人身事故による電車の見合わせや大幅な遅延が相次いでいる。防ぐ方法はないのか。鉄道ライターの杉山淳一さんは「抜本的な解決方法はホームドアだが、1駅当たり4億〜5億円のコストがかかる上、鉄道会社の直接の収入増にはつながらないため、設置がなかなか進まない」という――。
鉄道敷地外から著者撮影
京浜東北線大井町駅で、2024年6月5日未明に行われたホームドアのメンテナンス工事 - 鉄道敷地外から著者撮影

■中央線快速では1カ月だけで9件も発生

「毎日、人身事故でウンザリだ……」

6月下旬、X(旧Twitter)で電車の遅延を嘆くポストをいくつか見かけた。とくに中央線快速が挙げられた。鉄道の人身事故を記録するWebサイト「鉄道人身事故データベース」を調べてみると、たしかに中央線快速の人身事故が多い。

2024年は1月に3件、3月に1件、4月に3件、5月に3件、6月は7件もある。合計17件で、6月の発生日は3日、5日、12日、18日、23日、24日、26日だった。産経新聞7月2日電子版によると、8日と28日にもあったから6月は9件に上る。

そのうち、26日は人身事故の発生前にも、飯田橋駅付近の変電所で火災が発生したため運転を見合わせ、運転再開後に消火活動による故障で再び運転見合わせと、長時間にわたりダイヤが乱れた。

「毎日」は大げさだし、すべての原因が人身事故ではない。しかし、ほぼ毎日、列車の遅延は起きているようだ。ちなみに、7月12日時点の2024年の鉄道路線別事故ランキングによると、1位はJR東日本の中央本線とJR西日本の山陽本線で20件、3位はJR東日本の東北本線で19件となっている。

■ホームドア設置駅は増えているが…

駅の人身事故の根本的な解決方法は「ホームドア」だ。国土交通省は2016年、利用者10万人以上が利用する駅について、原則2020年までにホームドアを設置するよう鉄道会社に通達し、全国的に設置駅は増えている。

出典=国土交通省の資料

しかし、中央線快速はホームドアの設置が進んでおらず、17件の人身事故のうち16件が未設置の駅で発生している。

■ホーム事故自体は減少傾向にある

内閣府がまとめた「令和6年版交通安全白書」によると、「ホーム事故」は2014(平成26)年から減少傾向だった。これは新型コロナウイルス対策による外出自粛、リモートワーク推奨によって、鉄道利用者そのものが減っていた時期と一致する。しかし、2021(令和3)年から一転して上昇傾向だ。

鉄道利用客の回復とともに、ホーム転落事故も復活してきた(出典=令和6年版交通安全白書 第2部 鉄道交通)

つまり、人身事故が増えた気がする理由は、鉄道利用者数が復活したからだ。増えたと言っても過去のピーク時の数値よりは低く、長期的には減少傾向にある。背景として、高架化やホームドアの設置が進んでいることが挙げられるだろう。ここ数年の上昇傾向が続かないように対策を続ける必要がある。

■転落事故の原因1位は「酔っ払い」

駅の人身事故というと、「飛び込み自殺」「スマホ歩き」を思い浮かべるかもしれない。どちらも社会問題になっている。ネットでは人身事故について「死ぬまで迷惑をかけやがって」と憤る人、それに対して「生きるのがつらくてなくなった人に対して心無い」と批判する人などで論争が起きる。

たしかに、『鉄道人身事故データブック 2002-2009』(回答する記者団/佐藤裕一著)」によると、その時期では駅構内の人身事故の55%は自殺だった。

しかし、近年のホーム転落事故の最大の理由は、自殺でもスマホ歩きでもない。国土交通省は2019年に「ホームドア整備に関するWG」を設置した。2020年に発表した報告書によると、2019年度のホーム転落事故要因のトップは「酔客」の54.2%で過半数を占める。

次が「体調不良」で7.3%、「携帯電話使用」が1.5%、「旅客トラブル」が0.9%だ。また、「その他」が35.9%となっており、ここには「飛び込み自殺」「視覚障害者」などが含まれているはずで、内訳は示されていない。

ホーム転落事故の原因トップは「酔客」(出典=ホームドア整備に関するWG 報告書)

ホーム転落事故の総数は2014年をピークに減少傾向にあり、ホームドアという物理的な壁が自殺願望を踏みとどまらせているだけではなく、酔客も救っているはずだ。

なにより、酔客のホーム転落の増加は、アフターコロナで家庭外の飲酒機会が増加したためと私は想像する。車の飲酒運転防止標語にならって「飲んだら(電車に)乗るな」と言いたい。こればかりは法律で罰するわけにもいかず、乗客のマナーに頼るしかない。

■ホームドア設置コストは1駅4〜5億円

駅別の統計を見ると、2024年に人身事故があった駅のほとんどがホームドア未設置だ。ホーム転落事故の特効薬はホームドアだと数字が示している。

先ほど紹介した「ホームドア整備に関するWG」の報告書でも、ホームドアを整備した東京メトロ丸の内線と有楽町線で、乗降時に誤って転落したケース以外の転落事故は発生しなかったという成功事例が紹介されている。

出典=ホームドア整備に関するWG 報告書

しかしその設置が間に合わない。大都市圏では膨大な駅数があり、予算も限られている。乗客数が少ない駅は後回しになる。

ホームドア設置コストは1駅当たり4億円から5億円、ホームによっては重量物のホームドアを設置するため、構造計算をやり直し、基礎工事や補強工事等が必要だ。その場合は10億円以上もかかるという。円安により資材が高騰し、制御用の半導体不足でホームドアそのものが調達困難だ。

終電から始発までの夜間工事になるため工期が延びる。通勤電車は0時を過ぎても走る区間があり、始発は4時台の区間もある。資材の運搬、始発列車前の安全確認も含めて、作業時間は2時間程度しかない。保守要員の増員も追いつかない。

■収入増加にはならないが収入維持にはなる

鉄道会社にとって、ホームドア設置費用は収入増につながらない。たとえば、並行するライバル路線があるとして、乗客は「ホームドアがある安全な路線に乗ろう」とは考えない。しかし、安全策は無視できない。転落事故によって運休すれば収入が減る。ホームドア設置は収入を維持するためのコストである。

国は「1日あたり利用客が10万人以上の駅」でホームドア導入を急ぐ方針を示した。収入に結びつかないコストだから、まずは利用客の多い、つまり売上のある駅を優先したらどうか、という指針だろう。

さらに、2021年から「鉄道駅バリアフリー料金制度」を創設した。ホームドアに限らず、エレベーター、スロープなどの費用を運賃に上乗せすることを認めたのだ。鉄道会社は整備計画を国土交通大臣に届け出て、毎年、進捗状況を報告する必要がある。

■「利用者数が少ない駅」こそ危険

しかし、筆者はこの「利用客が10万人以上」という基準が引っかかる。利用者数が少なくても、優等列車が高速のまま通過する駅は危険だ。通過する列車の周囲に強風が吹き、ホームにいる人が列車に引き込まれるおそれがあるからだ。「黄色い線の内側に下がって」というアナウンスにはちゃんと理由がある。列車と接触しないホームだから安全とは言えない。

いずれにしても、鉄道事業者が自社路線の環境を見極めて整備する必要がある。

東急田園都市線たまプラーザ駅にて筆者撮影
ホームドアの戸袋部分に旅客案内を設置したり、広告やサイネージとして使う事例もある。東急電鉄の鉄道路線はすべてホームドア及びセンサー付固定式ホーム柵を設置済みだ - 東急田園都市線たまプラーザ駅にて筆者撮影

■駅の大規模リフォームが必要になる

JR東日本はホームドアについて「東京圏在来線主要路線の線区単位の330駅758番線(のりば)へ、2031年度末頃までの整備を目指す」と明らかにしている。整備に時間がかかっている理由として、国鉄時代からの古い構造の駅が多く、大規模な改良が必要になると説明している。

出典=JR東日本プレスリリース「バリアフリー設備の整備を促進します」

中央線に限らず、プラットホーム上の構造物とホーム端の隙間がないところがある。山手線の東京駅などを見ると、大量の乗降客を移動させるため、階段を広く取っている。そのため階段とホームの隙間が小さく、ホームドアを設置したら人が通れない。

階段を狭くしようとすれば、既存のエスカレーターを移設する必要が出てくる。また、バリアフリー対策としてエスカレーターを新設すれば階段が狭くなる。こうして階段を狭くした場合、ホーム上に乗降客が滞留するため、かえって危険が増す。

これらの問題をどのように折り合いを付けていくか。階段やエスカレーターの増設も必要で、連絡通路も増やす必要が出るだろう。ホームドアをポンと追加するどころではない。

■「1両4扉」の流れに逆行する中央線快速

さらに、中央線快速には特殊事情が積み重なる。ホームドアの導入には、ホームドアと列車の扉の位置を一致させる必要がある。そのために山手線や京浜東北線や大手私鉄などで片側6扉の車両を廃止した。ホームドアの開口部を増やすと、ホームドアそのものを格納する場所がなくなってしまうという理由もある。

しかし、中央線快速は「ドア位置を揃える」に逆行する施策を始めた。グリーン車の導入計画だ。10両編成の電車の中間に2両のグリーン車を追加する。2015年に発表し、ホームの延長、それにともなう駅構内の分岐器の移設、信号システムの変更など改良場所は多岐にわたる。

普通車は1両の片側に4つの扉があり、グリーン車は2つだ。ならば中央の2つだけ閉じっぱなしにすれば良い、というものではない。2階建てグリーン車は車端部に平屋構造の座席を配置するから、扉の位置はやや中央寄りになる。乗客の動線を考慮して、列車のどの定置にグリーン車を導入するか決める。こうして初めてホームドアの場所が決まる。

グリーン車の追加も1日では終わらないから、全車両にグリーン車の組み込みが終るまで設置工事に着手できない。

■特急電車にも対応した新設計タイプが必要

さらに、東京・立川・八王子・高尾の各駅は特急「あずさ」「かいじ」も停車する。特急車両の乗降扉は車端部にあり、中央線快速の普通車ともグリーン車とも異なる。こうなると、戸袋位置を移動するタイプのホームドアや、開口部を広くしてどのドアにも対応できるタイプのホームドアが必要だ。ある程度量産化されたホームドアではなく、新設計になるだろう。

これらの要素が重なって、中央線快速のホームドア設置は遅れている。季節によって三鷹駅で特急「あずさ」「かいじ」の臨時停車を実施しているけれど、ホームドア設置をきっかけに臨時停車はなくなるかもしれない。

こうした事情を理解できても、心情的には「まだか」と思う。それまでは私たち自身が身を守るしかない。ホームに視覚障害者がいたら補助し、酔客や体調不良の人を見かけたら見守り、ひどければ駅員に知らせよう。万が一、人の転落を見かけたら警報ボタンを押す。すぐに降りて助けたい気持ちはわかるけれども、警報ボタンが先だ。巻き添えになるかもしれない。

そもそも鉄道線路の近くは危険な場所である。ホームも例外ではない。

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杉山 淳一(すぎやま・じゅんいち)
鉄道ライター
1967年生まれ。都立日比谷高校卒。信州大学経済学部、信州大学工学系研究科博士前期課程終了。経済学士。工学修士。IT系出版社でPC誌、ゲーム雑誌の広告営業を担当した後、1996年からフリーライター。ウェブメディア勃興期にニュースメディアで鉄道ニュースデスクを担当したのち、主にネットメディアで鉄道分野を主に執筆。
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(鉄道ライター 杉山 淳一)