ある日、アウン君にレジを任せてバックヤードで発注をかけていると、またマエダの怒鳴り声が聞こえた。覗くと、カタコトの日本語で応戦するアウン君の姿があった。止めに入ろうとした瞬間、アウン君の右ストレートがマエダの鼻に炸裂した。殴り合う二人を必死に止めたが警察を呼ぶ事態となり、アウン君はその日を最後に出勤しなくなった。

泣きじゃくるアウン君に理由を尋ねると、彼はこう答えた。

「あいつ、私だけじゃなくミャンマーを馬鹿にした」

当時ミャンマーは内戦の最中で、国の話題には僕すら気を遣っていた。マエダはデリケートな聖域をぶち破り、「ミャンマー人が馬鹿だから同族で戦争をする」という趣旨のことを言ったらしい。傷害事件として処理され、本国に強制送還されてしまったアウン君のことを思い出すと少し胸が痛む。彼がどこかで元気でいることを祈るばかりだ。

◆結婚のために奮闘した中国青年の悲しい結末

今や100万人近くの中国人が日本に在留しているそうだが、彼らは結構働き者だ。僕が一緒に働いていた中国人の黄君は、ベトナム人の彼女と結婚するために昼はエンジニアとして働き、週末の夜にコンビニへ来ていた。

仕事は雑だがスピードがすさまじく、冷凍ものや飲料の納品で彼より早いスタッフは誰もいなかった。文句も言わず、疲れた表情を見せるのは外で煙草をふかしている時くらいだった。唯一の欠点は、廃棄商品を熱心に持って帰りすぎるため、他の夜勤スタッフから嫌がられていたことくらいだ。

そんな彼は、フリーターとしてふらふらしている23歳の僕を心配し、会うたびに「大学に行った方がいいです」と繰り返した。学歴がなければ生き抜けない中国の格差社会を思えば、僕の姿が心配で哀れに見えたのだろう。

生きるエネルギーに満ち溢れていた黄君だったが、ある週末、突然職場に顔を出さなくなった。オーナーの電話にも出ず、僕がショートメッセージを送ると、「お世話になりました。彼女に振られてもうダメです」とだけ返信があった。

客に「おでんはないのか?」と訊かれてないと答えると中指を立てられ、トイレを貸していないことに激昂されて長い時間理不尽に説教され、年齢確認をしたら唾を吐きかけられる。そんな数々の不条理を一緒に耐えてきた心の強い男が、失恋を理由に出勤しなくなってしまうなんて、思わず悲しくなった。新しい彼女ができてまたどこかで働いているといいな。

◆どんな外国人よりも手癖が悪かった日本人