(※写真はイメージです/PIXTA)

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内閣官房「令和元年度移住等の増加に向けた広報戦略の立案・実施のための調査事業報告書」によれば、20〜59歳の東京圏在住者49.8%が「地方暮らし」に関心を持っているようです。しかし実際に移住をしてみると、思ってもいなかった期待と現実のギャップに直面するケースも少なくなく……。本記事ではAさんの事例とともに、親子とお金の切っても切り離せない問題について、オフィスツクル代表の内田英子氏が解説します。

長年抱いた夢

Aさんは現在65歳、長年、大手企業で会社員として働いてきました。コーヒーソムリエの資格を持ち、趣味はカフェ巡りです。カフェを渡り歩き、コーヒーを飲みながら読書をすることが日課でした。おひとりさまのAさんは、先日定年退職をしましたが、その後地方への移住を決断しました。

きっかけとなったのは、15年ほど前の旅行。観光で立ち寄った際、町のたたずまいや穏やかな雰囲気がとても気に入り、リフレッシュできたことが強く印象に残っていました。定年退職が近づいてきたころ、Aさんは再びその町を訪れることにしました。2回目の訪問ということもあり、前回は行かなかったエリアまで足を運んでみると、雰囲気のよい古民家が売りに出されているのを見つけます。

長年カフェを開くことが夢だったAさんは、昔ながらの瓦屋根の古民家を前に一気にイメージが膨らみ、移住を決断しました。古民家を改装し、小さなカフェを始めることにしたのです。

まず、Aさんは住んでいた家を売却しました。Aさんが住んでいたのは都内郊外の住宅地で36歳のとき、4,700万円で購入したもの。こちらはすぐに約2,400万円で売却することができました。

一方、古民家の価格は約800万円でした。改装とあわせて、耐震補強等の修繕は必要でしたが、自治体からの補助金を活用したことで、古民家の取得費や修繕費の負担を減らすことができました。持ち出し金額は約1,500万円。東京の自宅は半値になってしまうと聞いたときにはショックを受けましたが、差し引き約900万円のプラス。Aさんは上機嫌でした。

移住先は小さな町でしたから、東京から移住してきたAさんがカフェをオープンすることはすぐに噂になりました。そのおかげもあり、話を聞きつけた地元のテレビ局が取材に来てくれるなど、観光客を中心にお店は賑わいました。とても順調な滑り出しでした。

時間差で効いてくる、期待とのギャップ

順調な滑り出しでスタートしたAさんの移住生活でしたが、コロナ禍により一変します。観光客は激減し、売上げが0円の日も目立つようになったのです。同時に、移住前には想像できなかった細かなギャップが、Aさんの暮らしに影響を与えはじめました。

生活費が東京より抑えられるはずが…

地方移住前、Aさんは商業施設が少なく品ぞろえも悪いという不便さの代わりに、物価の安さを期待していました。しかし、生活費は期待しているほど減らなかったそうです。理由は、食料品の価格の高さです。確かに東京でいたころに比べると新鮮な野菜をもらえることもあり、野菜のコストは安く抑えられたのですが、肉や魚が高かったのです。Aさんの移住先では、スーパーに並んでいるのは地元のブランド魚やブランド肉が中心でした。

また、Aさんは移住を機に自動車を取得しましたが、自動車関連費用もかさみました。ガソリンが高いのです。

書店がない

Aさんにとって近くに書店がないことは大きなショックでした。出版文化産業振興財団の調査によると、全国1,741市区町村のうち、書店が1店舗もない自治体は27.7%を占める(2024年3月時点)と言います。欲しい本があれば、インターネットで買えばいいのですが、Aさんは書店で過ごすことが好きでした。書店を求め遠出するたびに、高速道路料金とガソリン代がかさみました。

東京では高くて買えない、地方では誰も買ってくれない「家」

Aさんのカフェ以外の収入は公的年金のみで、月約13万円でした。カフェの収益がなくなれば年金で生活費を賄わなければいけません。地方移住後は物価が安いから余裕で年金生活ができるだろうと思っていたAさんですが、実際には移住後の生活費は年金で賄えず、毎月2万円程度の補填が必要でした。

移住時、Aさんの資産は約2,000万円あり、借入はありませんでした。しかし、生活費だけでも最低年間30万円の取り崩しが必要でしたし、観光客が減少して以降は事業用の持ち出しも増えたことで、移住後4年間で資産は1,000万円を切っていました。移住当初に自宅を売却したことで得た900万円の利益も開業資金に使ってしまい、すでにありません。このまま売り上げが戻らないままでは、残りの資金もあっという間に使い切ってしまう。

焦ったAさんは店を休業し、働きながら再出発しようと仕事を探すことにしました。しかし仕事はまったく見つかりませんし、自治体にあったのは創業や事業拡大の支援ばかりだったそうです。

さらに、自治体でハザードマップが見直され、Aさんの住んでいるエリアが土砂災害警戒区域に指定されたことが追い打ちとなりました。「もしいまのような状況のまま災害で自宅まで大きなダメージを受けたら、生活を立て直すことは到底できない。やっぱり東京へ帰るしかない」Aさんはやむなく、東京に戻ることにしました。

東京に戻ってきたAさんはすぐに職探しを始めると同時に手持ち資金で買える住宅を探し始めました。しかし都内の住宅価格は高騰しており、「いいなと思う家は高くてとても買えません。いまだに探しているところです。買い取った古民家は売り手がつかないまま」と言います。

地方移住の検討は慎重に

総務省『令和5年住宅・土地統計調査 住宅数概数集計(速報集計)結果』によれば、日本の総住宅数は6,502万戸で過去最多を記録する一方、同時に空き家数も増加し、賃貸・売却用や二次的住宅(別荘など)を除く空き家は37万戸増加、過去30年間で約2倍となりました。

総住宅数に占める空き家の割合である空き家率も過去最高を記録しており、全国平均では5.9%(2023年賃貸・売却用および二次的住宅を除く空き家率)ですが、特に地方では西日本を中心に10%を超える自治体も複数あるなど、空き家率は高い傾向にあります。
さらに近年自然災害が多発しており、水防法改正により、洪水浸水想定区域は増加傾向にあります。

都心部から地方に移住する際、物件を安く買うことはできますが、その背景には多くの場合、買い手が少ないことや、住宅ストックの余剰の多さ、などがあります。空き家が増加すると地域の景観や魅力、土地価格への影響も懸念されるため、余剰住宅の利活用が求められますが、住まいは暮らしと密接に関連しているため、なかなか進まないのが現状だと思われます。

自治体によっては「田舎暮らし体験」を提供しているところもあるため、そういったものを活用するなど、よりリアルに近い生活とご自身の価値観を照らし合わせたうえで検討なさってみてください。
 

内田 英子

FPオフィスツクル

代表