水木しげる作品の「自然描写」の根幹とは――ヤマザキマリさんと読む『総員玉砕せよ!』【別冊NHK100分de名著】

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『別冊NHK100分de名著 「わが道」の達人 水木しげる』では、釈徹宗さん、中条省平さん、ヤマザキマリさん、佐野史郎さんの4人の論者が、水木しげる作品の核心に迫ります。

今回は漫画家、文筆家、画家のヤマザキマリさんが水木しげる作品『ラバウル戦記』『総員玉砕せよ!』を読み解く本書第3章「『教訓』を超えた人間の本質を描く」より、水木作品の「自然描写」についての解説をご紹介。

※2026年1月~3月にNHK出版ECサイトで開催の「2時間で学べるシリーズ」キャンペーンを記念して、本記事を再公開いたします。

圧倒的な南方の自然描写

 絵の視点から少し、『総員玉砕せよ!』を分析してみることにします。本作では、まず自然描写が圧倒的です。水木漫画の背景は、どれも一枚の絵画作品として成立するくらい素晴らしい描き込みがなされていますが、とりわけこの作品においては記憶への思い入れが横溢しているようにすら思える凄まじさです。

 「戦争さえなけりゃ平和なところですなあ」という吹き出しがありますが、それは水木先生の正直な気持ちだったのでしょう。作品のなかには、戦時下にもかかわらず、見たこともない植生、色鮮やかなオウムなどを目にした水木先生の心躍る気持ちがあふれてしまっています。

 植生などを描く際の水木先生のこだわりは半端ではありません。それは自然や地球、さらに妖怪などといった目に見えないものに対しての深いリスペクトゆえの賜物です。そして、そんな自然とともに暮らす現地民は、精霊などの土着的な、やはり目に見えないものを信じています。そんな場所へ水木先生のような人がたまたま配属されたという事実。なんの因果なのでしょうか。

 美しい鳥が見下ろす地上には、愚かな戦いを続ける人間たち。自然の描写が圧倒的であればあるほど、人間の愚かさがより具体的に浮かび上がります。見事なまでのコントラストです。

 けれども、水木先生自身はそうした背景を上手に描いて周囲をあっと言わせようなどとは、みじんも考えていなかったように私には思えるのです。これはほかの作品にも言えることですが、彼はただ自分が見て、読んで納得できるものを描こうとしているだけ。このひと筆ひと筆に、一点一点に、熱い思いを込めて──などとも考えていないでしょう。彼が納得できるレベルがすさまじくハイレベルだった、その結果なのだと思うのです。

「すさまじい熱量で描かれた」コマ(『総員玉砕せよ!』最終盤より)

 そしてそれを支えていたのが、彼のインテリジェンスです。水木先生はたいへんな読書家でした。ドストエフスキーからSF作品まで、多ジャンルにわたって読んでおられる。また絵画にしてもそうです。中条省平先生がご指摘されていたように、ヴィクトル・ユゴーなど、かなり多くの絵画作品のモティーフを自作に取り入れています。

 彼は優れた絵画鑑賞者であり、優れた文学作品の読者でした。表現者はつねに燃料となる〝石炭〟をくべ続けなくてはなりません。そして彼にとっての石炭は、知性や教養でした。つくづく水木しげるという人は、すぐれた審美眼の持ち主であり、常人の漫画家では追いつけない領域に居た方だと思います。

 一方で高い知性の持ち主であるにもかかわらず、糞だとかうんちにも異常なこだわりを見せるのが、なかなか誰にも真似できない水木さんらしさではないかと思うのです。『総員玉砕せよ!』にもそうしたシーンが多く描かれています。

 こうしたファクターが水木作品が説教臭くならない理由になっていると思います。知識を得るにしても、何かのために役立つから調べようではなく、知らないから知りたいという、子どもがもっているような純粋な好奇心からの衝動を感じます。だから私には、漫画家という以上に、人間として彼の姿勢がとても好ましく映るのです。あくまでも等身大で自分を見ていて、誇張がない。自分に対しての慎ましさがある。現在でも展覧会が開催されれば、行列ができるほど世代を超えて子どもたちに愛され続けているのは、水木先生が嵩上げされた〝上底の下駄〟を履いていない、ありのままの姿を見せてくれる珍しい大人だったからだと思います。

『別冊NHK100分de名著 「わが道」の達人 水木しげる』では、釈徹宗さん、中条省平さん、ヤマザキマリさん、佐野史郎さんの4人の論者が、

第1章 見えないものへと心を延ばす 釈 徹宗
    ──『のんのんばあ』『のんのんばあとオレ』

第2章 墓場のニヒリズム 中条省平
    ──『墓場鬼太郎』『ゲゲゲの鬼太郎』

第3章 「教訓」を超えた人間の本質を描く ヤマザキマリ
    ──『ラバウル戦記』『総員玉砕せよ!』

第4章 「自分の物語」を生きる 佐野史郎
    ──『悪魔くん』『河童の三平』


という構成で、水木しげる作品の核心に迫ります。

著者

ヤマザキマリ
漫画家、文筆家、画家。2010年『テルマエ・ロマエ』(エンターブレイン)で第3回マンガ大賞、第14回手筭治虫文化賞短編賞を受賞。ほかの主な漫画作品に『スティーブ・ジョブズ』(講談社)、『プリニウス』(とり・みきとの合作、新潮社)など。エッセイに『壁とともに生きる──わたしと「安部公房」』(NHK出版新書)など。
※刊行時の情報です

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※本書は、2022年8月27日にNHK Eテレで放送された「100分de水木しげる」の内容をもとに、新規図版・取材などを加えて構成したものです。本書における水木しげる作品の図像は、水木しげるの著作権および版権を管理する水木プロダクションの許諾・協力のもと掲載しています。