しかしひとつ心残りがある。グローブボックスの蓋にサインをもらいたと考え、バハマにいるショーン・コネリーに連絡し、彼に署名を依頼した。ところが蓋は彼の元に届いたものの、その後、コネリーは亡くなり、サインを書いてもらうことは叶わなかったのだ。

レストア自体は順調に進んだ。ボディ、塗装、機械的な部分... だが、難航したのはガジェットの取り付けだった。シカゴに拠点を置く30人以上のチームが、映画に登場するメカニズムを実現するために取り組んだ。煙幕システムだけでも、24ボルトの電源が必要だった。車を預かっていた6カ月間、彼らは次々と新しいアイデアを実装し、あらゆる技術を駆使してそれを外からは見えないようにうまく仕上げてくれた。
完成した車は、昨年アメリカ・モントレーで開催された「The Quail」にて披露された。マシンガンが発射され、会場全体を震撼させた。まさに、振る舞いはクールにして、心は熱く。

KKRはすべてのレストア作業を自社で行った。ストレート6エンジンは完全にオーバーホールされ、その仕上がりは芸術品だ。ボディワークでは、パネルを一度外してからスーパーレジェッラのチューブフレームに再度フィットさせた。内装には通常2〜3枚の革を使うが、今回のDB5には10枚も使用された。

ボーリンガーは「コノリーと相談し、オリジナルの染料を見つけたんだ。特別にその色で染めてもらったよ」と話す。
ガジェットの各装置には、秘密兵器が隠されたドロワーや認証プレートまで取り付けられた。

重量が増したため、ハンドリングや車高を維持するために特注のスプリングを製作。さらに、フロントに装備されたマシンガンは、軍用シミュレーターを製作している会社に依頼したところ、最初は「無理だ」と断られたが、プロジェクトの内容を伝えると協力してくれることに。小さな車体にすべてのメカニズムを隠すのは至難の業で、ボーリンガーとエンジニアたちは毎日頭を悩ませた。ジョーとの間では数え切れないほどのメールが飛び交い、電話での連絡も頻繁に行われた。プロジェクトにはグローバルなチームが関わっており、コンピュータやグラフィック、サウンド、ファブリケーションといった異なる専門分野が連携して進行した。総勢63人のプロフェッショナルが関わったと言われている。
レストアが完了した後、アストンマーティン・ワークスのポール・スパイアーズがジョーを施設に招待し、25台限定で生産された復刻版の車両を見せてくれた。ジョーはそのうちの1台に座り、彼らが1965年以来一度も製造していない車を再現したことに感銘を受けたという。

写真撮影に際して、私は特別な場所を選ぶ必要があると感じた。ボンドを象徴する車であるDB5を、彼自身が登場しなくとも表現できる場所。私は廃れた発電機が置かれている稼働を停止した発電所を選んだ。この暗くムーディーな雰囲気がDB5にぴったりだった。マシンガンを発射する瞬間は、どんな反応になるかまったく予測できなかったが、炎が出ることは分かっていたので、暗い場所が最適だと思い、全てのドアを閉じて準備を整えた。カメラをセットし、合図が送られ、ダッシュボードのボタンが押されると、バンパーが開き、銃口が現れた。そして、バババババ!!! 騒音は驚くほど大きく、炎が飛び出し、左、右、左、右の順でマシンガンが連射された。まるで子どもたちが爆竹を鳴らしているかのような盛り上がりだ。耳がキーンと鳴り、そこにいた全員が周囲をあわてて見回す。何も起きなかったことが確認できたので、再度発射を試みた。
驚くべきことに、DB5はそのすべてのガジェットを備えながらも、威厳ある佇まいを失っていなかった。片方のテールライトは「オイル」を噴射し、もう片方のテールライトからはスパイクが出る。煙幕も期待を裏切らなかった。私はバーンアウトのようには見せたくなかったので、高い位置から撮影することにした。そして、ダッシュボードのボタンをプッシュすると、後方から煙がモクモクと出始めた。完璧だった。さらに、射出座席のボタンを押すと、助手席が震え、煙が巻き上がり、シートの下から光が漏れ出し、ダッシュボードの画面に警告が表示された。まるで3Dのビデオゲームに没入しているかのようだ。この車に乗れば、完全にジェームズ・ボンドの世界に引き込まれる。
ジョー・カミンコウとウォルター・ボーリンガーは、8月にモントレーで行われた「The Quail, A Motorsports Gathering」で完成したDB5を再び公開した。ジョー自身もまだその時点では車を運転しておらず、ライブでのデモンストレーションが行われた。私はその瞬間をカメラに収め、マシンガンが火を吹く様子を目の当たりにした。「ステアでなくシェイクで」そんなボンドの決め台詞がふと思い浮かぶ…

Evan Klein