働が苦手だった私の目に、その阿吽(あうん)の呼吸が眩しく映る。

 多くの元同僚たちも、きっとここに通っているのだと想像した。もしかすると、隣に座ったスーツ姿の男性こそ、そうなのかもしれなかった。

 自ら絶ってしまったもう一つの人生を思いながら、限定50食のランチロース定食を食べた。隣の男性も同じものを食べていて、よくわからないが、ぐっと込み上げてくるものがあった。美味しかった。

 今だって幸せだ。でも、自分が馴染めなかった世界は、いつまでも眩しく輝くのだ。

<文/カツセマサヒコ 挿絵/小指>

※週刊SPA!2026年8月4日号より

―[すこしドラマになってくれ~いつだってアウェイな東京の歩き方]―

【カツセマサヒコ】
1986年、東京都生まれ。小説家。『明け方の若者たち』(幻冬舎)でデビュー。そのほか著書に『夜行秘密』(双葉社)、『ブルーマリッジ』(新潮社)、『わたしたちは、海』(光文社)などがある。好きなチェーン店は「味の民芸」「てんや」「珈琲館」