アーバンシック/2024菊花賞(C)Eiichi Yamane

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秋華賞、菊花賞が終わり、2021年世代の三冠は幕を閉じた。牝馬は桜花賞ステレンボッシュ、オークスと秋華賞をチェルヴィニアが勝ち、二冠達成。ステレンボッシュは牝馬三冠1、2、3着、チェルヴィニアは13、1、1着。三冠完走はこの2頭のほかには8、4、15着のクイーンズウォークだけだ。
1600mからスタートし、2400、2000mと続く牝馬三冠は連動する傾向にあり、リバティアイランドが牝馬三冠を決めた昨年は8頭。それが3頭と半数以下にとどまっており、約半年続く三冠ロードを完走するのは容易ではない。春から夏を挟み、秋まで。トップ戦線に身を置きながら、状態を維持する難しさは大相撲の大関昇進に必要な目安3場所合計33勝に近い。半年間かけて三度ピークを迎える仕上げにかける陣営の労力には敬意を表する。

■ライバルの手の内も知るルメール騎手

一方で、二冠達成のチェルヴィニアは桜花賞を約5カ月ぶりの休み明けで13着。ここから二冠達成なので、完走とはいえ、ステレンボッシュとはニュアンスが異なる。とはいえ、順調さを欠いた状況にあったことを思えば、よく立て直してきた。だからこそ、秋華賞で再び状態をピークにもってこられたのだろう。完走3頭と消耗の激しい世代だけに、ステレンボッシュは三度目のピークを迎えきれなかったか。直行ローテを歩み、レースでの消耗を極力避けても、夏の酷い暑さなど立ちはだかる壁は多かった。
秋華賞ではクリストフ・ルメール騎手の安定したレース運びも二冠をアシスト。スタート直後、枠なりにまっすぐ進路をとり、行きたい馬たちをやり過ごしつつ、1コーナー手前から内に押し込められないよう外へ持ち出す。内回りでは初角の入りはカギになる。ルメール騎手は決して騎乗馬の機嫌を損ねるようなことはしない。つねに気分よく走らせるのもルメール流だ。
そして勝負所へ。ライバルのステレンボッシュは自身の背後にいる。早めに進路を作りに外へ持ち出せば、その内を突かれる。実際、ステレンボッシュは桜花賞でアスコリピチェーノの内から抜け出した。ルメール騎手は阪神JFでステレンボッシュに騎乗し、2着。相手のこともよく知っている。いつでも動けるポジションを序盤で固め、勝負どころではじっくり相手の動きを見極める。実に冷静だ。
ステレンボッシュは外に行かざるを得ず、脚を使わされた。当然、外に出さなければ、チェルヴィニアも進路を探すことになる。ここも前にいるラヴァンダの動きを見定めて、的確に抜け出した。最後までチェルヴィニアに余計な動きを強いない。気持ちよく走らせるルメール騎手の流儀が凝縮したレースだった。

■菊花賞のレース展開は大混乱に

クラシック三冠は皐月賞がジャスティンミラノ、ダービーはダノンデサイル、そして菊花賞がアーバンシックと三冠をわけあって終わった。スピードの皐月賞、末脚のダービー、そして持久力の菊花賞。三冠は進むたびに異なる適性が問われる。
距離適性のジャッジがシビアになった昨今、三冠完走自体が減少傾向にある。昨年は5頭も久々に二冠馬を除き、皐月賞馬とダービー馬がそろった。今年も完走は5頭。皐月賞除外のダノンデサイル、ダービー取消のメイショウタバルを加え、三冠挑戦は7頭だった。3000mの菊花賞に挑戦しない傾向も距離適性を考え、賛同する気持ちもあるが、異なる適性を問う三冠を走った先にみえるものだってある。菊花賞を使ったことで待ち受ける過度な消耗を考えると、陣営の選択を尊重する。だが、三冠の価値は維持したい。複雑なところだ。
まして今年の菊花賞は先頭が次々と入れ替わる激しい競馬になった。単騎大逃げの可能性があったメイショウタバルが序盤に控えたことで、レース展開は混乱。だが、メイショウタバルに逃げなければいけない道理はない。決めつけや前提は競馬にはご法度。レースはあくまで生き物、やってみないとわからない。エコロヴァルツ→ノーブルスカイ→メイショウタバル→ピースワンデュックと先頭が入れ替わり、好位は想定外にごちゃついた。ダノンデサイルもそのあおりをくった一頭で、2周目4コーナーでは後方に。最後は6着まで盛り返しただけに、ダービー馬の力は示したと言える。
ここでも冴えわたったのはルメール騎手の手綱さばき。中盤までの出入りの激しい展開に対し、中団後ろで待機し、2周目3コーナー手前の坂ののぼりからじわっと動き、レースを動かした。呼応したのが武豊騎手のアドマイヤテラ。アーバンシックとの末脚比べでは敵わないので、あえて先に前へ出て、粘り込む形を目指す。それを目標に坂の下りでアーバンシックは進出開始。勝負所での仕掛け合戦はいかにも長距離戦らしい。
ヘデントールになんとかついて行かせた戸崎圭太騎手も、内を回って一発を狙ったショウナンラプンタの鮫島克駿騎手もそれぞれベストな競馬を試みた。まさに三冠最終戦にふさわしい味わいある攻防だった。

■的確なジャッジが光ったルメール騎手

ルメール騎手の強さは秋華賞でも触れたが、2着ヘデントール、3着アドマイヤテラにも騎乗経験があったことと無関係ではない。これも有力馬が集まるトップジョッキーの強みで、相手を知る騎手だけに的確なジャッジができるのも納得だ。ルメール騎手は早くも菊花賞4勝。このうち関東馬3勝。菊花賞は関東馬がなかなか勝てないレースだったが、2018~24年の7年で5勝。4連勝中だ。
ルメール騎手は関西所属ながら、重賞開催日はもちろん、非重賞開催日も関東へ遠征する機会が多い。JRA通算勝利は関東馬1146勝、関西馬799勝(地方馬1勝)。調教師別のトップ10は6位までが関東所属となっている。イクイノックス、チェルヴィニアの木村哲也厩舎、アーモンドアイの国枝栄厩舎、フィエールマンの手塚貴久厩舎など東のトップステーブルが並んでおり、今年あげた重賞10勝はすべて関東馬。緊密な関係だ。近年の関東馬の逆襲がルメール騎手を支え、その躍進はルメール騎手によるところが大きい。この相乗効果は今後も続くだろう。
さて、秋華賞、菊花賞を通し、血統面での傾向にも触れる。
ランズエッジの牝系はこの世代、レガレイラ、ステレンボッシュ、アーバンシックとGI3勝。一気に大ブレイクを果たした。レガレイラとアーバンシックは母がきょうだいで、母の父ハービンジャー、父スワーヴリチャードとほぼ同血。血統表をみれば、母以外はすべて同じ名前が並ぶ。同世代でGIを勝つのは珍しい。共通点のひとつ母の父ハービンジャーはチェルヴィニアの父だ。
ハービンジャー産駒は3年目の世代からペルシアンナイト、モズカッチャン、ディアドラとGI馬が出た。その後もブラストワンピース、ノームコア、ナミュールと活躍馬を出す一方、少しアベレージが低く、サンデーサイレンス系が多数を占める日本のスピード競馬に対応できない瞬発力を欠くタイプも多い。だが、チェルヴィニア、ステレンボッシュ、アーバンシックにはサンデーサイレンス直系にない底力を感じる。
これから先、レガレイラの母ロカ、アーバンシックの母エッジースタイルなどハービンジャーが血統表の奥に入った繁殖が増える。この手の血は直系ではなく、血統表に入り込んで、底力を伝えていく。ストームキャットやキングヘイローと同じようにハービンジャーも2代、3代に入ることで、能力開花の起爆剤になるのではないか。自身は現役時代、芝12ハロンのキングジョージ6世&クイーンエリザベスSを11馬身差でぶっちぎった。欧州の芝での底力はやがて日本競馬の未来に希望を与えるだろう。

著者プロフィール

勝木淳
競馬を主戦場とする文筆家。 競馬系出版社勤務を経てフリーに。優駿エッセイ賞2016にて『築地と競馬と』でグランプリ受賞。主に競馬ニュース・コラムサイト『ウマフリ』や競馬雑誌『優駿』(中央競馬ピーアール・センター)にて記事を執筆。Yahoo!ニュースエキスパートを務める。『キタサンブラック伝説 王道を駆け抜けたみんなの愛馬』( 星海社新書)などに寄稿。