ヤマトは価格戦略で攻勢をかける。業界トップには運賃の底上げを積極的に進めてほしいとの期待も寄せられているが・・・(撮影:尾形文繁)

「大手物流の値下げの影響で顧客を1社失った。かなりの値下げだから、収益的には厳しいのでは」

ある物流企業首脳は、こう明かす。この会社は大手よりも価格を低めに設定し、効率を重視する運営で定評がある。それでも顧客を奪われたという。

価格攻勢をかけているのは、宅配便の王者・ヤマト運輸だ。ヤマトはここ最近、精力的に法人顧客の開拓を進めている。法人客の獲得にはコストを下げる提案も重要になるため、大胆な割引を適用しているようだ。

物流業界は現在、荷物量の少ない状態が続いている。物価上昇に賃上げが追い付かずに節約志向が強まる中、消費は停滞し、荷物量が減っている。頼みのEC(ネット通販)も成長が鈍化し、苦しい状況だ。そんな中、最大手が価格戦略で荷物争奪戦に乗り出している。

佐川の6月は8%超マイナスの衝撃

各社の荷物の取り扱い状況は、毎月発表される「月次実績」で把握できる。ヤマトの場合、今2024年度の宅急便の月次の取扱実績はプラス基調で推移している(図表)。厳しい市場環境下でも、着実に荷物を獲得していることが見て取れる。

一方、ライバルの佐川急便を擁するSGホールディングス(HD)は厳しい。特に今年6月は前年同月比8.1%減まで落ち込んだ。実績を開示している2018年度までさかのぼっても、単月ベースでは最大級の減少幅となった。これはヤマトの値下げ影響にほかならない。

7月に入り同1%増へ回復したが、これは荷物量の多い平日が昨年より2日多かったためで、実質的にマイナス基調となっている。SGHDは2024年度の宅配便個数の通期見通しを13.8億個から13.6億個に引き下げた。


SGHDは実質賃金の低下が続いていること、EC需要が旺盛ではないこと、競争激化などを荷物減少の主な要因と分析する。そんな中でも「適正な運賃を収受する」という方針は変えず、単価を落としてまで荷物を獲得することはしなかった。そこにヤマトの攻勢が重なったわけだ。今後は営業活動を再強化する方針だ。

ヤマトの戦略は、数字を見れば明らかだ。4〜6月期の宅急便の個数は前年同期比2%増の4億5124万個と健闘したが、単価は706円と同7円下がった。大口法人の取扱数量が6.9%増となり、単価が2.1%下落したことが響いている。

単価の動向について栗栖利蔵副社長は「課題がある」と決算説明会で語った。「新規の大口法人の影響もあり、ミックスで単価は下がった。既存顧客と交渉して単価を上げていく。特に下期はクール便の顧客については単価を上げて収益につなげていく」(栗栖副社長)。

ヤマトは今期の宅急便単価を前期比4円プラスの725円と想定する。法人客の獲得で荷物量を確保しつつ、下期にかけて単価を巻き返せるかが焦点だ。

問われるリーダーの実行力

物流業界は2024年4月に残業の上限規制が導入され、拘束時間や休息時間などの規制も強化される「物流2024年問題」を迎えている。長距離トラックドライバーの待遇改善が中心で、宅配の現場に直接影響するものではない。しかし宅配便大手でも、協力会社に委託している長距離のセンター間の輸送コストなどは着実に上昇する。

委託先に払う運賃が上昇することもあり、各運送会社は2024年問題を機にコストの上昇分を荷主側にしっかりと転嫁し、単価を底上げしていこうというのが業界の機運なのだ。そこで大手のヤマトがむしろ単価を下げて攻勢に出ているのは驚きだ。

もちろん、営業の強化や個数を追う方針自体は責められるものではない。また、現在ヤマトが進める配送網の構造改革の効果によって、早期に値下げ分を回収できる公算があるのかもしれない。

しかし、安値受注で苦しい状況に追い込まれるのは、過当競争に陥った物流業界が数十年間、経験してきたことでもある。

今は運賃や単価の適切な値上げを進め、効率化策も実行し、物流業界全体で待遇や地位を底上げしていく重要な局面だ。ヤマトには業界のリーダーとしての実行力が求められるのではないだろうか。

(田邉 佳介 : 東洋経済 記者)