母が生きているときも児童相談所が…成田“小6息子”殺人事件 孤独な父子家庭が背負った「複雑事情」
息子を一人で残せなかった
千葉県成田市の閑静なアパートの一室で、小学校6年生になる11歳の実の息子を殺害したとして、千葉地検は6月19日に成田市並木町に住む無職の吉伊敏彦被告(67)を殺人罪で起訴した。
起訴状などによれば、5月27日に同居する小学生の息子・吉伊大聖さん(11)を自宅アパートで殺害したとされている。
孤独な父子家庭による悲劇と目されていたが、取材を進めると、過去に児童相談所(児相)がこの家庭に対して虐待疑いで対応していたという「新事実」が浮き上がってきた。
全国紙社会部記者が事件の全体像を解説する。
「小学校側から、児童が5月27日を最後に登校しておらず、自宅を訪問しても応答がないという通報が寄せられたのが発覚の端緒です。警察官がアパートの施錠された扉を開けて突入したところ、布団の上で父親と息子が並んで倒れているのが見つかりました。
大聖さんはすでに死亡しており、吉伊容疑者は問いかけに応じない状態でしたが、明確な病気や薬物摂取の事実は確認されていません。取り調べに対し、容疑者は『自宅で息子の首を手で絞めて殺した』『息子を一人で残せなかった』と容疑を認めています。ただ、遺体には直接の死因となるような痕跡が見当たらず、警察は司法解剖などで詳細な死因の特定を進めています」
警察の調べにより、’16年に母親と死別して以降、父親と息子の二人きりで暮らしていたという。しかし、児童相談所関係者への取材により、母親が存命だった当時に、この家庭が児相の対応を受けていたという新事実が判明した。
「今から約10年前、大聖さんがまだ幼かった頃に、母親からの虐待の疑いがあるとして児童相談所が一度対応を行っています。当時は成田市からの通報(送致)を受けて調査が開始されました。最終的に一時保護などの強い措置には至らず、必要な支援を継続した上で対応は終了したという記録が残されています。その直後に母親は亡くなっており、詳細な記録の確認は難しいものの、この家庭が当時から行政の監視下に置かれるほどの問題を抱えていたことは事実です」
と本サイトの取材に対し答えた児童相談所関係者。さらに、母親の死別後も、この家庭と児相の関わりは途絶えていなかった。
「大聖さんには発達の遅れが見られたため、療育手帳の取得と更新の手続きとして、これまでに何度か児童相談所で判定業務を行っています。家庭内の具体的なトラブルについての情報までは把握していませんが、父親が一人で大聖さんを育てる中で、継続的な行政の手続きが必要な環境であったことは間違いありません」(同関係者)
近隣住民の証言からは、高齢の父親が発達に遅れのある息子を抱え、多大な負担を背負いながら生活していた様子がうかがえる。大聖さんは、自宅から約5キロメートルも離れた場所にある小学校の支援学級に通っていたという。
小学校高学年の息子を自転車の後ろに乗せて
近所の女性住民は、親子の日常をこう振り返る。
「大聖さんは支援学級に通われていました。元々いた地域から転校させたくなかったようで、ここから5キロも離れた学校まで、お父さんが毎日自転車で送り迎えをされていたんです。雨の日であっても、お父さんは自転車の後ろに大聖さんを乗せて走っていました。小学校高学年ともなると体も大きいですから、いつも一緒に大変そうに行動しているなという印象でした。それだけに、“あの子を一人には残しておけない”というお父さんの焦りが、今となってはなんとなく分かるような気がしてしまいます」
大聖さんが通う小学校ではすでに保護者会が開催され、児童の心のケアについての説明が行われたという。
親子が成田市並木町のアパートに引っ越してきたのは、今から約1年前のことだったとされる。アパートの隣の部屋に住む住民は、親子の様子についてこう証言する。
「ここに住み始めたのは1年ほど前からです。どこから来られたのかは分かりません。父親はお仕事をされていない様子でしたが、体調を崩してから無職になられたのかどうか、詳しい事情は分かりませんでした。ただ、挨拶をすれば『おはよう』とちゃんと返してくれる方でしたし、息子さんも挨拶を返してくれる子でした。部屋から怒鳴り声や叩くような音が響いてくることも、一度としてなかったです」
また、同じアパートに住む外国籍の女性住民も
「いつも二人だけで、仲が良くハッピーに見えました。おカネがなさそうという雰囲気もなく、ご飯もちゃんと食べて、お洋服もきちんとしたものを着ていました」
と話し、事前のトラブルや目立った困窮の兆候は周囲には見えていなかった。
しかし、その静かな生活の裏には、物理的な限界も近づいていた。駐輪場には、父親が送迎に使用していた荷台付きの自転車が残されているが、大聖さん本人の子供用自転車は置かれていなかった。
「あの子は自分の自転車を持っていなかったんです。だから、体の大きくなった大聖さんをお父さんが自分の自転車の後ろに乗せて走るのも、年齢的にも体格的にも、もう限界なのではないかと外から見ていて感じていました」(前出・隣の部屋の住民)
10年前の母親の虐待疑いから始まり、母親との死別。そして息子のケア。行政や児相の対応歴という過去の接点がありながら、なぜ最悪の結末を防げなかったのか。
社会から孤立した部屋で起きた悲劇の全容を解明するため、警察による本格的な取り調べが続いている――。
