習近平は裁判で完敗しているのに…日本との境界線でじわじわ進んでいる「実効支配の下準備」の真相

■オランダ海軍を中国軍が退去させた
中国軍は5月27日、南シナ海の西沙諸島(パラセル諸島)周辺で活動していたオランダ海軍フリゲート艦「デ・ロイテル」を退去させたと発表した。
中国軍南部戦区によれば、同艦は艦載ヘリコプターを繰り返し発進させ、中国が主張する領海上空を飛行したため「領空侵犯」に当たると判断されたという。中国側は警告通信を実施し、艦艇による接近や電子的措置を行った結果、同艦が海域を離れたとしている。
この出来事は一見すると、中国とオランダの間で発生した単発の軍事的摩擦のように見える。しかし実際は、南シナ海で長年続く中国の支配地域拡大をめぐる対立の延長線上に位置づけられるものだ。そして視野を広げると、東シナ海で進む中国の資源開発とも共通する動きが浮かび上がってくる。
■国際法で退けられても人工島建設を進める
南シナ海は、日本向けの原油や天然ガスの輸送ルートであると同時に、欧州とアジアを結ぶ世界有数の海上交通路として知られる。海上輸送に依存する各国にとって、この海域の安定は経済活動を支える重要な条件の一つだ。
そのため近年は米国だけでなく、英国、フランス、ドイツ、オランダなどの欧州諸国もインド太平洋地域への関与を強めてきた。艦艇の派遣や共同訓練への参加が増えている背景には、南シナ海が地域の問題にとどまらず、国際的な海上交通に影響を及ぼすという認識がある。
一方、中国は南シナ海の約90%に自国の権益が及ぶと主張してきた。その根拠としてきたのが、海域を取り囲むように引かれた「九段線」と呼ばれる独自の境界線である。2016年、常設仲裁裁判所(オランダ・ハーグ)はこの境界線とそれに囲まれた海域で中国が主張する「歴史的権利」には国際法上の根拠がないとの判断を示した。
だがその後も中国は南沙諸島や西沙諸島で人工島の整備を進めた。埋め立てによって造成された島のうち3つには3000メートル級の滑走路が建設され、レーダー施設や格納庫、通信施設も設置。現在では軍用機の運用が可能となり、中国海軍や中国海警局の活動拠点として使用されている。
今回のオランダ艦の事案は、こうした状況の中で発生した。中国が海域に対する自らの主張を示そうとするのに対し、欧州諸国は国際法に基づく航行の自由を重視する立場を示している。その認識の違いが、海上での接触として表面化したのである。

■南シナ海で積み重ねられる日常的な活動
南シナ海をめぐる対立というと、人工島や軍事基地の建設に注目が集まりやすい。だが海域全体に中国の存在感を行き渡らせているのは、むしろ造成後も途切れなく続く艦艇や公船の運用だ。
フィリピンが実効支配するセカンド・トーマス礁(アユンギン礁)では、フィリピン船が補給任務に訪れるたびに中国海警局の船が接近している。補給船に並走しながら進路変更を求めたり、放水を行ったりする事例も確認されている。補給任務そのものは数時間から数日で終わるが、こうした対応は繰り返し発生してきた。
スカボロー礁周辺でも、中国海警局の船(海警船)が活動を続けている。フィリピン漁船との接触や妨害がたびたび報じられ、漁業活動をめぐる摩擦は止まない。
ベトナムとの間でも状況は似たようなものだ。南シナ海では漁業だけでなく海底資源の開発も重要な課題となっており、中国の海警船や調査船とベトナム側の船舶が接触する事例が繰り返されてきた。
さらに中国は海軍だけでなく、海警船や海上民兵船も活用している。海上民兵船は外見上は漁船に見えるものの、集団で活動することで存在感を示し、周辺国の船舶に圧力をかける役割を担う。
こうした活動に共通するのは、小規模な接触が絶え間なく続く点である。船舶が接近し、警告を発し、相手の行動を制約しようとする。一つひとつは決定的な事件ではないが、同じやり取りが日常的に繰り返されるうちに、中国の艦艇や海警船が海域に展開していることが常態となっていく。
■東シナ海で続く一方的な資源開発
こうした継続的な活動は、東シナ海でも見ることができる。
中国は1980年代から東シナ海で石油・天然ガスの探査と開発を進めてきた。1983年には平湖油ガス田が発見され、1998年に生産が始まった。その後、開発対象は日中中間線付近へと広がっていく。
代表的な施設として知られるのが、中国名で春暁、日本名で白樺と呼ばれるガス田だ。このほかにも天外天(樫)、断橋(楠)など複数の施設が設置されている。
防衛省によれば、中国は日中中間線付近で23基の構造物を設置している。これらの施設は掘削設備だけでなく、採取した天然ガスを処理する設備や輸送設備も備える。海底パイプラインを通じて陸上施設と結ばれ、生産から輸送までを担う海上拠点として運用されている。
施設では作業員が交代で勤務し、補給船や作業船が定期的に出入りする。燃料や資材の搬入、設備点検、機器の補修などが繰り返されることで、開発活動が支えられている。
■日中の合意形成は中断したまま
東シナ海の資源開発をめぐっては、2008年に日中両政府が共同開発に関する合意を発表した。しかしその後、関連する条約の締結交渉は中断し、具体的な進展が見られないまま中国側による開発・運用は現在も続いている。
日中両国は排他的経済水域(EEZ)の境界について異なる立場を取っている。日本は中間線を基準とする考え方を採用しているのに対し、中国は大陸棚の延長を根拠としてより広い海域を主張している。資源開発をめぐる認識の隔たりは現在も解消されていない。
いうまでもなく、東シナ海で中国の活動が見られるのは資源開発海域だけにとどまらない。尖閣諸島周辺では、海警船による領海侵入や接続水域での活動が継続している。海上保安庁は警戒監視を続けており、双方の船舶が海上で対峙する状況が日常的に発生している。
■南シナ海の出来事は対岸の火事ではない
南シナ海と東シナ海とでは、争点は異なる。南シナ海では人工島の造成や航行の自由が、東シナ海では資源開発やEEZの境界が、それぞれ焦点となってきた。
だが両海域には、共通する構造がある。中国は南シナ海では人工島を、東シナ海ではガス田施設を拠点として築いたうえで、その後も船舶や航空機の活動を絶やさない。施設をつくること自体より、それを足場に活動を続けることで存在感を維持する――この点が、目的の異なる二つの海域に通じている。
今回のオランダ艦の事案は、遠い南シナ海の出来事として片付けられるものではない。そこには、中国が海上で活動を絶やさず、自らの主張を既成事実として支えていく手法が表れている。そして同じことは、日本の足元でも起きている。
東シナ海では、海上自衛隊と中国海軍が同じ海空域で行動する機会が少なくない。双方が一定の距離を保ちながら監視と追尾を続け、偶発的な衝突を避けている。ガス田施設をめぐっては補給船や作業船の往来が続き、尖閣諸島周辺では中国海警局の船の活動に対して海上保安庁が警戒監視にあたる。大きな危機が起きていなくても、海上では日々、こうした対応が重ねられている。
だからこそ日本に求められるのは、一時的な示威行動ではなく、海域の状況を継続して把握し続ける力である。海上保安庁による監視、防衛省・自衛隊による情報収集、資源開発施設や船舶の動向確認を絶やさないこと。そして資源開発やEEZに関する立場を、一貫して示し続けること。それが、海洋権益を守るうえでの土台となる。
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宮田 敦司(みやた・あつし)
元航空自衛官、ジャーナリスト
1969年、愛知県生まれ。1987年航空自衛隊入隊。陸上自衛隊調査学校(現・情報学校)修了。中国・北朝鮮を担当。2008年、日本大学大学院総合社会情報研究科博士後期課程修了。博士(総合社会文化)。著書に『北朝鮮恐るべき特殊機関 金正恩が最も信頼するテロ組織』(潮書房光人新社)、『中国の海洋戦略』(批評社)などがある。
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(元航空自衛官、ジャーナリスト 宮田 敦司)
