まさかの“復活”

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 一度はテレビから“干された”かに見えたお笑い芸人・永野(49)が再ブレイクの兆しを見せている。コンプラにがんじがらめのテレビ局が「毒舌」で知られる“カルト芸人”へ再びオファー攻勢に出る――その意外な舞台裏とは。

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「ゴッホより普通にラッセンが好き」のネタで約8年前、一躍“売れっ子”の仲間入りを果たしたピン芸人の「永野」。しかし2017年以降、徐々にテレビでの露出は減り、いつしか「一発屋」との呼称が……。そんな永野がいま、50歳を目前に再ブレイクを迎えているという。

「今年に入ってYouTubeなどのネット界隈で『永野が出ると動画再生数が爆上がりする』との評判が立ち、実際、永野さんがゲストとして出演した配信番組で再生数が他の回とくらべ数倍に跳ね上がる現象が続出。本人が言い始めた“令和の配信王”との呼び名も、すでに誇張ではなくなっています」(スポーツ紙デスク)

“バズる”キッカケとなったのは昨年、名古屋のローカル番組「太田上田」に出演した永野が、「爆笑問題太田光とともにMCを務める「くりぃむしちゅー」の上田晋也に噛みついたことだった。

まさかの“復活”

「永野さんが番組内で上田さんを『あなたは(カテゴライズすると)いつまで経っても“豆知識”なんですよ。知恵が欲しいからテレビが呼んでるだけ。博学だって言われたら、すっかりその気になって、笑いより“豆知識”言いだして。20年前は笑ってたけど、この20年は(上田を見ても)豆知識(の印象)しかない』と歯に衣着せぬ表現でイジり倒した。ところが予想に反して、これがウケて大きな反響を呼びました」(同)

 1年以上前に放送されたこの回のYouTube再生数は累計で130万回を超え、これを機に「永野はやっぱり面白い」と再認識され始めたのだという。

手を差しのべた人気俳優

 永野は宮崎県出身。幼稚園から中学校までは地元でも有名なエリート校に通ったが、中学時代の成績が「学校で1、2位を争うビリ」だったため、高校は一転“ヤンキー校”へ。

「自分からヤンキーたちにスリ寄ったりしなかったそうですが、“変わった奴”と認識され、ヤンキーたちともフツーに交流していたそうです。この高校時代にダウンタウンやウッチャンナンチャンらが出演していた『夢で逢えたら』を見て、芸人の道を意識し始めたと本人がインタビューで語っています。ちなみに中学時代は友達と『誰も入らないクラブに入ろう』と決め、“1時間、ゴミを埋めるための穴を掘り続ける”ことが活動内容の『奉仕部』に所属していたそうです」(お笑いライター)

 高校卒業後は専門学校「日本スクールオブビジネス」に進学するが、これは東京へ行くための手段に過ぎなかったという。同校を卒業後、太田プロを経てホリプロに所属。しかし28歳の時、「お前がいると後輩に悪影響を与えるから辞めてくれ」と当時のマネージャーに告げられ、ホリプロを実質“クビ”に……。

「その後、フリーとして数年間、地下芸人の世界で活動するうち、本人いわく『売れ線を放棄した、変態さや気持ち悪さを増幅させた』ネタの純度が高まっていったとか。一方で、永野さんはこの頃、『自分はもう絶対に売れない』と思っていて、お酒を飲んで舞台に出るなど自暴自棄になったこともあったそうです」(同)

 ところが38歳の時、思わぬ転機が訪れる。

「自分はみじめです」

 俳優の斎藤工がテレビで観た永野を高く評価し、自身がプロデュースした映画に永野を起用。以降、「アメトーーク!」(テレビ朝日系)への出演が決まるなど、風向きが変わり始めたという。

 最初のブレイクは長くは続かなかったが、49歳にして配信の世界で復活を果たし、いまや一度は“干した”側のテレビから声がかかるミラクルを起こした永野。今さらながら永野に熱い視線を送り始めたテレビ局側の思惑について、民放キー局局員がこう話す。

「業界では、いまの永野さんの毒舌は再ブレイク前の有吉(弘行)さんを彷彿とさせると評判です。ただし同じ噛みつくにしても、49歳の永野さんがやると、若手芸人にありがちな“爪痕を残す”といった切羽詰まった感はなく、むしろ“偏屈オジサンの放言”とでもいったコミカルさを生んでいる。永野さん自身がメディアの取材に『“自分はみじめです”と一段低い立場から悪口を言うようにしています。ひとをただ傷つけるような芸は絶対にしたくない。ひとを傷つけないギリギリのラインを狙うのがおもしろい』と語っていたように、テレビのコア視聴層である50代以上は永野さんの毒舌をエンタメとして捉えているフシがある。“ホワイト化”のすすむテレビで、永野さんの笑いは許容範囲ギリギリながら“最高のスパイス”になると考えている」

「自分は高校時代から変わっていない」と公言する永野だが、ブレずにやり続けることで、時代の側が折れることもある――。芸人にとっては“希望の星”だろう。

デイリー新潮編集部