プーチン大統領の胸中は

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 2022年2月24日、午前6時から始まったテレビ演説で、ロシアのプーチン大統領は「ウクライナで特別軍事作戦を開始する」と表明した。国内世論を刺激しないよう「戦争」の言葉は避け、「特別軍事作戦」と矮小化した。しかし実態は紛れもないウクライナ侵略作戦であり、その最高指揮官はプーチン大統領本人。その地位は“シビリアン・コントロール(文民統制)”を実現するためのものではない。プーチン大統領は文字通りロシア軍のトップとして、最前線の作戦にも細かく命令することで知られている。(全3回の第1回)

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 ロシア軍のウクライナ侵攻が始まってから約1カ月後の3月、イギリスの高級紙・ガーディアン(電子版)は「プーチン大統領はウクライナ侵攻の戦略的な作戦判断にまで関与しているのか?(Is Putin involved in strategic battlefield decisions in Ukraine invasion?)」との記事を配信した。

プーチン大統領の胸中は

 記事では西側の軍事当局者の話として、「プーチン大統領は、本来なら大佐や旅団長レベルの戦術判断にまで介入している」と報じている。

 では、ここで時計の針を一気に現在に戻そう。プーチン大統領が今も陣頭指揮を取っているロシア軍はどんな状態になっているのか。

 まず5月にイギリスの情報・サイバーセキュリティ機関である「政府通信本部(GCHQ)」はロシア軍の戦死者が約50万人に達したと発表した。

 7月にはアメリカシンクタンク・戦争研究所(CSIS)がロシア軍の戦死者・負傷者・行方不明者の合計は140万人で、うち戦死者は約40万人から45万人と推計した。担当記者が言う。

「イギリスの公共放送であるBBCも、ロシア軍の戦死者数を検証する調査報道を実施しました。調査会社などの協力を得て、ネット上の電子告示やSNSで得られる情報を活用したのです。具体的には役所の戦死公報や、裁判所などにおける戦死による相続関係の公示、さらに『息子が戦死した』、『戦死した息子の葬儀を行う』といったSNS上の投稿などを丁寧に集め、名前が確認できた戦死者を一人ひとりカウントしました。すると20万人台に達したため、ロシア軍の戦死者は約33万から48万人に達すると推計したのです。こうなると45万人や50万人という数字も信頼性の高い数字と考えられます」

戦死者50万人は異常事態

 これは戦死者の数として極めて異常だ。例えば1990年の湾岸戦争では、アメリカ軍の戦死者は294人、イラク軍は約2万人から3・5万人と推定されている。また2003年のイラク戦争でイラク軍の戦死者数は1万人前後と見られている。

第二次世界大戦後、50万人を超える戦死者を出した軍隊は、ほとんどありません。死傷者の極めて多かった戦争は朝鮮戦争、ベトナム戦争、イラン・イラク戦争の3つと言われています。それぞれの戦死者を見てみましょう。朝鮮戦争は韓国軍が13・7万人、アメリカ軍は3・3万人。北朝鮮軍は21万人から31万人、中国軍は19・7万人。ベトナム戦争はアメリカ軍が5・8万人、南ベトナム解放民族戦線が20万人から25万人、北ベトナム(ベトナム民主共和国)軍が84・9万人。イラン・イラク戦争はイラン軍が20万人から30万人、イラク軍が10万人から20万人だと推計されています。つまり、第二次大戦以降、軍人の戦死者が50万人を超えたのは北ベトナム軍と今回のロシア軍だけなのです」(同・記者)

 当時、北ベトナム軍の最高司令官はヴォー・グエン・ザップ将軍。そして今のロシア軍はプーチン大統領であることは冒頭で見た通りだ。

 ベトナム戦争はフランスの植民地支配からの独立戦争として始まり、最終的にはアメリカの軍事支配を排除して国家統一を成し遂げた。

プーチン大統領こそ“愚将”

「ヴォー・グエン・ザップ将軍を“名将”と評価する軍事史家もいます。しかし戦死者があまりにも多いことから“愚将”という批判も少なくありません。一方、プーチン大統領が開始したウクライナ侵攻は文字通りの侵略戦争であり、“正義”はどこにもありません。2014年にウクライナの親ロ政権が崩壊するとプーチン大統領はクリミア半島に軍事介入、一方的併合を行いました。さらにウクライナ全土を手中に収めようとしたのが2022年の侵攻であり、領土的野心に基づいた侵略戦争です。自国の軍隊に国際法違反の侵略戦争を命じながら、50万人の戦死者を出した最高責任者がプーチン大統領です。この数字を見れば、戦史上稀に見る“愚将”と非難されても仕方がありません」(同・記者)

 軍事ジャーナリストは「プーチン大統領は“特別軍事作戦”を裁可しました。その際、大統領が致命的な判断ミスをしてしまったことが、ロシア軍が桁外れの戦死者を出した大きな原因の一つです」と指摘する。

「ロシア軍がウクライナ侵攻作戦を開始した際、成否の鍵を握るのは空からヘリコプターなどで首都キーウを急襲した空挺部隊と特殊部隊でした。空挺部隊はアントノフ国際空港の制圧を目指し、特殊部隊は大統領府でゼレンスキー大統領を殺害しようと襲いかかりました。つまりアメリカ軍がベネズエラで行った特殊作戦、いわゆる斬首作戦を実施しようとしたのです」

教訓を学ばないプーチン大統領

 この急襲作戦が成功していれば、あっという間にロシアがウクライナ全土を占領したとしても不思議ではなかったという。

「アントノフ国際空港をフル活用すればロシア軍の補給が容易になりますし、ゼレンスキー大統領を殺害すればウクライナ国民の士気は喪失したでしょう。しかしロシア軍特殊部隊が大統領府を急襲した際、ゼレンスキー大統領は自動小銃を手に最後まで応戦する覚悟を示しました。ウクライナ軍は必死に持ちこたえ、やがて特殊部隊も空挺部隊も共に撃退します。アントノフ国際空港はロシア軍の地上部隊が再攻撃を行いましたが、やはり最終的には敗退しています。実は空挺作戦の成功率は極端に低いのです。そもそもロシア軍には帝政ロシア時代から延々と続く敗戦の歴史があります。なぜ負け続けるのか、それは敗戦の教訓に学ばないからでしょう。プーチン大統領も例外ではなく、例えば2008年の『ロシア・ジョージア戦争(南オセチア紛争)』で得た貴重な戦訓をウクライナ侵攻に活かしていません。そのため甚大な損害を今も被っているのです」(同・ジャーナリスト)

 第2回【激化する報復合戦「プーチン大統領」は“亡国の最高司令官”となるか? ウクライナ侵攻でも露呈するロシア軍の“不名誉な伝統”とは】では、「帝政ロシア以来、ロシア軍は勝利したと言える戦争がない」という驚きの歴史と、プーチン大統領が軍の最高指揮官として“不適格”である理由を更に詳しくお伝えする──。

デイリー新潮編集部