ベンチャー投資家、京都大学経営管理大学院客員教授 山本康正氏(撮影:小宮和実)


「GAFA」に代わって生成AI時代の覇権を握るといわれている「GOMA」(グーグル、オープンAI、マイクロソフト、アンソロピック)。各社は今、どのような戦略を講じているのか。そして、技術進化の潮流を正確に捉えるために、企業をけん引するリーダーたちはどのような視点を持つべきだろうか。2024年7月に著書『2035年に生き残る企業、消える企業 世界最先端のテクノロジーを味方にする思考法』(PHPビジネス新書)を出版した京都大学経営大学院客員教授の山本康正氏に、生成AI主要プレイヤーの動向、日本企業が向き合うべき課題について聞いた。(前編/全2回)

■【前編】成長続く生成AI新勢力図「GOMA」、中でも際立つマイクロソフトの「抜け目ない戦略」(今回)
■【後編】生成AI時代を勝ち抜くヒント…最先端技術を使わない任天堂「ファミコン」が世界的にヒットしたシンプルな理由

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生成AIは「1人の天才」が「1万人以上の価値」を持つ世界

――2024年の春から夏にかけて、「Google I/O」「Microsoft Build」「WWDC24*1」といった米ビッグテックの年次開発者会議が開かれ、各社の生成AIの開発動向が明らかになってきました。著書『2035年に生き残る企業、消える企業』では各社の動向について解説していますが、山本さんはどのような点に注目していますか。

山本 康正/ベンチャー投資家、京都大学経営管理大学院客員教授

東京大学で修士号取得後、NYの金融機関に就職。ハーバード大学大学院で理学修士号を取得し、グーグルに入社。フィンテックやAI(人工知能)などで日本企業のデジタル活用を推進し、テクノロジーの知見を身につける。日米のリーダー間にネットワークを構築するプログラム「US-Japan Leadership Program」諮問機関委員。京都大学経営管理大学院客員教授。日本経済新聞電子版でコラムを連載。著書に、『シリコンバレーのVCは何を見ているのか』(東洋経済新報社)、『世界最高峰の研究者たちが予測する未来』(SBクリエイティブ)、『アフターChatGPT』(PHP研究所)、『テックジャイアントと地政学』(日本経済新聞出版)など。


山本康正氏(以下敬称略) テクノロジーの変遷を振り返ると、WindowsやMacOSなどの「パソコンOS」、AndroidやiOSなどの「モバイル(スマートフォン)OS」が世界を席巻してきました。そして現在、生成AIの「アルゴリズム」がそれらに代わるようなムーブメントを生み出しています。

 例えば、パソコンOSの時代に高い競争力を持っていた米デルやNECは、スマートフォンOSの時代に入ると突如、存在感を失いました。今は、それと同じような時代の転換が起こってもおかしくない、緊迫した状態と捉えています。

 生成AIについては「GOMA(ゴマ)」(グーグル、オープンAI、マイクロソフト、アンソロピック)を中心に、その他スタートアップ企業群も含めて激しく争っている状況です。ここでデファクト・スタンダードを確立した企業が、次の時代の覇権争いを制するでしょう。

 生成AIの時代は「1人の天才」が「1万人以上の価値」を持つような世界です。AIの研究者を1万人揃えたからといって競争に勝てるわけではありません。「いかにして天才研究者を確保するか」「その才能をビジネスにつなげるか」という人材獲得競争に着目すべきです。


 例えば、グーグルは元々、AI領域に飛び抜けて強かったわけではありません。AI強化に本腰を入れ始めたのは、2014年に米ディープマインドを買収してからです。しかし、その後グーグルに在籍していた人材が次々と競合他社に流出していきました。ここで多くの人材がオープンAIに参画したことで、同社は競争力を高めたのです。

 近年では、オープンAIの人材がアンソロピックに移っている、という情報もあります。このように激しい人材獲得競争が起こる中、数年でその趨勢が移り変わります。今や安泰の企業は存在しない、といっても過言ではありません。

*1  WWDC24(Worldwide Developers Conference)は米Appleが開催する開発者向け発表会のこと。

オープンAIと対照的なアンソロピック、際立つマイクロソフトの「巧みさ」

――「GOMA」と呼ばれる4社の競争戦略は、どのように異なるのでしょうか。

山本 知名度という点では「ChatGPT」というブランドを持つオープンAIが群を抜いています。オープンAIはスピード感のある開発を進めていますが、これまで度々報道されているように、ガバナンス構造に課題を抱えています。

 一方、オープンAIの共同創業者が移籍したことで話題のアンソロピックは、より安全性を重視したセキュアな生成AIとして「Claude(クロード)」を提供しています。元々、アンソロピックはオープンAIのメンバーが喧嘩別れする形で独立してできた企業ですから、そもそも経営哲学・思想が異なります。そして、アンソロピックがサービスの開発において大企業との提携を着々と増やしている点からも、戦略の違いが垣間見えます。

 アンソロピックは韓国のSKテレコムや、米アマゾンとも提携を進めており、アマゾンのクラウドサービスプラットフォーム「AWS」上で利用できる生成AIサービス「Amazon Bedrock(ベッドロック)」では、Claudeを使ったサービスを提供しています。

――各社の人材が入れ替わり、それぞれ独自の哲学や価値を打ち出しているのですね。GOMAの一角を占めるマイクロソフトはどのような動きをしているのでしょうか。

山本 マイクロソフトは2024年5月に発表した新製品「Copilot+PC」(以下、コパイロット)で、PCに特化する戦略を打ち出しました。コパイロットの特徴は、生成AIをクラウド上のみならず、PC端末上でも利用できる点です。つまり、インターネットにつながらない環境や回線が遅い状態でも生成AIを利用できる、ということを意味します。

 スマートフォンの登場後、「パソコンの時代は終わった」と考える人も出てきていたはずです。しかし現状、多くの人がWindowsのPCを使い、WordやExcelを活用しながら仕事をしています。そこでマイクロソフトは「ユーザーの生産性を高める存在」と自分たちを物理的なものから離れて再定義し、「いかに生産性を最大化させるか」というところに存在意義を見出したのです。そして、それをグーグルやアップルの開発者会議を行うタイミングに合わせて世に出しました。

 元々、マイクロソフトはクラウドサービス「Azure」を展開し、一定のシェアを有していますが、アルゴリズムに関する強みを持っているわけではありませんでした。そこでいち早くオープンAIと連携を進めたのです。これも巧みな動きであったと思います。

――マイクロソフトは独自の生成AIを開発するのではなく、オープンAIと共生する道を選んだのですね。

山本 そうですね。マイクロソフトは自社でのモバイルOSの競争で十分なシェアを獲得できていなかったことへの危機感が非常に強く、今回の連携もその表れだと思います。一方で、コパイロットの発表を、あえてオープンAIの発表会と切り分けたことにも注目すべきでしょう。

 マイクロソフトはオープンAIに多額の出資をしていますが、もしかすると、状況次第ではコパイロットのブランドを確立した後、オープンAIとの提携を縮小する狙いがあるのかもしれません。「今後、オープンAIがどうなっても、自分たちのブランドは守る」という動きにも見えますから、今後の展開にも目が離せません。

生成AI時代に顕著に表れた「日韓企業の危機感の差」

――著書では、生成AI分野で韓国勢が存在感を発揮していると述べています。生成AIの取り組みについて、韓国国内に注目している企業はありますか。

山本 韓国では、サムスン電子が新たな動きを見せています。同社は独自の生成AIを開発し、2024年には自社のモバイル端末に搭載する可能性を示唆しました。

 かつてサムスン電子は、スマートフォンにおいて一定のシェアを持っていましたが、肝心のOSを持っていなかったため、グーグルの独自ブランド「Google Pixel」が出てきた際にその存在が霞んでしまいました。そのころから「自分たちの存在意義は何か」を問い直しており、昨今の生成AIブームの中で自社開発にかじを切りました。

 同社が最新のスマートフォンを開発しても、そこに搭載されたOSやアルゴリズムが一世代前のバージョンであれば、その価値は低減してしまいます。そうした事態を回避すべく、決済をはじめとする各種アルゴリズムも積極的に自社開発を行っているのです。

 一方、日本国内に目を移すと、ほぼすべての企業が白旗状態です。世界の動きに対する姿勢という意味では、ファイティングポーズを取り続ける韓国とは対照的と言えるでしょう。

――日本企業と、生成AI分野で挑戦を続ける他国との違いは、どこから来るのでしょうか。

山本 ユーザーサイドの意識の違いも大きいと思います。日本企業に関しては、AIをはじめとするIT技術の活用全般を外注する流れが強すぎます。多くの経営者が「AIを強みにするコンサルティング企業に任せれば、何とかなるだろう」と考えているのではないでしょうか。しかし、それではおそらく通用しないでしょう。

 今の時代、ITは経営の重要アジェンダです。特に、生成AIの登場によって多くの業務やサービスが自動化される中では「自社のビジネスモデル」どころか「自社の存在意義」さえも揺るがしかねません。生成AIの進化を踏まえた上で「自社のバリューはこれだ」と打ち出すことなしに、生き残ることは難しいのではないでしょうか。

【後編に続く】生成AI時代を勝ち抜くヒント…最先端技術を使わない任天堂「ファミコン」が世界的にヒットしたシンプルな理由

■【前編】成長続く生成AI新勢力図「GOMA」、中でも際立つマイクロソフトの「抜け目ない戦略」(今回)
■【後編】生成AI時代を勝ち抜くヒント…最先端技術を使わない任天堂「ファミコン」が世界的にヒットしたシンプルな理由

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筆者:三上 佳大