習近平の「企業いじめ」が止まらない…中国経済を自滅に追い込む「優等生からカネを巻き上げる」という末期症状

■狙われたのは“業界一の優等生”だった
7月25日、中国の国家市場監督管理総局(SAMR)は、ホテルや航空券の予約サイトを運営する旅行予約最大手トリップドットコム・グループ(携程集団)に対し、独占禁止法違反で行政処分を科したと発表した。処分額は罰金と違法収益の没収で51億7900万元(1元=約24円換算で約1250億円)に上る。
罰金は同社の2025年中国国内売上高の7.5%にあたる。2021年の大手IT企業のアリババグループの4%、生活サービスプラットフォームを運営する美団(メイトゥアン)の3%を上回り、独占禁止法(独禁法)違反の罰金比率としては過去最高である。
標的になったのは、経営難にあえぐ問題企業ではない。国内のオンラインホテル予約市場で5割超のシェアを握り、最も稼いでいた業界の優等生である。これを一企業の不祥事として聞き流してはいけない。習近平政権下の中国では、「稼ぐ企業ほど狙われる」構図がアリババグループ以来5年にわたって繰り返されているからだ。
なぜ、成功した企業から順に標的となるのか。そしてこの「企業いじめ」は、中国経済と、中国で商売をする日本企業に何をもたらすのか。答えの手掛かりは、当局自身が公表した処分の中身にある。
■稼ぎ頭を直撃した約1250億円の「鉄槌」
まず、当局の説明から事件を再構成しよう。国家市場監督管理総局(SAMR)が7月25日に公表した処分の概要によれば、トリップドットコムは2020年以来、中国国内のオンラインホテル予約市場で支配的な地位にあった。同社は提携ホテルを「特牌」「金牌」「無牌」の3等級に格付けし、そのうえで2種類の独占行為に及んだ。
第1に、最上位の「特牌」ホテルには最大限の集客支援と引き換えに独占提携を求め、競合する予約サイトとの取引を放棄させた。SAMRの調査によれば、この独占提携の実施率は90%を超えていた。
第2に、「金牌」「無牌」のホテルには「全ネット最安値」を義務づけ、契約でホテルの価格を直接書き換える権限まで握った。「金牌」ホテルに課された条件は、他サイトより20元、または販売価格の5%以上安くすることである。
他サイトの価格は常時監視され、高値が見つかれば「調価助手」などのツールで自動的に引き下げられる。従わないホテルには、検索露出の制限や、預けさせた保証金の差し引きという罰が待っていた。
処分は4本柱で構成される。違法行為の停止命令、ホテルから強制的に差し引いた保証金1億2200万元の全額返還、違法収益16億5800万元の没収、そして2025年の中国国内売上高469億5800万元の7.5%にあたる罰金35億2100万元だ。

■“共産党の機関紙”が名指しで批判
中国のオンライン旅行業界に対する独禁法摘発の第1号案件であり、プラットフォーム企業から違法収益の没収にまで踏み込んだのも初めてである。SAMRは、トリップドットコムの行為が業界の「内巻式競争」(値下げ合戦による消耗戦)を激化させたとまで非難している。
翌26日付の中国共産党機関紙・人民日報は、「トリップドットコム独占案の摘発は反独占・反『内巻』の強烈なシグナルを放つ」と題した論評を掲げた。過去最高比率のこの罰金は全プラットフォーム企業への警告であり、どんな独占も「反独占の利剣」からは逃れられない。そう宣言する内容である。
会社側は「誠実に受け入れ、断固として従う」と即日恭順した。問題の「調価助手」に至っては、処分に先立つ今年3月、当局の指導を受けて取り下げていた。
トリップドットコムは世界220以上の国・地域で予約サービスを展開し、日本人の海外旅行にも、訪日客を待つ日本の宿にも深く食い込んでいる。中国国内の一件として片づけられる話ではない。
■「25%超の手数料」に苦しんだ民宿経営者
公平のために言えば、認定された行為そのものは国際的にも問題視されてきた類型である。「自社サイトを含むどの販路でも、この予約サイトより安く売ってはならない」とホテルを縛る条項は、最恵国待遇(MFN)条項ないし価格同等性条項と呼ばれる。後発サイトが安値や低い手数料を武器に挑戦する道を塞ぎ、競争を凍結させる仕掛けだ。
ドイツの連邦カルテル庁は2015年、宿泊予約世界大手ブッキングドットコムの最低価格条項を禁止した。欧州連合(EU)の司法裁判所も2024年9月、この種の条項は当然に適法とはいえず、個別に競争制限性を審査すべきだとの判断を示している。日本でも公正取引委員会が2019年、楽天トラベルなど宿泊予約サイト大手3社を独禁法違反の疑いで調査し、楽天は同等性条項を修正した。
被害の実態も生々しい。7月27日付の新華社通信の記事は、「トリップドットコムでの販売価格は他のチャネルより低くせよと求められ、手数料は当初の10%程度から一部の部屋で25%超に上がり、純利益は5%に満たない」という雲南省大理の民宿経営者の証言を紹介した。
中国メディアの取材でも、複数のホテル関係者が、調価助手は事業者の確認なしに客室価格を書き換え、「下げるだけで、上げることはない」ツールだったと証言している。
米欧日の当局が現に取り締まり、事業者の悲鳴も本物である以上、今回の摘発を「言いがかり」と切り捨てることはできない。それでも、本質的な問いは残る。違法かどうかではなく、いつ、誰に、どの強さで法を適用するかが、当局の胸三寸で決まっているのではないか。

■その寡占を育てたのは当局自身だ
問いを解く鍵は、時系列にある。トリップドットコムの市場支配には、当局公認とも言うべき形成史があるからだ。
2015年10月、同社(当時シートリップ)は中国検索最大手の百度(バイドゥ)との株式交換で、最大の競合だった旅行検索大手の去哪児(チューナー)を実質的な支配下に置いた。百度はトリップドットコムの筆頭株主となり、オンライン旅行市場は事実上の一強体制になった。
当局はこの統合に待ったをかけなかった。当時の中国は「互聯網プラス(インターネット・プラス)」を国家戦略に掲げ、プラットフォーム企業の膨張を成長の起爆剤として後押ししていたからである。
当局自身が「2020年以来」と認定した違法行為は、つまり6年間放置された。2015年に完成した一強の寡占にいたっては、10年間、国の独禁執行が一度も触れていない。SAMRが重い腰を上げたのは、苦情や告発が相次ぎ、2025年に貴州省当局が約談(呼び出し指導)し、鄭州市当局が改善命令を出した後の、今年1月14日のことである。
太らせるだけ太らせておき、経済が減速して財政が苦しくなった局面で、過去にさかのぼって「乱用」を認定し、稼ぎに比例した罰金を徴収する。これは競争法の執行というより、収穫期を国家が選ぶ「刈り取り」に近い。この時系列にこそ、「企業いじめ」と呼ぶべき本質がある。
■「約3000億円の罰金」を科したことも
実は、中国では以前も企業に対する同様の制裁が下されたことがある。2021年4月、当局は電子商取引最大手のアリババ集団に、独禁法違反で182億元(当時のレートで約3000億円)の罰金を科した。
野村総合研究所・木内登英氏のコラムによれば、罰金は同社の2019年中国国内売上高の4%で、独禁法違反としては中国で過去最大だった。
問題とされた「二者択一」、すなわち出店者に競合サイトとの取引をやめさせる慣行も、長年公然と行われながら放置されてきたものである。同コラムは、新産業を当初は放任し、問題が深刻化してから管理を強化する当局の常とう手段を「先放後管」、いわば「後出しじゃんけん」と評した。
摘発の引き金も象徴的だった。創業者ジャック・マー(馬雲)氏が2020年10月に金融規制を公然と批判した直後、マー氏が実質的に率いていたアント・グループの史上最大規模の新規上場が突然停止されたのである。
以後、出前サービス最大手の美団に独禁法違反で約34億元(2021年)、当局の慎重論を押し切って米国上場を強行した配車最大手の滴滴出行にデータ関連法違反などで約80億元(2022年)と処分が続き、「共同富裕」の号令の下でアリババとテンセントはそれぞれ1000億元規模の拠出を表明させられた。
今回の罰没総額は、中国のネット大手への行政処分としてはアリババ、滴滴、アント・グループに次ぐ4番目の規模である。独禁法違反に絞れば、アリババ、2015年の米クアルコム(約61億元)に次ぐ3番目にあたる。
景気が減速し、政権が財源と統制を必要とするタイミングで、稼ぎ切った企業が事後的に標的となる。トリップドットコムへの処分は、5年前に確立された型の忠実な反復である。

■民間投資は減り、外資はピークの4分の1
こうした統治の代償は、すでにマクロ統計に刻まれている。中国国家統計局が1月に公表した統計によれば、2025年の全国固定資産投資は前年比3.8%減、うち民間固定資産投資は6.4%減だった。
2月28日に配信された日本経済新聞の記事によれば、投資全体に占める民間の比率は、統計をさかのぼれる2013年以降で初めて50%を割り込んだ。国有が民間を押しのける「国進民退」は、もはや傾向ではなく統計上の事実である。
外資の萎縮はさらに鮮明だ。2月に配信された共同通信の記事によれば、国家外貨管理局が公表した2025年の国際収支統計で、外資の対中直接投資は765億ドル(約11兆7000億円)だった。
記録的な低水準だった2024年の186億ドルからは持ち直したものの、ピークだった2021年の3441億ドルと比べれば4分の1以下にとどまる。
投資とは、将来のルールが予見できるという信頼への賭けにほかならない。6年間黙認された商慣行が、ある日突然、売上高の7.5%の罰金に化ける国で、リスクを取って規模を追う経営者は着実に減っていく。民間投資と外資の統計は、内外の経営者による集合的な「回答」なのだ。
■なぜ「稼ぐ企業ほど狙われる」のか
中国において、なぜ稼いでいる企業ほど制裁の対象になりやすいのか。
理由は3つある。第1に、財源である。不動産不況で地方政府の土地譲渡収入はピークだった2021年からほぼ半減し、地方財政は逼迫している。罰金と没収は、増税より速く抵抗も少ない即効財源だ。
2024年8月に配信された日本経済新聞の記事によれば、中国の地方政府の罰金収入は2023年に8兆円弱と、10年で2倍超に膨らんだ。中国財政省の集計でも、2024年の罰没収入は前年比14.8%増と2桁の伸びを保った。
地方当局が管轄外の他省まで出向いて民営企業の資産を差し押さえる「遠洋捕撈(遠洋漁業)式」と揶揄される営利目的の法執行も社会問題化し、中央政府が是正の特別行動に乗り出す事態にまでなった。
この圧力もあり、罰没収入の伸びは2024年中に四半期を追うごとに鈍り、10〜12月期にはマイナスに転じた。乱獲へのブレーキは踏まれ始めたが、財政が罰金に頼る構造そのものは残っている。
第2に、統制である。巨大プラットフォーム企業は数億人分の決済、移動、宿泊のデータと世論への影響力を握り、共産党にとって潜在的な権力の競合相手となる。「大きすぎて党の言うことを聞かない」存在に育つ前に、序列を定期的に思い出させる必要があるのだ。
■「見せしめ」による恐怖政治
第3に、見せしめである。業界最大手を過去最高の料率で罰すれば、残る各社は通達を待たずに自主的に恭順する。実際、アリババも今回のトリップドットコムも、不服を申し立てる構えすら見せなかった。反論すれば次に何が来るかを、全員が知っているからである。
3つに共通するのは、稼ぐ企業ほど、財源としても、統制対象としても、見せしめとしても「価値が高い」という倒錯した論理だ。当局は今回の摘発を、政権が2024年末から掲げる「内巻式競争の総合的な是正」や「常態化した監督」の一環だと説明する。
だが看板が何に変わろうと、摘発が景気後退局面に集中し、最も稼ぐ企業に向かうという規則性は変わらない。この国では、合法的に成功しすぎること自体がリスクになる。
政権も民営企業の重要性は百も承知である。中国政府自身、民営経済は税収の約5割、国内総生産(GDP)の約6割、都市部雇用の約8割を担うと繰り返し認めてきた。
2025年11月に配信された日本貿易振興機構(ジェトロ)のビジネス短信によれば、習近平国家主席は2025年2月の民営企業座談会で支援策の実施を指示した。5月には民営企業の権益保護をうたう「民営経済促進法」が施行され、11月には国務院が民間投資促進の13項目の措置まで打ち出している。座談会には馬雲氏らも顔をそろえていた。

■習近平が「企業いじめ」をやめられない理由
それでも翌年7月、過去最高料率の罰金である。思えば2018年にも習氏は民営企業座談会を開き、「民営企業と民営企業家はわれわれの身内だ」と支援を誓っていた。誓いは繰り返されるが、摘発も繰り返される。
この分裂は、個々の政策の迷走というより、体制の構造に根差している。米国の政治学者バリー・ワインガストは、市場経済が抱える根本的な政治のジレンマをこう要約した。財産権を守れるほど強い政府は、市民の財産を奪えるほどにも強い、と。
権力を縛る独立した司法も議会も持たない中国では、「もう狙わない」という党の約束を保証する仕組みがそもそも存在しない。支援策や法律をいくら積み上げても、信用は積み上がらない。むしろ予測不能であること自体が、企業を萎縮させて従わせる統制の道具になっている。
成長のためには民営企業を励まさざるを得ず、統制のためには時折殴りつけざるを得ない。そして景気が悪化するほど財源と統制の必要は高まり、締め付けが強まり、投資が萎縮してさらに景気が悪化する。この自己強化的な悪循環こそ、中国経済を蝕む「末期症状」である。処方箋を書けるのは党だけだが、その党こそが病因なのだ。

■日系企業は「二重に狙われる」立場にある
この構図は、すでに外資にも及び始めている。SAMRは2025年2月に米グーグルへの独禁法調査を開始し、同年9月には米半導体大手エヌビディアについて独禁法違反の疑いがあると暫定的に認定した。米国の半導体輸出規制への対抗の色が濃いが、その道具に独禁法が選ばれたこと自体、法の執行が政治に従属していることを物語る。
日本企業も例外ではない。2025年7月に配信されたジェトロのビジネス短信によれば、中国側の統計から見た2024年の日本から中国への直接投資実行額は前年比46%減の21億ドルと、さかのぼれる2005年以降で最低となった。対中投資全体に占める日本の構成比は1.8%まで縮み、国・地域別の順位も前年の4位から7位に後退している。
しかも日系企業は、独禁法に加えてデータ関連法制や2023年施行の改正反スパイ法という重層的な規制網の下で事業を営んでいる。稼げば財源として、外資であれば外交カードとして狙われる。素地を二重に抱えているのだ。現場が求めてきたのは優遇ではなく規制運用の予見可能性だが、今回の処分はその期待を裏切った。
稼ぐ企業ほど狙われる国で、誰が投資をするのか。10年かけて太らせておいて、実った瞬間に売上高の7.5%を刈り取る国に、進んで種をまく者はいない。トリップドットコムへの約1250億円の処分は、一つの独禁法事件である以上に、この問いを世界中の経営者と、中国に踏みとどまる日本企業に突きつけた。
中国が自らこの答えを変えない限り、支援策をいくら重ねても、資本は戻ってこない。
----------
伊藤 隆太(いとう・りゅうた)
政治学者
DiploSight / NovaPillar Advisory LLC, Strategic Consultant.博士(法学)。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。同大学大学院法学研究科後期博士課程修了。慶應義塾大学・広島大学助教、日本国際問題研究所研究員等を経て今に至る。Co-Chairs of the IPSA Research Committees (RC12)、APSA Committee of Best International Security Article等を歴任。単著論文はInternational Affairs誌に‘Hybrid Balancing as Classical Realist Statecraft’ (2022)、‘Hubris Balancing’ (2023)、International Relations誌に‘A Neoclassical Realist Model of Overconfidence and the Japan-Soviet Neutrality Pact in 1941’ (2023)、‘Outrage Balancing’ (2026)、単著研究書は『進化政治学と国際政治理論』(芙蓉書房出版、2020)、『進化政治学と戦争』(芙蓉書房出版、2021)、『進化政治学と平和』(芙蓉書房出版、2022)、編著研究書に『インド太平洋をめぐる国際関係』(芙蓉書房出版、2024)等がある。
----------
(政治学者 伊藤 隆太)
