まるでオフィスのような臼井さん宅のリビング。友だちが来たとき、のんびりするよりも、この場所で一緒に仕事をしたり"ブレスト"したりする方が好きだという(写真:ヒダキトモコ撮影)

日本では、ひとりで暮らす人が増加している。2023年の「ひとり暮らし」世帯は全体の34%を占め、統計が始まって以来、過去最多。本連載「だから、ひとり暮らし」では、ひとりで暮らす人々を自宅で取材し、そのライフスタイルや、心のうちをひもといてゆく。

24時間を仕事に捧げる若きAIコンサルタント

今回自宅で取材をしたのは、AIコンサルタントの臼井拓水さん25歳。

新卒でアマゾン(Amazon Japan)に入社し、2023年10月に法人向けのAI研修やDX支援を主に行う会社を設立した。SNSではYouTubeとInstagram、Xを合わせると約22万人のフォロワーがいる発信者だ。

現在の住まいは代官山にあるルーフバルコニー付きの1LDKで、その家賃約40万円。高額賃貸に暮らす臼井さんだが、実は住む場所には全くこだわりがないという。

【写真】都心の高級賃貸に暮らすミニマリストの部屋の様子は?(10枚)


臼井拓水(うすい・たくみ)/ Michikusa代表取締役。Amazon Japan、AIベンチャーを経て、Michikusa株式会社を創設。国際基督教大学(ICU)卒。usutakuとしてAI情報を発信中。著書に『Notion AIハック 仕事と暮らしを劇的にラクにする72の最強アイデア』(翔泳社)(写真:ヒダキトモコ撮影)


洋服は同じ服を数枚持って時短につなげるミニマリスト。洗いあがった服は3種をカゴに分類するだけだから効率的だ。左から下着、スラックス、Tシャツのカゴ(写真:ヒダキトモコ撮影)


クローゼットに収納するワードローブもミニマルだが、最近趣味のスポーツウェアが増えてきた(写真:ヒダキトモコ撮影)

「この部屋には、数日前に引っ越してきたばかりです。今回の引っ越しでは、あえてこういう部屋を選んだのですが、前の部屋はごく普通の内装でした。

僕は住むところには無頓着で、前の家はガスも引いてなかったんです。食事は全て外食。冷蔵庫もなかったので、ゼリー飲料とビタミン飲料を買いこんで、家では常温のそれらで空腹を紛らわせていました。シャワーは近くのジムで済ませるのが日課でした。

24時間仕事のために生きていたので、ほかの要素は要らないと思っていたんです」(臼井さん 以下の発言全て)

「あえての高級賃貸」を選んだ理由

入居したての部屋はシンプルな間取りながら、グレーを基調にした内装に、ルーフトップバルコニーへと続くリビングイン階段がアクセントとなった、特徴的な物件だ。

「この家を選んだのは、空が見えるバルコニーが気に入ったからです。代官山という立地もポイントでした。打ち合わせで都心の六本木や渋谷などに出向くことが多いので、アクセスが良く時短になります。

内装に関しては、こういう感じが特に好きというより、分かりやすく高級感がある方が、仕事にもメリットがあるんです。

前の家に住んでいたとき、ガスも引いていないと公言していたせいか貧乏起業家のように思われて、軽く見られることがありました。実際は起業して間もない頃から、アマゾンで働いていた頃の収入を、大幅に上回る売上があったのですが。

それなら見るからに家賃の高そうな部屋に住もうと、家賃40万円の部屋を選びました。とはいえ住む部屋がボロボロだったとしても、僕のパフォーマンスには変わりがないのですが……インターネットさえあれば、世界中どこにいようともビジネスはできますから」


ここからAIを使いこなすためのヒントを各SNSに発信している(写真:ヒダキトモコ撮影)

臼井さんの部屋で目立つ家具のひとつが、ベッドルームの一角にある配信システムだ。一般的なワークデスクの上に2台のモニター、そして配信のためのマイクとリング照明。それほど複雑な装備ではないが、彼はここからAIについて解説する動画をSNSに投稿し、広く拡散されている。

スタートダッシュに成功し順調だったが…

臼井さんの収入のメインはAIに関する研修だ。最初はインターン時代やサラリーマン時代に培ったコネクションを頼りに地道な営業をかけていたが、現在の受注状況は順調。

企業研修以外に、SNSで集めた一般ユーザー向けのセミナーも行っており、2024年6月に行ったアプリ「Notion」を使いこなすセミナーでは、5000円の配信チケットが約8000人に売れた。

「僕は物心ついたときから起業家になることを目指してきたので、ずっとワーカホリックです。学生時代から恋愛や友情よりも、仕事での成功に重点を置いて生きてきました。

ところが起業して程なく、当面働かなくても過ごせるぐらいのお金が継続的に入ってくるようになった頃、突然虚しさに襲われてしまったんです。学生時代から常にアグレッシブに過ごしてきたので、そんなことは初めての経験でした」

臼井さんは子どもの頃から全力で物事に当たるタイプだった。いわゆる「良い子」に見られたいからそうするのではなく、元来の性格から、そうせずにはいられなかったのだという。

「昔から当事者意識というか、責任感が強すぎるんです。僕、小学生や中学生の頃から、絶対に“手を挙げる”タイプなんですよ。授業は一番前で受けて、先生からの質問には率先して答え、学級委員長のような役職には全て立候補していました。

中学校までは千葉県の公立校に通っていて、そこではちょっと斜に構えていた方がカッコいいという価値観だったので、僕は浮いていましたね。『あいつ地味なキャラクターのくせに、目立ちたがりだな』みたいな評価です。

僕は新学期のたびに、『今度こそ浮かないように、落ち着いて過ごそう』と思うのですが、体が勝手に手を挙げてしまう……。そのうちそれが自分なのだと諦めて、自己研鑽に邁進するようになりました」

臼井さんは幼少期に同級生に馴染めなかった孤独もバネにして、起業家としての成功を掴むための鍛錬を積んできたのだろう。それが“多額の収入”という、分かりやすい指標を達成してしまったことで、燃え尽きてしまったのかもしれない。


この部屋のなかで一番気に入っているポイントの、ルーフバルコニー(写真:ヒダキトモコ撮影)


最近はインストラクターをする母に学んで、ベランダでのヨガを習慣化している(写真:ヒダキトモコ撮影)

「仕事にはやりがいを感じています。でも強いていえば、ひとつの成功の形が見えてきた頃に、『世界に対する僕の立ち位置は、これでいいのだろうか?』というような、漠然とした不安に苛まれてしまったんです。その頃は、不眠症になりかけていましたね。

眠れない日々が続くなかで、僕は『自分が心から好きなことって何だろう?』と考えざるをえなくなりました。先々の成功のためだけではなくて、今の自分のためにも時間を使わなくては、人間的に脆くなってしまうと分かったのです。その時の反省が、引っ越し後の今の部屋に反映されているかもしれません」

友だちと過ごす時間が幸せ、全力で楽しむ

成功した仕事を続けていくには、成功を目指していた頃とは違った心の在り様が必要になる。精神のバランスを崩しそうになった臼井さんが探求した「今の自分が心から好きなこと」とは何だったのだろうか?

「その時、僕が好きなのは『友だちと過ごす時間』なんだと、気づいたんです」

中学校までは、学校で浮いていたという臼井さんだが、国際基督教大学の付属高校時代からは、親しい友人ができるようになった。同大学時代はラグビー部に所属し、チームメイトを部屋に呼んで料理を振る舞っていたという。

「幸いなことに、我が道を行くうちに僕を理解してくれる友人が増えていきました。就職してからは、仕事に集中しすぎて友人との時間も削りがちだったのですが、今は意識して友だちと交流する時間を持つことにしています。

そういうときもダラダラするのは嫌なので、体育館を押さえて全力で運動したり、ビジネスアイデアをブレストしたりすることが多いです。今は気の合う友だちが多いので、一緒に楽しんでくれますね」


棚の家電は全てBALMUDA。同社は2021年に携帯端末事業に参入し早期に同事業を終了したが、臼井さん曰く「チャレンジ精神をリスペクトしている日本企業です」とのこと(写真:ヒダキトモコ撮影)


引っ越してから好きな花屋を見つけて通うように。「週に1度、花瓶ごと持って行って入れ替えてもらっています」(写真:ヒダキトモコ撮影)

前の部屋では家具も家電も最低限に抑えたミニマルな暮らしをしていた臼井さん。現在の住まいには冷蔵庫もあり、スタイリッシュな家電も取り揃えられている。

「引っ越しをするときは『友だちを呼べる部屋』にしようというモチベーションもあって、それまでは使わなかった家電を購入しました。ブランド重視で選び、全てバルミューダ(BALMUDA)のもの。実はまだコーヒーメーカーしか使ったことがありませんが、気に入っています」

ひとりで世界と対峙する醍醐味を味わいたい

臼井さんは、友人と一緒にいることの幸せに気づいた。では、彼がひとりで暮らす意義は、どのようなところにあるのだろうか。

「“発信”って、ひとりのときにしかできないと思うんですよね。僕の好きな作家、近藤 康太郎さんの著作、『三行で撃つ 〈善く、生きる〉ための文章塾』のなかに、“文章を書く人は、世の中に不満を抱えてるからこそ書く”といった内容の一節があって、とても共感しました。

僕はひとりでいるときに、創作意欲が湧きます。他人と一緒だと楽しくて、その世界で完結してしまうんですよね。もちろん楽しいのはとても良いことです。でも僕はひとりの時間に自分と向き合って、そこでつかんだ自分の考えを、起業家として世界に問うていきたいんです」

人は誰しも世界と対峙しているといえるが、その状態をよりダイレクトに感じ、自分自身のなかで醸成するために、臼井さんはひとりの時間を必要としている。

「今後ずっとひとりでいるとは限りません。でも、今はその時間を大切にしたいと思っています」


「どんなことにも全力で向き合っていきたい。仕事も、大事な人との関係も」と臼井さん(写真:ヒダキトモコ撮影)


この連載の一覧はこちら

【写真】都心の高級賃貸に暮らすミニマリストの部屋の様子は?(10枚)

本連載では、ひとり暮らしの様子について取材・撮影にご協力いただける方を募集しています(首都圏近郊に限ります。また仮名での掲載、顔写真撮影なしでも可能で、プライバシーには配慮いたします)。ご協力いただける方はこちらのフォームからご応募ください。

(蜂谷 智子 : ライター・編集者 編集プロダクションASUAMU主宰)