歓楽街を変貌させた「外国人経営者たち」東京都・上野・湯島・御徒町 混沌のディープタウンを歩く
急速な変貌を遂げる「上野・湯島・御徒町」
東京の中心部に位置し、「北の玄関口」として鉄道の拠点となっている上野駅と御徒町駅。その間を並走するように広がる「アメ横商店街」は、年末だけで約200万人が訪れるなど、インバウンド客を中心に賑わいを取り戻した。
アメ横から徒歩5分ほどの距離にある御徒町には、2000店以上とも言われる日本最大規模の宝石商が点在。同じく徒歩圏内の湯島に足を踏み入れると、東南アジアと錯覚するような町並みが目に留まる。これだけ近接した商業圏が明確に異なる特色を持っているエリアは、都内でも珍しい。
しかも、商業圏それぞれが急速な変貌を遂げているという側面もあった。そんな都心のディープタウンを歩いた――。
現在の上野は、平日でも活気に沸く。昼間であっても、路上まで座席が拡張された飲み屋には、杯を交わす人々が溢れていた。だが、必ずしもこの活況が歓迎されているわけではない。
「許可を受けず、また許可の範囲を逸脱して路上に作った席に客を座らせて営業する居酒屋が多すぎる。上野の飲食店も今や約6割が外国人の経営となった。客のマナーも良くないし、他の業種からすると非常に迷惑。強引な呼び込みへの対策も必要です」(アメ横の小売店の店主)
戦後の闇市を起源とするアメ横は、往時は鮮魚店がひしめいていた。しかし、現在は片手に収まるほどに激減している。この地で鮮魚店を営む小林正和さん(57)が解説する。
「アメ横に限ればお客さんの8割が外国人。高齢や代替わりを理由に店を畳む魚屋が出てきて、その跡地に外国人が入ってきた。10年以上前にケバブ屋さんが出来たのが最初かな。その後、中国人の飲食店が大挙してきた。アメ横を訪れる客は増えているけど、外国人は魚を買わないから商売は厳しいですね」
アメ横に昔ながらの商店が広がるという光景は今や昔。現在はアジア系の店やチェーン店が幅を利かせている。
変化の途上で混乱が生じ、凶悪犯罪が発生しているエリアもある。上野駅を出て、衣類や貴金属、アジア食品の専門店等が集まる「アメ横センタービル」を抜けると、御徒町駅に到着する。そこから秋葉原方面に向かうと、数多のジュエリーショップや問屋が姿を現す。
看板には、「ゴールド」「ダイヤモンド」「ロレックス」などの文言が掲げられている。警備服に身を包んだ、物々しい雰囲気のガードマンも視界に入ってきた。
「昔から強盗が多い地域だけど、近年は特に目立つ。特徴は同じ店が何度もやられること。店のリストでも流出しているのか、’22年3月にルフィ強盗団にも狙われた。やられるのは金やダイヤ、高級時計を取り扱う店ばかりだね」
こう打ち明けるのは、長年ここで卸問屋を営む男性だ。大半が小さな個人商店のため、「防犯にかけられる金額も限られ、対策に限界もある」と苦心している。
「商売上手」のインド人
仏具職人達が集い、その技術が宝飾品に転換されていったことで’60年頃から「宝石の町」として栄えた御徒町。時代が移ろい、現在はインドを中心としたアジア系の店主や顧客が増加している。数年前に宝石商を開業した依田泰美さん(57)は、こう話す。
「購入者の8割が外国の方。最近は中国人の店も元気がなくなり、退去が目立つ。存在感があるのはインド系の会社です。彼らはビジネスがうまく、店舗どころかビルをまるごと購入するなど、一大コミュニティを形成しています」
その言葉通り、インドやイスラム系の国などの宝飾品販売店が集中しているエリアがある。インドから来日して27年、5つの会社を経営するコターリ・マニッシュさん(46)に、インド人コミュニティ隆盛の理由を聞いた。
「我々は仲介業者を通さず、宝石の研磨や仕入れも全て自分達でやるから値段を抑えられて、かつ利益も高くなる。SNSを使った販売も含めて、とにかく調子がいいよ。この辺りのインド系の会社だけで、100近くある」
上野や御徒町が夜になると客足が鈍るのに対し、欲望に吸い込まれるように男性客が増加するのが湯島だ。メイン通りの仲町通りには、キャバクラやガールズバーが乱立する。焼き肉店やエスニック料理、フィリピンパブやタイ、韓国や中国のクラブ・バーの多さも目を引く。
湯島において、最も勢いがあるのがベトナム人のグループでもある。ここ4〜5年でベトナム系ガールズバーが急増し、その数は20近い。その草分けとされるのが、「Queen」だ。
店に入ると、サラリーマン風の日本人男性でほぼ満席。アオザイを着た留学生のグエン(仮名)が席につき、上機嫌で答えてくれた。
「コロナ前後から、一気にベトナムバーが増えました。その大半がココで働き、勉強して、近隣の店でママになっています。お客さんはほぼ日本人です」
他のベトナムバーを覗いても、「ルイ・ヴィトン」などの高級ブランドバッグを持ったベトナム人キャストが大勢働いていた。かなり潤っているように映る。フィリピンやタイパブのママに話を聞くと、「ベトナムの勢いには太刀打ちできない」と嘆いた。
ATMへ連れ出し……
その一方で外国人絡みの事件も急増している。’22年5月には、ベトナム籍の女性が口におしぼりを詰め込まれた状態で死亡するという事件が起きた。女性の遺体は湯島3丁目のクラブ付近の路上で発見され、合成麻薬MDMAで錯乱状態にあったことも明らかになっている。当時このクラブはベトナム人しか入店できなかったが、「違法薬物が蔓延していた」と常連だったベトナム人女性が明かす。
同クラブは事件を経て閉鎖。経営者が替わり、別店舗として今年7月より再オープンしていた。筆者も実際に訪れてみたが、手荷物チェックが厳しく行われるなど、以前とは様変わりしていた。客は全員ベトナム人らしかった。
クラブの近くで、3人組のベトナム人と思しき男性が職質を受けていた。10分ほどの手荷物検査後に解放されるも、不機嫌そうな表情を浮かべている。警察が湯島を重点的に巡回している証左だろう。
湯島の繁華街は文京区と台東区を跨ぐが、両区は外部の民間企業に委託して見回りを強化している。通りかかった巡回員の話によると、「中国女性の違法客引きに連れこまれ、数十万円を請求された」「財布からキャッシュカードを盗まれた」「甘い飲み物を飲まされ記憶をなくした」といった被害が続出しているという。地元商店街関係者がその背景を語る。
「『3000円飲み放題!』などと酔客に声をかけ、泥酔させて高額な代金を吹っ掛けるのが手口。古典的なやり方だが、トラブルを避けたいため、言われるがままお金を払ってしまう日本人も多い。所轄が上野警察と本富士警察に分かれるため、捜査が困難になるという面もある」
客引きが活性化するのは、巡回員が姿を消す23時以降。仲町通りの入り口では、20名ほどの中国人らしき女性がカモを物色していた。狙いを定めると、集団で囲み、強引に腕を引っ張ってくる。筆者も囲まれ雑居ビルに誘われた。中国パブに引っ張り込まれそうになったが、何とか振り切り外に出た。
すると今度は別の客引きグループが「飲み」「マッサージ」と執拗に迫ってきた。彼女たちに、通常営業していないスナックへと連れ込まれそうになる。少しでも耳を傾けると、体を押しつけてくる。強引さやしつこさに、被害者が減らない理由の一端を理解できた。
仲町通りの端に位置するコンビニでは、「中国人女性に連れられてきて、女の前でATMからお金を下ろす男性の姿が頻繁に見られる」(バー店主)という。
10年以上、湯島でスナックを経営する中国人ママが現状に強く憤(いきどお)る。
「客引きたちは中国人だとわかると警戒されるからか、最近は台湾人と名乗るケースもある。ウチのお客さんも何人も被害に遭っており、『20万円やられた』と湯島から足が遠のいた常連さんもいます。真面目にやっている私たちまで白い目で見られるから、本当に迷惑ですよ」
商店街や警察が連携し、防犯活動を行っているが、強い抑止力にはなっていない。上野湯島地区盛り場環境浄化の一還として、町のパトロールを行う「東京上野ロータリークラブ」の元会長が語る。
「15年ほど前から、ぼったくり等の犯罪抑止のため防犯カメラの増強、パトロールなど手は打っていますが、被害は出続けている」
逮捕者も出るなか、今後も警察と客引きのイタチごっこは続きそうだ。都内有数の繁華街に生じた歪みを正すのは、その特殊な地域性ゆえ、困難を極めている。
『FRIDAY』2024年9月20日号より
取材・文:栗田シメイ(ノンフィクションライター)