広島テレビ放送

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 原爆投下からまもなく81年です。広島テレビは、長崎国際テレビ、読売新聞、広島大学平和センターと共同で、被爆者100人にアンケートを実施しました。主な内容は「核兵器使用の可能性」や「次世代への継承」などです。

 核兵器の使用の可能性について「高まっている」と答えたのは、77パーセント。一方「高まっていない」が6パーセントでした。
 原爆で家族を失い、あの日「地獄を見た」と語る被爆者も核兵器使用への危機感を強めています。

■内藤慎吾さん
「暑いよ~。」
Qご体調はいかがですか。
「これ以上はようならんだろう。」

 8月6日の原爆の日を前に平和公園を訪れた内藤慎吾さん。

■内藤慎吾さん
「私にとっては原子爆弾という核兵器は絶対に使用してはいけない、廃絶してもらいたい。」

 あの日、小学一年生だった内藤さん。両親と5人兄弟の7人家族でした。爆心地から1.7キロにあった自宅。

 庭に出てしゃがんだ瞬間でした。

■内藤慎吾さん
「ドーンドガーンというようななんとも言えないものすごい大音響でしたけど、それと同時に体がパーンとあの後ろから強烈な爆風で吹き飛ばされてね。」

 ケガはなかったものの街は変わり果てていました。

■内藤慎吾さん
「まさに地獄の状態でしたね。」
「母親は弟と妹を瓦礫の下からすくい出して、もう弟も血まみれだったんです けどね。それを両脇に抱えて。父親は家の庭で強烈な熱線を浴びて全身おおやけどですから、 まさに頭のてっぺんから足の先まで真っ黒焦げになっていたんですけど。」

 原爆で、次々と家族を失いました。戦後、育ててくれた母親も被爆から8年後に他界。内藤さんだけが残されました。

■内藤慎吾さん
「原爆の怖さ憎さ、それは家族を全部亡くして奪われてしまった んですからね、その気持ちはもう憎む気持ちはいつまでも消えないです。だからといって憎み続けとったんじゃ平和はやってこないんですよね。」

 同じ悲しみを誰にも味合わせないために。辛い記憶を83歳から語り始めました。

 被爆体験の継承にも尽力してきました。AI=人工知能を活用し、被爆者と対話形式で証言を聞くことができる装置の制作にも協力しました。

■内藤慎吾さん
「地球上でもう二度と核兵器を使っちゃいけないんだと訴えたい。だから証言をするんだというそれをとにかく感じとってもらって、若い人たちは何をすればいいかということをね、みんなで話し合ってもらえばいいと思ってるんです。」
 
(スタジオ)
 内藤さんも取り組んでいたAIやVRといった先端技術を活用した被爆体験の継承。「有効だと思う、少し思う」と答えたのは7割を占めました。

 一方「次世代への継承」に危機感を抱く人は、65パーセントと半数を超えました。理由は「被爆者の高齢化などで、継承活動が難しい」という回答が最多でした。継承に必要な取り組みとして、最も多かったのは、「被爆への理解を深める学校教育の強化」でした。

 まもなく81回目の原爆の日を迎えます。核の脅威が高まる今だからこそ、被爆の記憶をつなぎ続けることの大切さが改めて問われています。

【2026年7月30日放送】