「右だ左だ、ロックンロールの前では無力だぜ!」人気バンドのフジロックMCに賛否…誰もが他人の言葉を裁く“検閲ごっこ”が広がる社会への違和感
フジロックでのHi-STANDARDのMCが話題になっています。「敵は横にはいない。横にぶつかってばかりじゃなくて上に行きたいよね」、「色んな思想はあるけど、右だ左だ、ロックンロールの前では無力だぜ!」などの発言が、本来は反権力であるべきパンクの精神にそぐわないと指摘されているのです。
哲学者の斎藤幸平氏は自身のXアカウントで「クソダサかったですね」と痛烈に批判。同じフジロックのステージに立ったイギリスのユニット「マッシヴ・アタック」の政治的に鋭い演出とは対照的だったなどの声もあがっています。
ロックと政治をめぐっては、海外でも意見が分かれています。トランプ大統領への批判をくり返すブルース・スプリングスティーンに対して、ミック・ジャガーが「客は政治的な説教を聞くためにコンサートに来るわけではない」と間接的に反論するなど、こちらも考え方は様々です。
今回のHi-STANDARDは、ミック・ジャガー寄りの立場からの表明だったと言えるでしょう。
◆「ロック=反権力」は必ずしも絶対ではない
では、彼らの言っていることに何か決定的な間違いがあったかと言われれば、なかったとしか言えません。批判する人たちからすれば、「ハイスタは認識が甘い」ということになるのでしょう。しかし、MCなんてコンサートのオマケみたいなもの。にもかかわらず、ちょっとした発言が音楽そのもの以上に厳しい監視の目にさらされてSNSで拡散されるような昨今の状況は、少々異常です。
そもそも、本当にロックは反権力であり、常に政治的なステートメントを明確にしなければならないのでしょうか?
そうした考えを否定していたのが、ボブ・ディランでした。彼は詩や曲を書くことは、社会をよりよくすることとは何の関係もないと断言しています。
<詩人はPTAに出席しない。詩人は、そうだな、例えば住宅改善事務局の前でピケを張ったりしない。>(『インスピレーション』 ポール・ゾロ 丸山京子 訳)
もちろん、ハイスタとボブ・ディランを同列に置きたいのではありません。ただし「ロック=反権力」も必ずしも絶対ではない。反権力は、音楽の土台ではないということなのです。
もちろん、そのようなメッセージを持つ素晴らしい音楽が数多く存在していることは事実です。しかし、そうだとしても主張より先に音楽があるから、その曲は素晴らしいのです。
