【宮武和多哉】不正が相次ぎ発覚…!博多・釜山間を運航する高速旅客船「クイーンビートル」で判明した、「検査偽装・隠ぺい」の悪質すぎる実態

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「浸水報告不履行」「ウラ管理簿」「データ偽装」

九州旅客鉄道(以下:JR九州)の子会社「JR九州高速船」が運航する高速旅客船「クイーンビートル」(九州・博多港〜韓国・釜山港)で、安全に関わる数々の不正が判明した。その内容は、船首倉(船の先端部)の「浸水」に関するものだ。

まず、2024年2月12日には少量の浸水が確認されていたにもかかわらず、これを監督省庁に報告していない(報告不履行)。さらに、浸水のデータを、法定の航海日誌ではなく、内部向けの資料を作成、記録(ウラ管理簿)。

さらに、5月27日頃から浸水量が増加したことを受けて、5月28日には船底から44cmの高さにあった警報センサーを50cm以上もの高さに付け替え、警報アラームの鳴動を止めた(安全機器の動作偽造)。

何より「クイーンビートル」は、必要な報告を国・JR九州に行わず、不都合なデータも偽装したまま、延べ4ヵ月も日本・韓国の国際航路で就航していたことになる。船会社(海運事業者)としてあまりにも悪質で、重大な信用問題と言わざるを得ない。

一連の検査不正は、8月6日に行われた国土交通省の抜き打ち検査で判明。うち「報告不履行」は田中渉社長(当時)が報告しない決断を下し、「ウラ管理簿」「安全機器の動作偽装」も社長が把握していたという。

8月14日には親会社にあたるJR九州が会見を行い、松下琢磨常務が謝罪するとともに、前日付けでの社長交代(本社取締役に異動)も発表された。「クイーンビートル」は受付済みの予約を払い戻した上で当面休航。再開の見込みは立っていないという。

2022年には、北海道・知床半島沖で起きた遊覧船「KAZU1(カズワン)」の沈没事故によって、乗客・乗員あわせて26人が死亡・行方不明。以降、日本の海の安全が厳しく問い直されている。その中で、JR九州という看板を背負った「JR九州高速船」は、保有船「クイーンビートル」の稚拙な不正・検査偽装に走ってしまったのだろうか。

背景には、同社が置かれていた「海vs.空」の激しい競争と、あまりにも不運なコロナ禍があった。ただ先に申し上げておくが、どんな事情があったところで、「浸水報告不履行」「ウラ管理簿」「安全機器の動作偽装」が許される訳ではない。

ヨン様効果でブレイク

いまの博多〜釜山航路はJR九州の直轄事業として、1991年に運航を開始した。鉄道の不採算に苦しむ同社は早くからレストラン・ホテルなどの多角化戦略をとっており、船舶事業部はその先兵として、瀬戸大橋の開通後に廃止となった「宇高連絡船」の関係者を迎え入れてスタートしたという。

開業後の「ビートル」は長らく伸び悩んでいたが、03年にぺ・ヨンジュンさん主演の韓国ドラマ『冬のソナタ』が日本で放映されたことがきっかけで「韓流ブーム」が到来。ドラマ最終回に登場した「不可能の家 」がある釜山への観光客の激増で、翌2004年に史上最高となる年間利用約35.3万人を記録。2005年には子会社「JR九州高速船」として独立を果たし、4隻(2014年から3隻)体制で博多・釜山間を結んできた。

また外国人限定の「JR九州レールパス」(外国人観光客向けの鉄乗り放題切符)と「ビートル」のセット販売で韓国からの訪日客を取り込み、「ゆふいんの森」「あそボーイ」などJR九州観光列車や、JR九州ホテルなどに、シャワーのようにまんべんなく人流を送り込む役割を果たしてきた。業績としてはそこまでの黒字を上げずとも、JR九州グループ全体への貢献度は格別に高かったと言えるだろう。

なお船舶関連のセクションは、のちにJR九州社長として手腕を発揮する唐池恒二氏(現相談役)が船舶事業部の社員として初代「ビートル」に関わり、出発式の司会を自ら務めたという。

今回の事態発覚で交代した前社長も、九州新幹線開業当時の広報、唐池氏が会長を務める農業関連の子会社社長、西九州新幹線部分開業時の長崎支社長と,要職を次々と歴任している。「JR九州高速船」はグループの実力者の登竜門でもあり、子会社の中で特別な存在でもあるのだ。

JR九州高速船の誤算

しかしほどなく、空(航空)と海(ビートル)との競争が、「JR九州高速船」の未来を揺さぶる。

2010年にはLCC「エアプサン」釜山〜福岡線が就航、「往復最安8000円」というプロモーション(特別)運賃で攻勢をかける。2012年には「スターフライヤー」釜山〜北九州線が「日帰り往復最安6600円」で参入(現在は撤退)したこともあり、倍額以上の運賃であった旅客船「ビートル」からすっかり利用者を奪ってしまったのだ。

航空vs.海運の競争だと、郊外にある空港の立地がマイナス要因となりがちだ。しかしあいにく福岡空港、釜山・キメ国際空港はどちらも市街地の近くで、空港間の所要時間は1時間弱。「ビートル」は博多港〜釜山港間で3時間かかる上に、水中翼船「ジェットフォイル」で運航しているが故に全区間でシートベルト装着の必要があり、対:航空で見た「ビートル」は「高い、遅い、そこまで快適でない」ものだった。

また、九州〜釜山間の海路は「ビートル」と同一経路の「ニューかめりあ」、下関港からの「関釜フェリー」などとの競争もあった。その後「ビートル」は「ネット限定・往復最安値4900円」で対抗するも、じりじりと客足は落ちていく。2014年には1隻を売却して3隻体制となり、いつしか利用客は年間20万人を切ってしまった。

ここでJR九州高速船JR九州が起死回生の策として打ち出したのが、今回問題となった高速船「クイーンビートル 」(豪・オースタル社製)投入だ。それまでの「ビートル」3隻は定員200人程度のジェット船(ジェットフォイル)で運航されていたものの、観光のハイシーズンに集中する需要を取りこぼしていた。定員500人以上の「クイーンビートル」で繁忙期の特需を取り切り、ふたたび年間30万人台に利用水準を戻すという意図があったという。

また現実的には、新しいジェット船への置き替えも困難であった。この船は航空機の技術を応用して「時速約70Kmでの航行が可能」(通常のフェリーは時速30Km以下)であったものの、 あまり普及しなかったことから新造船が途絶えたまま。(その後20年に他社で1隻建造)かつ、高速で航行するが故にクジラ・サメとの衝突事故が相次ぐなど、トラブルも多発していた。

余談だが、24年8月に伊豆大島沖で制御を失って22時間漂流したのも、同タイプの「ジェット船」だ。そのまま3隻体制を維持していても、老朽化と多発するトラブルで経営が行き詰まっていた可能性もある。

新しい高速船「クイーンビートル」はジェット船と違って船内を歩きまわれるため、JR九州のノウハウを生かし、観光列車「A列車で行こう」のようなバーカウンターなどで、移動時間の楽しみが演出されている。

しかし所要時間は3時間40分と大幅に伸びるため、一定の利用客が見込める対馬・比田勝港への寄港を諦めなければいけない。大型フェリー並みの約60億円という費用を投じた「クイーンビートル」は、先の見えないLCCとの競争の切り札でもあり、JR九州高速船JR九州にとって一世一代のギャンブルでもあったのだ。

ところが今回、この「クイーンビートル」は利用者争奪戦の切り札になり得ないまま、検査偽装や隠ぺいの舞台となってしまった。ただし、ここでいま一度、強調しておきたい。そのような事情があったところで、「浸水報告不履行」「ウラ管理簿」「安全機器の動作偽装」が許される道理は、まったくない。

つづく後編記事『国交省はどこまで踏み込むか…不正が相次ぎ発覚!博多・釜山間を結ぶ高速旅客船「クイーンビートル」を運航するJR九州子会社の「企業体質」』では、JR九州高速船JR九州にとってはあまりにも不幸な「コロナ禍・パンデミック」、そして相次いだ船体の亀裂など、不運ともいえる背景について分析していこう。

国交省はどこまで踏み込むか…不正が相次ぎ発覚!博多・釜山間を結ぶ高速旅客船「クイーンビートル」を運航するJR九州子会社の「企業体質」