明確な症状が出ないのがやっかいなところ

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 梅毒の感染者数が増え続けている。国立感染症研究所によると2023年の感染者数は1万5092人となり、3年連続で過去最多を更新し続けている。梅毒は古くからある代表的な性感染症だ。2012年は875人と1000人に満たない感染者数だったが、13年以降は右肩上がりで増え続けている。感染者が減らない理由は何か――。(全2回の第1回)

【写真を見る】検査の案内や感染者数の動向など、行政の窓口も有効活用したい

抗生物質を1日6錠

「当たったかな?」

 東京都内の男性会社員Xさん(53)は昨年7月、トイレで用を足していた際、下腹部を視認して直感した。性器の先端部に赤い発疹がある。裏側も同様だ。前日からの微熱とだるさ――すぐに日記を読み返した。ちょうど3週間前……思い当たる行為があった。

明確な症状が出ないのがやっかいなところ

「ネットで調べてみると一目瞭然なのですが、多くのクリニックや医師が梅毒について解説しています。諸説ありますが、昔から梅毒は“3の周期”と言われています。感染から3週間、3カ月後に症状が現れるというものです」(Xさん)

 その症状とは、発熱や倦怠感といった風邪の初期症状に似たもの。そして男性器の先端に赤い発疹ができる……など。排尿時に先端部に激痛が走る感染症もあるが、梅毒は痛みなどが伴わない。性欲が衰えることもなく、普通に性行為もできる。

 問題はここから。“当該行為”からおよそ3週間後に最初の症状が出るが、熱や発疹などはやがて治る。そして、そのままで過ごしていると、今度は感染から約3カ月後にまた同じ症状(発疹が、手のひらや足の裏など全身に出ることも)が現れる。ここでもしばらくすると症状は消える。また、感染してもこうした症状が一切出ないケースもあるという。

 Xさんはすぐにかかりつけの内科で診てもらい、血液検査の結果、陽性となり、抗生剤が処方された。毎食後2錠ずつ、1日6錠を2週間。言われた通りにきちんと飲むと、症状は消えた――。

「また同じ症状が出るようなら来てくださいと言われましたが、その後は何も出ていません」(Xさん)

恐ろしい病気

 梅毒梅毒トレポネーマという細菌が原因で、性行為だけでなく菌を持った相手とのキスでも感染する。Xさんは特定のパートナーではなく、不特定多数の相手と性行為をした結果の感染だった。上述のように、梅毒は症状が出てもすぐに治まったり、何の症状も出ない例もあったりする。医学界では「The Great Imitator(偽装の達人)」と呼ばれ、専門医でないと見落とすこともあるという。適切な治療をしなければ、やがて細菌が全身にまわり、脳腫瘍や大動脈瘤破裂など大きな病気を引き起こすことになる。

 恐ろしい病気であることは昔から変わっていないが、

「治療薬がない頃は鼻や耳が欠損するということもありましたが、今は早めに検査して治療を受ければ、飲み薬か注射ですぐに治る病気です。言い方が難しいのですが、インフルエンザのような“身近な病気”になったといえるのかもしれません」(Xさん)

 Xさんのように日記など記録を残すことに加え、身に覚えのある行為があるなら、毎日、身体の変化に気を配り、発症の疑いがあればすぐに医師の診察を受ける――こうした“最前線”で各自がきちんと対応していれば、毎年、何人かの感染者が出るのは仕方がないとしても、ここまで爆発的に増加し続けることはないのでは、という疑問が浮かぶ。

「実は、私が感染したのはこれで2回目なのです。前回は6年前でしたが、その時は検査に、時間と手間を十分にかけました。いや、かけなければいけないのです」(Xさん)

 6年前、Xさんは血液検査を受け、梅毒陽性と判定された。処方された抗生物質を指示通りに飲み、判定から約1カ月後、もう一度、血液検査を受けた。その結果、数値が下がっていることが確認され、治療を終えた。

「一連の検査に時間やお金がかかることから面倒に思ってしまったり、負担に感じてしまったりする人が多いのではないでしょうか。家族やパートナー、職場の同僚に知られたくないという人も多いでしょう。何より、症状が出たとしてもしばらくしたら症状が収まるので、そのまま放置して性行為を楽しむ人もいる。また、陽性反応で薬が処方されたことに安心し、2度目の検査を受けない人も多いと思います。どんな病気でも個人差がありますから、薬がきちんと効いているのかどうか、確認することは大切です」(Xさん)

 Xさんのように、梅毒は何度でも感染する。自己判断ではなく、きちんと医師の診察を受けることが大切だろう。

匿名・無料の検査を実施

 医師の診察を受ける時に、相手は誰か、場所は、頻度は、どこの店で等々、根ほり葉ほり聞かれるのではと心配してしまう人もいるかもしれない。

「私が診てもらった病院では、梅毒を治すことを医師が最優先していたので、交友関係などあれこれ聞かれることはありませんでした。2回目の時も同様で、淡々と診察・検査をしてくれました。『今後はちゃんと避妊具を使用してください』とか『あんまり変な遊びをしないように』とか、余計なことは言わないんだなと思いました。もちろん、患者の方から積極的に状況を説明するのは構わないのでしょうが」(Xさん)

 東京都など多くの自治体では、保健所などで匿名・無料の梅毒検査を受けることができる。しかし、この検査で陽性反応が出た場合は、改めて病院へ出向き、薬を処方してもらわなければならない。

「この手間も面倒くさいと思ってしまう人は多いようです。実は梅毒の抗生物質はネットでも数千円で買えます。でも、ちゃんとした薬なのかどうか、正確にはわかりません。感染の疑いがあるからと、医師の診断や検査を受けずにネットで買った薬を飲んで安心している人もいるかもしれませんが、これはやはり危険だと思います。面倒でもちゃんと医師の診断を受けることが大切だと思います」(Xさん)

 字面からして怖いイメージのある病気だけに、情報が少ない昔は人目を忍んで病院に行くことでしか知識を得、治療することはできなかった。情報化社会の今、スマホを見ればありとあらゆる情報が手に入る。梅毒もXさんが言うように「身近な病気」になったのかもしれない。しかし、病気には必ず個人差がある。ネット情報を鵜呑みにせず、きちんと医師の診断を仰ぐことが大事だろう。

*第2回は感染源として疑われる風俗業界の実情を紹介する。

デイリー新潮取材班