【ryuchell(りゅうちぇる)さん】pecoさんが命日を前に語ったこと「自分の好きを信じて生きてきたことが、出会いにも繋がっていた」
3年前のきょう(2023年7月12日)に亡くなったタレントのryuchell(りゅうちぇる)さん。命日を前に、パートナーとして共に歩んだpeco(ペコ)さんが、改めて自身の人生観や子育てについて思いを語りました。
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(岡山市男女共同参画推進週間「さんかくウィーク2026」記念トークショー 2026年6月21日より)
ポップなファッションでファンを魅了するpecoさん
大阪府出身のモデル・タレント、pecoさん。ポップで個性的なファッションで多くのファンを魅了し、現在は一児の母として育児に奮闘しながら、タレント活動と自身のアパレルブランドのプロデュースを精力的に続けています。
かけがえのないパートナーを失った悲しみを抱えながらも、前を向き、メッセージを発信しています。
3歳で芽生えた「好き」が、今の自分をつくった
――pecoさんはどんなお子さんでしたか?
(pecoさん)
「大阪生まれ大阪育ちで、18歳まで大阪にいました。11歳上のお兄ちゃんと6歳上のお姉ちゃんがいる末っ子で、とにかく甘やかされて育ちましたね。親から『NO』と言われたことがほとんどないくらい、好きなようにさせてもらっていました。
そんな中で、今の自分をつくるうえでとても大事な2つのものに、3~5歳のころに出会っています。クラシックバレエとファッションです。バレエは本気でやっていて、週7日、毎日練習していました」
――週7日というのはすごいですね。やめたきっかけは何だったのでしょうか。
(pecoさん)
「中学校に入ったころ、夢だった発表会で主役を務めるという目標を達成できたんです。
そうしたら一気にやる気がなくなってしまって(笑)。そのぶん、もともと好きだったファッションへの情熱がさらに強くなっていきました」
古着との出会い
――ファッションへの目覚めは、古着との出会いがきっかけだったのでしょうか。
(pecoさん)
「小学生のころから、とにかく人とかぶるのが嫌でした。筆箱も鉛筆一本も誰とも同じにしたくない、というくらい(笑)。だから古着に出会ったとき、これだと思ったんです。
古着は点数が多いのに唯一無二でいられる。徐々に自分の好きな年代がわかってきて、80年代・90年代のアメリカのファッションにどっぷりはまっていきました」
SNSの黎明期から「発信する自分」を積み上げてきた
――中学生のころから、SNSでの発信もされていたそうですね。
(pecoさん)
「当時は『ホムペ』と呼ばれていたもので、自分のホームページを作れるサービスが流行っていた時代でした。みんなはプリクラを載せる程度でしたが、私は一つのページを徹底的に作り込むのがとにかく楽しくて。そこからブログが流行り出すと、中学2~3年生でブログも始めました。
365日、かかさず更新し続けていました。中学3年生から息子を出産する22~23歳ごろまで、毎日書き続けていましたね。全く苦ではなかったです。むしろ楽しくて仕方なかった」
ネットの中に感覚を共有できる人がいた
――発信を通じて、どんな変化がありましたか?
(pecoさん)
「リアルな世界では、ファッションを心から共有できる友達が一人もいなかったんです。学校のグループは大好きで楽しかったんですが、私以外の7人はいわゆるギャル系で、私だけ原宿系みたいな(笑)。
でもネットの中には、人と違うことが心地いいと感じている人たちがいた。
『pecoちゃんのファッション素敵だね』『私もこういうのが好き』と言ってくれる人たちと繋がれた。全く同じ趣味でなくても、『違っていることが好き』という感覚を共有できる人が、こんなにいるんだと知ったことは大きな発見でした」
「ここだ」という確信を胸に、原宿へ
――高校生のころ、週末に一人で東京へ通っていたそうですね。
(pecoさん)
「大阪にも古着屋さんはあるんですが、私が当時好きだったものは原宿に多かったんです。だから週末に一人で新幹線に乗って、買い物しに来ていました。
高校2~3年生になると、クラスはみんな受験モードでぴりついてくる。私だけが大学に行かない選択をしていたので、余計に浮いていたかもしれません。
でも当時の私は本気でそう思っていたんです。『サインコサインを聴いているより、原宿でおしゃれな人を見て歩いた方が絶対に自分のためになる』と。確信がありました」
――ご家族からの反対はありましたか?
「一切なかったです。『東京に行きたい』と改まって伝えたことも一度もないくらいで(笑)。気づいたら当然のように分かってくれていて、普通に送り出してくれました。本当にありがたい家族です」
ryuchellさんとの出会い
――上京してからの最初のステップは?
(pecoさん)
「とにかく原宿の近くに住みたいという思いだけで来たんです。お仕事も何も決まっていない状態で。ありがたいことに、当時からTwitterやInstagramでフォローしてくださっている方がいて、メディアに出ていないのに少し注目していただいていました。
古着屋さんで来てくださるお客さんとおしゃべりしたりしながら過ごしていたら、そこでryuchellさんと出会って。『なんかおかしなカップルがいるぞ』という感じで注目していただき、気づいたら多くの方に知っていただくようになっていました」
――ryuchellさんとの出会いは、どんな意味を持っていましたか?
(pecoさん)
「彼は沖縄、私は大阪。育った場所は違うけれど、『人と違うことが好き』という価値観を、それぞれの場所でずっと大切にしてきた。
だからこそ同じ場所に引き寄せられて、一目見た瞬間に『ああ、この人は同じ感覚なんだ』とお互いに気づけた。
自分の好きを信じて生きてきたことが、出会いにも繋がっていたんだなとすごく感じています」
「ありのままの自分を」
今回のトークショーでpecoさんが聴衆に伝えたかったメッセージは、シンプルながら力強いものでした。
(pecoさん)
「誰かと比べないで、ありのままの自分を愛して、無理せず緩やかに生きてほしいと思います」

