富士総合火力演習であいさつする小泉防衛相

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 2026年7月21日、イギリスの首都ロンドン。同国南部のファンボローで世界最大級の国際航空ショーが熱気を帯びるなか、小泉進次郎防衛大臣は、イギリス、イタリア、そして、カナダの国防相とともにフラッシュの閃光を浴びていた。【増田剛/政治・外交ジャーナリスト、元NHK解説委員】

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「同志国連携のネットワークを拡大するものだ」

 4カ国の大臣による共同記者会見。この晴れがましい場で小泉氏が力強く宣言したこの時、日本・イギリス・イタリアの3カ国が推進する次世代戦闘機開発計画「GCAP(ジーキャップ・グローバル戦闘航空プログラム)」、すなわち、日本における「F3」計画に、カナダがオブザーバーとして正式に参加することが発表された。将来の購入を前提に、開発段階から情報共有を行う、この枠組みへのカナダの参画は、GCAPが世界の次世代戦闘機市場で「ひとり勝ち」の状況となり、「戦闘機覇権」を握ったことを印象づける歴史的なシーンとなった。

富士総合火力演習であいさつする小泉防衛相

 なぜ、「戦闘機の絶対王者」であるアメリカ製ではなく、日本主導のGCAPに世界中の熱視線が注がれるのか。その背景には、欧州が長年追い求めてきた「独自の防衛網構築」という壮大な夢の崩壊と、日本政府による執念のトップ外交があった。

「FCAS」を“頓挫”させた主導権争い

 時計の針を1カ月ほど巻き戻す。2026年6月10日、フランスのエマニュエル・マクロン大統領とドイツのフリードリヒ・メルツ首相は、フランス・ドイツ・スペインが共同で進めていた次世代航空戦力構想「FCAS(将来戦闘航空システム)」の中核である第6世代戦闘機の開発計画を中止することを正式に表明した。アメリカの軍事力、とりわけ米国製兵器への依存から脱却し、欧州の「戦略的自立」を象徴するはずだったメガプロジェクトは、完成を見ることなく泥沼の中で頓挫したのである。

 なぜFCASは崩壊したのか。その最大の要因は、国家間の政治的エゴと、産業界トップ同士の醜い主導権争いにある。フランス側の代表であるダッソー・アビアシオンは「戦闘機開発は、単一企業が主導しなければ成功しない」と豪語し、機体設計などの主要部分において約80%という圧倒的なシェアを要求した。対するドイツ・スペイン側のエアバス・ディフェンス&スペースは「共同開発である以上、権限は平等であるべきだ」と猛反発した。知的財産権(IP)や技術移転を巡る両者の対立は、両国政府による幾度もの調停をも跳ねのけ、修復不可能なレベルにまで達していた。

 さらに致命的だったのは、仏独両国が次世代戦闘機に求める「根本的なニーズの不一致」である。フランスの要求は、自国の独自の核抑止戦略に基づく空中発射型核ミサイルの運用能力、次世代空母での運用、そして、アフリカや太平洋の旧植民地など遠隔地への展開能力であった。つまり、「自国の主権」と「独自の戦略」を何よりも優先したのだ。

 一方、ドイツの要求は、NATO・北大西洋条約機構の枠組みを重視した欧州本土の防空任務であった。加えて、すでに自国での導入を決定している米国製の第5世代戦闘機「F35A」との高度な相互運用性が重視されていた。

 水と油のようなこの要求を、たった一つの機体に詰め込もうとした時点で、設計上の破綻は約束されていたと言っていい。今後、FCASの枠組みで培われたAI搭載の無人僚機や、戦術データを共有する「戦闘クラウド」などのネットワーク技術は、個別の防衛テクノロジーとして存続する可能性は高い。しかし、それらを束ねるはずだった「最強の有人戦闘機」の姿は、永遠に幻となったのである。

高市首相の「直談判」

 FCASの自滅により、西側諸国において、「実現可能性の高い唯一の第6世代戦闘機計画」として残ったのが、日英伊によるGCAPである。だが、数か月前までGCAP陣営も、決して手放しで喜べる状況にはなかった。共同開発の屋台骨を揺るがしかねない「暗雲」、すなわちイギリスの深刻な財政難による資金枯渇の危機が迫っていたからだ。

 今年4月、日英伊3カ国政府による国際機関「GIGO(ジャイゴ)」は、次期戦闘機の設計・開発を担う合弁会社「エッジウィング」(日本の三菱重工業などが参加するJAIEC、英BAEシステムズ、伊レオナルドが出資)と最初の契約を締結した。しかし、イギリス側が長期の資金拠出額を確定できなかったため、6月末までの3カ月間の短期契約という、不安定な「見切り発車」に留まっていたのだ。

 このイギリスの足踏みに対し、最も強い危機感を抱いていたのが日本である。そこには、日欧間における「切迫度の温度差」が存在する。英伊の主力戦闘機であるユーロファイターの退役が「2040年代前半」からであるのに対し、日本の航空自衛隊が運用するF2戦闘機は「2035年」から順次退役が始まる見通しだ。F2は現在、百里基地(茨城県)と築城基地(福岡県)に拠点を構え、対領空侵犯措置などを担う日本の防空力の要である。

 F2の後継となる次期戦闘機「F3」の開発・配備が遅れれば、老朽化したF2を延命させるための莫大な追加投資が必要となるだけでなく、日本の防空体制に致命的な「穴」が空く。中国が第5世代のステルス戦闘機「殲20(J20)」の量産と配備を急ピッチで進めるなか、「GCAP(=「F3」開発計画)は1年の遅れも許されない」というのが防衛省の偽らざる本音である。

 だからこそ、日本政府はトップ外交という最大のカードを切った。6月14日、G7サミット出席を前にロンドンを訪問した高市早苗総理大臣は、イギリスのスターマー首相(当時)との日英首脳会談に臨み、GCAPに向けた長期の資金拠出の確約を直接働きかけたのである。

 このトップ会談が功を奏し、事態は一気に動く。7月3日、GIGOとエッジウィングは、2027年度末までに約1兆円の開発資金を投じる長期契約を締結した、と発表した。今後は、戦闘機に盛り込む機能を絞り込み、2035年の配備を目標とする本格的な開発段階に入る。まさに薄氷を踏む思いで「2035年のデッドライン」を死守する体制が整ったのである。

押し寄せる「オブザーバー国」

 長期契約にこぎ着けたことで、GCAP陣営は開発と並行してセールスにも目を向け始めている。巨額の開発費を回収し、量産効果で一機あたりの単価を下げるためには、輸出先の開拓が急務だからだ。その第一弾として白羽の矢が立ったのが、カナダである。

 7月20日からイギリス南部のファンボローで開催された国際航空ショーにあわせ、小泉進次郎防衛大臣が現地を訪問した。翌21日には、日英伊カナダの4か国国防相会談が行われ、GCAPにオブザーバーとしてカナダが加わることが正式に発表された。小泉大臣は会談後、「同志国連携のネットワークを拡大するものだ。第三国との協力も視野に入れながら、日英伊で緊密に連携していくことを確認した」と力強く述べている。

 オブザーバー制度とは、将来の機体購入を前提に、秘密保全義務を課した上で、開発段階から随時、次期戦闘機の性能や開発企業の枠組みに関する情報を共有する仕組みである。カナダは自国で開発費を負担することなく次期戦闘機の調達を検討でき、日英伊にとっては量産機が完成する前から将来の有望な輸出先を囲い込めるという、双方にメリットのある枠組みだ。次期戦闘機の開発には巨額の費用が必要で、販路の広がりは、日英伊にとって、将来、費用負担を削減できるメリットがあるのだ。さらに日本側からすれば、同志国のカナダとの安全保障における協力関係を深める契機になるという期待もある。

 関心を寄せているのは、カナダだけではない。GCAPを統括するGIGOトップの岡真臣氏は、「10カ国超が開発の状況に関心を示している」と話している。FCASの枠組みの一員だったスペインや、オブザーバー参加していたベルギーが早くもGCAPへの関心を示したのをはじめ、インド太平洋地域からはオーストラリアやシンガポール、さらには、北東欧のスウェーデンやポーランドなども関心を持つとされている。そして、導入する国が増えれば増えるほど、自衛隊との共同訓練や、維持・整備面での協力が円滑になるという利点があるのだ。

 GCAPは、アメリカのロッキード・マーティン社製の第5世代戦闘機、F22やF35を超える第6世代戦闘機という位置づけである。第6世代機の場合、機体そのものの運動能力だけでなく、周囲に展開する複数の無人機(ドローン)をAIで統制する「チーミング」能力が決定的に重要であり、その性能を決定づける。日本陣営は、将来的に300機規模と見込まれる導入機数を生かし、このデータ連携時代において世界市場で先手を打つ構えだ。

 背景には、同盟国であるアメリカの「戦闘機覇権」の後退もある。トランプ政権は次世代戦闘機「F47」の開発を公表したものの、そのアメリカ・ファースト(自国第一主義)への不安から、同盟国などとの具体的な協議は一向に進んでいない。東アジアや欧州の安全保障に対するアメリカの関与が相対的に低下するなか、中露の軍事的脅威に対抗するためには、米国への依存を減らしつつ同志国間で防空能力強化の負担を分かちあう、次世代戦闘機の共同開発が、まさに時代の要請となっているのだ。

「ドイツ合流」という罠

 こうして見ると、FCASが崩壊したことで、GCAPが「ひとり勝ち」の状況を謳歌しているように見える。だが、日本政府の顔色は、明るさばかりではない。順風満帆に見える計画の背後で、新たな、そして、少々厄介な懸念が浮上しているからだ。それが、欧州独自の戦闘機開発の道を絶たれたドイツの「合流問題」である。

 イギリスやイタリアには、資金力を持ち、欧州防衛の中核を担うドイツのGCAPへの参加を期待する声が少なからず存在する。しかし日本側は、これに強い警戒感を抱いている。ある防衛省幹部は「仮にドイツがGCAPに参加する場合は、完成機の購入だけでなく、開発への参画も希望するだろう」と予測する。そして、もしドイツが開発の意思決定プロセスに加われば、これまでの3カ国体制における絶妙な生産分担とスピード感が根底から崩れ去る危険性があるのだ。

 開発への参加国が増えれば増えるほど、各国の機体への要求は複雑化し、意思決定は遅れる。「船頭多くして船山に登る」状態に陥れば、それこそ、崩壊したFCASと同じ轍を踏むことになる。前述の通り、日本には「2035年配備」という譲れないデッドラインがある。防衛装備庁内では、開発期間を短縮するために試験用の機体を増やして複数の試験を同時進行させる案まで浮上しているほど、スケジュールは逼迫しているのだ。もしドイツの参画によって、結果的に計画が数年でも遅延すれば、日本の防空能力に致命的な「穴」があき、増強を続ける中国の航空戦力に対して圧倒的な劣勢に立たされることになる。

 日本政府内では、今秋に調整が進められている日独首脳会談において、ドイツ側からGCAPへの合流について「何か言われるのではないか」(別の防衛省幹部)との懸念さえ出ているのだ。

 欧州の夢であったFCASが、参加国のエゴの衝突によって崩れ去り、奇しくも日本主導のGCAPが西側世界における次世代戦闘機のグローバル・スタンダードになろうとしている。しかし、それは同時に、各国の思惑と利権がGCAPに集中することを意味する。世界の防衛市場を席捲する可能性を秘めた「F3」の命運は、今や機体の性能だけでなく、忍び寄る各国のエゴをいかにコントロールし、2035年という期限に間に合わせるかにかかっている。真の「ひとり勝ち」を実現できるかどうか、日本政府のしたたかな外交手腕とリーダーシップが、今まさに問われている。

増田剛(ますだ・つよし)
政治・外交ジャーナリスト。1970年生、東京都生まれ。一橋大学法学部卒業後。92年にNHK入局。政治部記者、ワシントン特派員、解説委員、NHKワールド編集長を歴任。主な著書に『次期戦闘機の政治史 選定過程にみる日米欧の攻防』(千倉書房・日本防衛学会猪木正道賞特別賞受賞)。

デイリー新潮編集部